第13話(そのころキアーラ王国王都にて)
「エイダン様っ、レイラを勝手に追放なさるなど、何をお考えなのですかっ!!」
レイラたちが食事をしていたそのころ、キアーラ王国の王宮では、大司教ミハイルが王太子エイダンに詰め寄っていた。
「うるさい、うるさいっ。あんな薄汚い孤児のガキを勝手に僕の婚約者に決めるなんて、お前こそ何を考えているんだっ!僕の妻は高貴な、このハンナだけだ」
エイダンは傍らにいたハンナを抱き寄せる。
ミハイルはたしなめるように口調を優しげにした。
「確かにまだ多少幼い見た目ではありますが、あれはあれで成長すればさぞや美しくなるでしょう。それに――形だけの王妃でも結構なのでございます。あの子は王妃という肩書を与えてやれば、一生ずっと、この国のために祈ってくれるでしょう。ハンナ様を実際の奥様にされれば――」
「ひどいっ」
ミハイルの言葉に、ハンナは涙を浮かべた。
「エイダン様っ! このジジイ、あのガキを美しいだの言ったあげく、私を――公爵令嬢の私を、妾にしろと言ってます!!」
ミハイルはぴくっと耳を動かすと、青筋を顔に浮かべる。
「ジジイっ? 私は大司教ですぞ――」
エイダンはミハイルの顔を叩いた。
「うるさい、この耄碌ジジイが! お前は聖女を王妃にすることで、王家に口出しをしたいだけではないかっ!」
「エイダン様――」
ミハイルは痛いところを突かれて押し黙った。
最近もっと美味しいものが食べたいだの、修道服じゃない服が欲しいだのシスターにもらしていたレイラを聖女の仕事に集中させ、さらに神殿の国政への影響力を強めるために、レイラを王子と結婚させるというのは一石二鳥のアイデアだと彼は思っていた。
国王と王妃は納得させたのに、この王子は自分の言うことに耳も貸そうとしない。
「エイダン様、レイラは確かに生まれは卑しいかもしれませんが、魔力は誰よりも強いです。彼女を王妃にすれば国は安泰なのです」
「うるさいうるさいうるさいっ、あいつがいなくなって何の問題がある? 大体僕はお前たちが嫌いだ。神殿にこもって祈って何が国のためになってるんだ! お前たちが国の金で贅沢な暮らしをしているのを僕は知っているんだぞ!」
「王子、私たちが魔物の力を抑えているから国が平和なのですぞ! 私たちが祈っているからこそ、キアーラ王国には魔物が少なく、冒険者ギルドだの魔術師ギルドだの、口出ししてくる厄介ものがいなくてもやっていけるのです!」
そう、キアーラ王国は大神殿の聖職者たちの祈りにより、他国に比べて断然魔物による被害が少ないのだ。
魔物被害が多い他国は、魔物退治のため冒険者ギルドや魔術師ギルドを国内に整備することで彼らに魔物を狩らせ、民の暮らしを守っている。
しかし、ギルドは独自のルールで動いているため、彼らを国内に入れるには彼らのルールに従わなければいけない。
エイダン王子は怒鳴り返した。
「私たちというなら、お前がレイラの分まで祈ればいいだけではないか。あんな浮浪児を聖女にするなんて、それこそ大司教の名に泥を塗るようなものだろう! ――お前たちの祈りとやらに効果が本当にあるのか疑問だがな」
ぐぐぐ、とミハイルは唇を噛んだ。
(小生意気なクソ王子め)
レイラが来るまでは、確かにミハイルをはじめとした司祭・シスターが祈ることでキアーラ王国の平穏を守っていた。国を護るための祈りは重労働。祈りの純度を高めるため、食事制限・私欲の制限など多大な犠牲が必要だった。しかしそんなとき、運よく彼は見つけたのだ。
――司祭、シスター数十人分の『祈り』を賄える魔力を持つ子どもを。
それがレイラだった。
レイラを聖女とし、祈らせるようになってからミハイルたちの祈りは必要なくなった。
ミハイルは祈りを止め、肉食をし、女を侍らせ、毎日豪遊した。
(――もう、元の生活には戻れぬ)
ミハイルは拳を握った。
(必ず、レイラを取り戻してみせるぞ)