第107話(ライガ視点)
森を抜け、闘技会会場だっていう遺跡跡に着く。
「随分とおあつらえ向きな場所が森の奥にあったもんだな」
俺は感心して呟いた。草がぼうぼうに生えてるけど、木はない開けた場所に、円状の階段状の石畳の広場が広がっている。平らなところに向かって階段が下がって行くから、上からそこでの人の動きをはっきり見渡せる。
日は暮れかかっていた。ステファンが持って来たランプに火をつける。
――まぁ、俺たち獣人系は夜目が効くから問題ないけど。
広場にはぞろぞろと堅気っぽくない獣人連中が集まってくる。
「お、レイラとテオドールだ」
目を凝らすと、広場の隅に黒い神官服の二人がいるのが見えた。
神官服がこの状況だとやたらと目立つ。
二人の横にいる狼系の獣人がぐるっと会場を見回して、上を向いた。
ウォォォォォン
低い、狼の遠吠えが広場中に反響した。
その場にいる奴らは一斉にそちらに注目し、吠えられるやつは応えるように遠吠えを返した。俺も場の空気に乗って、大声で吠え返す。完全獣化の俺の吠え声は、他の人間もどきの奴らより、だんぜん良く響く。
横にいるステファンが耳を塞いだけど、気にしない。
ノアを助けに来た、それが目的だ。
だけど、こんなふうに大声で吠えて暴れられる場面なんてなかなかない。
だから、否応なしに全身に血が巡って気分が高揚してくる。
しかもここにいるのは、ノアみたいな子供を攫ったり、どうしようもない連中だから、遠慮せずにやり合える。
さっきの吠え声が合図だったのか、下の広場に大柄な手足が鱗で覆われた獣人が駆け出して中央に仁王立ちして回りを見回した。そいつは、会場を見回して大声で叫ぶ。
「俺は――『鱗の兄弟』――ヴァルガぁ!」
――ああ、そういう感じか。
俺はナターシャの説明を思い出した。
『基本は戦いたいやつが名乗り出て順番にやりあう。そこで目立つと、最後、主催がこいつって指名してくることがあるから、できるだけ目立って勝って』
周囲はいろんなグループがわちゃわちゃしてて、誰が主催かはっきりしない。
全員捕まえるわけにはいかないから、主催者を特定しなきゃなんない。
ここは有力なグループに名前を売る場所でもあるらしい。
つまり、強いって目立てれば、より力のあるグループからヘッドハンティングというか、そういうふうに出世できる場所でもあるようだ。何人かが立ち上がる。俺は、俺たちが入れてもらったグループのリーダーの人間に聞いた。
「お前らのグループ名は?」
「――『金色の牙』です……」
……金歯?
何か微妙に格好悪いけど、まぁ、いっか。
「よっし。お前らの名前、上げてきてやるから見てろよ」
俺は立ち上がると、ステファンとナターシャに「行ってくるわ」と手を上げて、階段を駆け降りた。ちなみに誰が対戦するかは、一番先に壇上に着いた順らしい。
他のやつらより一足足先に鱗の獣人が立つ広場の上にたどり着く。
レイラとテオドールが「あ」と顔を上げて俺を見た。
二人の横にいる主催者の関係者っぽい狼男が俺に遅れた戦闘の立候補者を静止して、俺とその鱗男が広場の真ん中に向かい合う。狼男が俺に名乗るように促した。
「えぇっと――『金色の牙』ライガだ」
俺は周囲に吠えるように名乗った。テオドールが俺たちの横に立って、祈りの言葉を口にする。ナターシャによるとこれは、魔法による身体強化を防ぐための祈りらしい。
それが終わると、進行役っぽい狼男がまた吠えた。
――よくわかんねぇけど、始まったんだな。
鱗男が動き出すので、俺は身構えて、いったん後ろに飛びのいた。
相手を睨みつける。
――こいつ、何の獣人だ? あんまり見ないタイプだ。
竜とかトカゲっぽいな。全身が緑のひび割れた鱗に覆われてて、尻尾が生えてて、図体がでかい。
鱗男は地面に手をつくと、そのまま低い位置から俺の足目掛けて飛び掛かって来た。
ふっと視線を下に向けた時には、そいつはがっしりと俺の足を両手で掴んでいた。
ぎょろりとした金色の目が光る
「気持ち悪ぃなぁっ!」
俺は叫ぶと足を上に振り上げた。
顔の目の前にきた男の腹を掴むと、そのまま上に放り投げる。
――目立つように、できるだけ派手に倒す!
放り投げられた男は空中でぐるんと身体を丸めた。
――ボールみたいじゃん。
俺は口の端で笑って飛び上がると、丸まって着地の体勢を取ろうとする男の身体を地面目掛けて殴りつけた。くぐもった声が響いて、鱗男の身体は地面に叩きつけられる。
周囲からヒューという口笛やら、咆哮が聞こえた。
試合終了は相手を殺すか、場外に追い出して戻ってこなくさせたらだっけ。
俺は這いつくばった鱗男の身体を掴むと、階段の方――場外へ向かって放り投げた。
鱗男――こいつのチームの名前忘れたけど――の仲間っぽいこれも鱗の男がそれを受け止めて悔しそうに舌打ちする。
楽勝、楽勝!
俺は一声吠えると、周囲をぐるりと見回して、くいっと指を曲げた。
殴り合いを見てテンションが上がったぽい連中が、壇上に飛び上がってくるので、また構える。
かかってくるやつはどいつもこいつも、構えも動きも適当で相手にならなかった。
1人1人殴り飛ばしながら、ふと考える。
――こいつらと、俺、違いって何だろうな。
俺だって、もし買われた先がステファンの家じゃなくて、こいつらみたいな団体だったら、今俺が殴ってる相手側にいたかもしれない。
ステファンの親父は俺を息子たちの戦いの練習相手として買った。
息子たちの相手として相応しいように、俺にも高名な格闘技の師とかいう、うるさいおっさんをつけて練習させた。
そのおかげといってはなんだけど、今まで獣人含め対人の喧嘩で負けたのはステファンの親父とステファンの弟くらいだ。あの二人は魔法も同時使用で殴ってくる規格外だから負けるのは仕方ない。(念のため、ノアからは一発殴られただけで負けてない)
そんなことを考えてたら、頭に上った血が覚めてきた。
5人目を殴り飛ばしてから、俺はため息をついて、肩をぐるぐる回すと、壇上を降りた。周囲からは「まだやれよ」だの野次が飛んだけど、「また後でな」と返す。多少は目立っただろうからしばらく休みたい。
ステファンたちのところに戻ると「お疲れ様です」と『金色の牙』――だっけ?のリーダーが水を出してくれた。
「ノアはいつ出されんの?」
俺は壇上で新たに始まった殴り合いを横目で見ながらナターシャに聞く。
「――もうしばらくして、雰囲気がだれてきたらだね」
ナターシャは真剣な顔で呟いた。




