第149話
エドラヒルさんはしげしげと、珍しいものでも見るみたいに私を上から下まで眺めた。
……そんなに見ないで欲しいんですけれど……、と思ったところで、ていっとオリヴァーさんがエドラヒルさんの背中を杖で小突いた。
「何だ、オリヴァーよ」
「エドラヒル! 遠路はるばる訪ねてきてくれた客人に対して、失礼だろう」
エドラヒルさんはびっくりしたように目を見開いてから、オリヴァーさんを見つめた。
「……失礼か……」
「そうだろう。名前も名乗らずに、『何の用』はないだろう。まず挨拶せい、挨拶」
オリヴァーさんに急かされるように、エドラヒルさんは私たちに向かって名乗った。
「……エドラヒルだ」
「――こんにちは、レイラです」
「ステファンと申します。マルコフ王国王都魔術師ギルドのサミュエルさんのご紹介で、あなたにお話しを伺いに参りました」
「ライガだ」
ステファンとライガも続けて名乗る。
オリヴァーさんが「すまんね」と笑った。
「こいつはエルフだからか知らんが、自分の領域に知らない者が入ってくるのが苦手でな。怒っているんではないんだ。悪い奴ではないんだがな、ちょっと失礼な奴なんじゃよ」
『ちょっと失礼な奴』って、オリヴァーさんも、なかなかずばっと言いますね……。
「……悪かった。失礼な態度をとるつもりはなかった」
エドラヒルさんは髪を指でくるくるさせながら気まずそうに詫びた。
確かに……ちょっと、変わった人かもですね。
どう接していいかわからずに、私はステファンと顔を見合わせる。
とりあえず、私も謝らないと。
「さっきは、お庭に勝手に近づいて、すいませんでした。とても、お花が綺麗だったので、思わず」
そう言うと、エドラヒルさんは首を傾げた。
「花を、綺麗だと思うのだな」
「ええ――はい。お花、好きです」
「どの花が好きだ」
エドラヒルさんは、花壇を指さした。
どの花……もみんな綺麗だけど、どれか、選んだ方がいいんですよね。
「ええっと? この白いお花が、小さくてかわいいですね」
小さい白い花を指さすと、エドラヒルさんは、それを手折って私に差し出した。
「やろう」
「あ、ありがとうございます……?」
嬉しいですけど、気まずいですね。お詫び的なものなんでしょうか。
悪い人では、ないですよね……変な人ですけど。
花を受け取ると、エドラヒルさんは、大きく息を吐いてから、私に向き直った。
「それよりも、――魔族が会いに来ると聞いていたが、お前は――、純粋な魔族ではないな」
「……え」
――純粋な魔族じゃないって、どういうことでしょう?
「エルフの魔力が交ざっている。――そんなことがあるか?」
エドラヒルさんは自問自答するように、顎に手を置いて考え込んでしまった。
エルフ、交ざってるんですか? 私?
「そんなのわかるのかよ?」
「気配でわかる。魔族の気は濁った沼のような気配だが、エルフの気は澄んだ朝の森の空気のような感じがする」
わかるようなわからないような表現だ。『沼の気配』って……何?
私は、沼と澄んだ朝の森が交ざりあてるってことですか?
首を傾げていると、ライガが言いにくそうに聞いた。
「狼男は……」
「淀んだ溜め池の感じがする。ああ、でもお前は、他の狼憑きより、大分、人に近いな。街の水溜まりくらいだ」
「エルフは感覚が過敏だからな。こいつの言語表現は見逃してやってくれ。悪意はないんだよ、悪意は」
オリヴァーさんが苦笑して、何か言いたげなライガの肩を叩いた。
「『魔物度』のようなものでしょうか」
ステファンがちょっと考えたように言った。
「何だよ『魔物度』って」
「いや、そういう言葉があるわけじゃないけど、ほら、魔物の魔力って濁ってるっていうか、純粋な精霊の力がちょっとおかしくなってる状態だろ。その程度的な話じゃないかな」
「お前、ステファンと言ったか。そうなんだ。そういう感じだ。この娘は、エルフの魔力と、魔族の魔力が混ざっている。こんな者は見たことがない」
それからステファンをまじまじと見た。
「お前……?」
「……何でしょうか?」
エドラヒルさんはしげしげとステファンの顔を眺め直してから、首を振った。
「――いや、少し知り合いに似ている気がしただけだ」
「そうですか……?」とステファンは首を傾げてから、話を戻した。
「というと、レイラはエルフと魔族の血が交ざってるということですか? 例えば、ハーフというような……?」
エドラヒルさんはまた思案するように呟く。
「そうだ。……そうなんだ。そんなことがあるか?」
1人で考え込んでいるポーズのエドラさんにステファンが呼びかけるように聞いた。
「レイラの父親だと思われるエルフが、14年前、アスガルドの端にあったミアラと言う村の宿屋に寄った後、行方不明になっています。近くでエルフの内輪もめがあったとか。それについて、あなたは何かご存じですか?」
エドラヒルさんははっとした顔をした。その答えに期待が膨らむ。
……だけど、返事は。
「――知らない」
私は肩を落とした。
そうそううまく「知っています」とはならないですよね……。
「私は故郷の森を出てから、人の暦で50年ほど、一度も帰っていない。だから森の内情はわからない。だが」
エドラヒルさんは語調を強くした。
「何か、揉め事はあったのだろう。この娘の父親がエルフなら、母親の方が魔族ということになるだろうが――、そんなことがあったのであれば、大事件だろうから」




