追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します！

【6章】元聖女は魔法都市でエルフに会いました。

第150話

　お父さんがエルフで、お母さんが魔族？

　私は今まで考えたことのなかった可能性に何回も瞬きした。

「エルフと魔族のハーフ……ってあるのか？」

　ライガが聞いてくれた。

「――元は……遠い昔は、魔族と私たちエルフは同じ種族だったという。奴ら魔族は、魔物のように、血肉や負の魔力を食糧とし、森で草花の生気を糧とする私たちとは違う生き方を選んだ。その違いだ。だから、まぁ、元は同じ種族であるなら、エルフと魔族の間の子どもというのは、あり得ない話ではないのかもしれないが」

　エドラさんは厳しい顔で唸った。

「さんざん身内を喰った魔族との間に子を持つなど、里で許されるはずがない」

「――それが原因で、お父さんはエルフの人たちに捕まって、戻ってこなかった……っていうことでしょうか……」

　思わず、呟いた。

　お父さん……私が原因で、捕まったりしたっていうことですか？

　急にずしんっと頭をぶたれたみたいな衝撃に襲われる。

「許されないって……どうなっちゃうんですか……？」　

　急に体の芯が冷えた気がして、私は言葉を詰まらせた。まさか、

「死罪……みたいな、ことですか？」

　「それはないだろう」とエドラヒルさんは首を振った。

「お前の父親が同族であるならば、死罪はないと思う。里の人々は殺生を嫌うから。里を侵す魔族や魔物には容赦しないが、同族を殺すことはないだろう。一生幽閉くらいだろうか――それと、里の連中がお前の存在を知っているとは思えない。知っていれば、必ずお前を捜しに行くだろう。それがないということは、お前の父親だという男はお前のことを話さなかったのだろう」

　それから、私を見つめた。

「お前の父親は、本当にエルフなのか？　母親がエルフで、父親が魔族なのでは？　父親はどんな姿をしていた？　父親が魔族なら、生かしてはおかないだろう」

　私は記憶を辿った。

「――お父さんは、耳が長くて、髪は金色で、長くて、目は青だと、思います……」

「成程。髪の色が金ならば、父親がエルフの可能性は高いかもしれない。魔族は黒髪が多いと聞く」

「……その、エルフの里に行けば、お父さんに会えるんでしょうか……」

　恐る恐る聞くと、エドラヒルさんは押し黙った。

「――――、お前を里の連中が見つけたら、大騒ぎになるだろう。お前は純粋な魔族ではないし、まだ子どもだ。殺されることはないだろうが――、一緒に仲良く幽閉してもらえるかもな」

　――幽閉……。

　その言葉に、呆然としてしまう。

　狭い大神殿の祈りの間を思い出した。

　もう狭いところに閉じ込められるのは嫌です……。

　エドラヒルさんは大きくため息を吐いた。

「私は里にお前のことを知らせるつもりはないし――その父親のことは忘れて、どこかに潜んで暮らしたほうがお前の身のためだと思うがね」

　そんな……せっかくここまで来たのに……。

　うつむく私の背中をぽんぽんっとステファンが励ますように叩く。

「――エドラヒルさん、もう一つお伺いしたいことがあるんですが、これ、治せますか？」

　ステファンは瓶に入った私の耳をエドラヒルさんに見せた。

　息を呑む音が聞こえた。

「――――耳が、短いから、おかしいと、思っていたが」

　信じられないというような口調でエドラさんは口をぱくぱくさせた。

「どうしてこんなことに？」

「……大司教様に、切られちゃったみたいです……」

　私の返事に、エドラさんは眉を吊り上げた。

「誰だ、その大司教っていうのは」

「ギルド内で騒ぎになっとったのに、知らないとは全く。――先日、私の弟子のサミュエルが連れてきた、海向こうのキアーラと言う国の者だよ。魔物密売人のレイヴィスに多額の金を流しとった。今裁判待ちで、牢にいる。この子は、その大司教に買われたらしい」

　オリヴァーさんが説明してくれた。

　――大司教様、今ここの牢屋に入ってるんですか……。

「ひどいことをする」

　エドラヒルさんは不快そうな顔で片手で瓶を持ったまま、もう片方の手で自分の耳を押さえて黙り込んだ。それから、私を見て、頷いた。

「――少し時間はかかるが、治せると思う。それくらいはやってやろう」

　……耳、治るんだ。

　嬉しいような、治ったらどうなるのか想像がつかなくて変な気持ちになりながら、私は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「構わん。これは預かっておこう。まず、これを【生きた】状態に戻してから、お前の耳につけてやる」

　エドラヒルさんはそう言って、私たちに背を向けて、呟いた。

「話が済んだなら、帰ってくれ。私は植物の世話で忙しい」

　ステファンやライガと顔を見合わせて、その場を去ることにした。

　……結局、お父さんのことはどうしたらいいのかわからないまま。

　うな垂れる私に、オリヴァーさんが励ますように言ってくれた。

「そんなに気落ちしなさんな。この街に滞在中は、儂の家でゆっくりしなさい」

「……ありがとうございます」

「そうだ、今日はこの魔法研究所の食堂で歓迎の料理を弟子に作らせよう。エドラヒルが育てた魔法野菜や、珍しいものを食べさせてやるぞ」

　おじいちゃんは白い髭を揺らして笑った。