第112話
「ライガ、ステファンっ――大丈夫!?」
私は倒れこんでいる二人の近くに駆け寄った。
「――だ、いじょうぶ……だよ」
ステファンは仰向けに倒れたまま小さい声で呟いた。
――ライガから返事はない。
ライガは銀髪の人間の姿に戻ってうつ伏せに倒れ込んでいた。狼の毛皮がなくなると、傷だらけなのがよく分かって、私は思わず口を押さえてから背中に恐る恐る触れた。
「ライガ?」
動かないけど温かかった。
――良かった、生きてる――。
私はその場にぺたんと座り込んだ。
「――獣人系は、麻痺、効きやすいから――、意識ないだけ、だいじょうぶ、レイラ、先にテオドールさん、治してくれ、ると……」
後ろからステファンの声が聞こえて、私は頷くと、階段にもたれかかるように寄り掛かっているテオドールさんのもとに行って、麻痺を解いた。
「――ありがとうございます。ナターシャ達もお願いします」
テオドールさんはゆっくり立ち上がると、そう言い残して、石畳の上でライガと同じように人間の姿に戻って動かなくなっているベルリクさんのところへ駆け寄った。
「あっ、テオドールさん――ステファン、回復……」
ステファンはライガに噛みつかれた肩から血がすっごい出てたから、早く治さないと……。
「すいません、後で! こいつを死なせるわけにいかないのでっ。レイラは麻痺の解除を!」
テオドールさんはベルリクさんに触れると「生きてます」と息を吐いて、回復魔法をかけはじめた。
「――そいつが首謀者か?」
サミュエルさんたち黒いローブの魔法使いさんたちがテオドールさんに確認する。
テオドールさんは頷いた。
「ええ。こいつと、その後ろに倒れてる二人――連れて行けば十分でしょう」
私はもう一度、頬を両手で叩いて立ち上がると、ナターシャさん、ノアくんともう一人の男の子、ステファン、ライガの麻痺を解いた。
「いや……、こんな痛いの……久しぶりだ……」
ステファンは苦笑しながら血で真っ赤に染まった自分の肩に手を当てて、魔法で傷口を塞いだ。
「だ、大丈夫?」
「――これくらい、血止めれば、別に大丈夫だよ」
ステファンは笑って立ち上がると、地面に横たわったままのライガに近づいて、回復魔法をかけた。
「ったく、痛かったじゃないか」
麻痺は解除したはずなのに、ライガは意識を失って倒れたままだ。
「――――ライガ、も大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。麻痺が効きすぎただけだろ、すぐ元に戻るよ」
ステファンはライガの腕を自分の肩に回して、身体を持ち上げようとして、「痛っ」と声を上げてうずくまった。塞いだはずの傷口がまた開きかけてる。
その様子を見ていたテオドールさんが慌てて駆けてくる。
「――ステファン、ライガは私が運びますから! 傷口もちょっと待ってください、今、回復してあげますからね。順番が遅くなってすいません」
ステファンは一瞬困惑したような顔をして、それから笑顔で首を振った。
「いえ――、自分で回復できますから――、テオドールさんも回復魔法そんなに使って大丈夫で」
「黙って回復されときな!」
ナターシャさんの鋭い声がステファンの言葉を遮る。
「――ありがとう、ステファン、アンタが割り込まなかったら大事な首謀者が死んでたよ。アタシ――、冷静じゃなくなってて、何でか、止められなかったから――。アンタ連れてきて正解だったよ、ほんと、頼りになる」
「だからさ」とナターシャさんはステファンの肩を叩いた。
「アンタもアタシたちを頼ってよ」
ステファンは少し黙ってから、ライガを地面に下ろして、テオドールさんに向き直った。
「――お願いします」
「――伊達に毎日子どもたち担いでないですからね。ライガくらい持てますよ」
テオドールさんはステファンの傷口に手を当てながら笑った。
――ステファン、いつも余裕そうっていうか――自分で全部できるから、こういうふうに誰かに傷を治してもらったりとかしてるの初めて見るなぁ……。
そんなふうに様子を見ていた私の髪をナターシャさんがくしゃっと撫でた。
私ははっとして、顔を上げる。
「レイラもありがとう。おかげで全員、麻痺で大人しくさせられた」
「いえ……」
私は複雑な思いで頷くと、視線を石畳に向けた。
――だって、ライガが暴れたのはきっと私のせいだし――。
結果として、ステファンも無事で、ライガも無事で良かったけど――。
そもそもライガは気絶したままだし……。目を覚ましても、またあんな風になったりしないよね……?
「テオ、ライガ頼んだ。あの熊男はアタシが担ぐ。仲間っぽい二人は――アンタたち担げる?」
ナターシャさんは意識を失って倒れたままのベルリクさんを背中に担ぐと、サミュエルさんたち魔法使いさんたちに問いかけた。
「――――がんばるよ」
苦笑したサミュエルさんが、獣人の人を担ごうとしたところに、ノアくんが割り込んだ。
「母さん、こいつは俺とそいつで持ってく。こいつ、俺のこと袋に詰めたやつだ!」
魔法使いから獣人さんを奪い取るようにノアくんはその人を背中に担いだ。
足の方をもう一人の獣人の男の子が持つ。
――小柄でも、力持ちだ。
「――アンタたち――助かるよ。……ノア、本当によく、頑張ったね。格好良かったよ」
ナターシャさんはノアくんの髪の毛もくしゃっと撫でて笑った。ノアくんはいつもみたいに言い返すことなく、瞳に涙を溜めて頷いた。
それからナターシャさんは広場の隅で倒れている、司会をしてた狼の獣人さんを足で揺さぶった。「うぅ」と小さな声が漏れる。
「アタシたちは冒険者ギルドだ。アンタたちのボスはもらってくよ。罪状は獣人の子どもの誘拐だ。今回はこの3人だけで免じてあげるから、これ以上同じことはするんじゃないよ。殴り合いたいなら自分たちだけで勝手にやってな」
それから私たちに呼びかけた。
「このまま、さっさと森を出よう」
それから、サミュエルさんに低い声で囁いた。
「――この熊男、レイヴィス商会と繋がってるって言ってた」
「――レイヴィス商会!? あの?」
サミュエルさんはあんぐり口を開けて、呟いた。
『レイヴィス』――ライガとベルリクさんが戦ってる最中に言っていた人の名前だ。
「――裏社会で有名な、密売人だよ。獣人やら何やら手広く取り扱ってて。ここ数年は魔物や魔術素材を高額で違法に売りさばいててる。魔術師ギルドにとってもお尋ね者なんだよ。——ライガを売ってた奴でもある」
私が首を傾げているとステファンが補足してくれた。
「大手柄になるよ、ナターシャ……」
サミュエルさんはそう呟いた。




