第103話(ステファン視点)
依頼が出てないって……。僕は絶句した。
そんなのは当たり前じゃないか。冒険者ギルドに人の捜索なり何なり依頼するのにはそれなりに依頼料がかかる。金が出ないなら、冒険者だって危険があるのに仕事をしようなんて思わない。――そのあたりのバランスをとるのが、ギルドの仕事でもある。依頼料が出せない人の場合は、ギルドの財布から出したり……善意で成り立ってるって言ったらそれまでだけど。
ある意味、依頼が出てないから対応してないっていうこいつ――グレンダの言っていることも、事務的な対応としては別に間違っちゃいないんだけどさ。
――でも、そういうことじゃ、ないだろ。
「――把握してない、じゃないんですよ。あなた方がそういった日常の事件を放っておいたせいで、ノアがいなくなったんじゃないんですか!?」
僕は思わずどんっと机を叩いた。
グレンダは不快そうに眉を寄せて、横にいるサミュエルさんを見た。
「サミュエル――、彼は誰です? 西端の街の冒険者ギルドの職員?」
「――所属の、B級冒険者です。まぁ魔術師ギルドの依頼もいろいろやってくれたり、連絡役もやってくれたりしてくれてるので、半分職員みたいな感じですが」
「――ステファン、落ち着いて」
ナターシャさんに肩を叩かれて、大きく息を吐く。
所長が感情的になったら止められるようにと思ってついてきたのに、僕の方が乱暴になってどうするんだ……。
「うちの冒険者が悪いね。アタシも感情的になって、悪かった。――息子の居場所の目星なんだけど、アタシに心当たりがあって――闘技会の見世物に連れて行かれたんじゃないかと思うんだ」
「――闘技会、ですか。獣人が好んでやっているものですよね。戦いを見世物にする――野蛮ですが、それを好む人たちが多いのも事実です。でも――それ自体は、冒険者ギルドが取り締まるべきものではないと思いますが」
ナターシャさんは一呼吸置いて頷いた。
「――それは、そうなんだけどね。でも子どもを攫って、無理やり戦わせてるなら、話は別だろう。一緒に来た仲間が場所を探ってくれてるから――、取り押さえるための、応援を出して欲しい」
頭を下げた彼女に、王都の冒険者ギルドの所長は面倒そうなため息を返す。
「――それを、取り押さえてどこから依頼料が出るのでしょう? 慈善団体じゃないんですよ、ギルドの仕事は」
「――お言葉ですが」
僕の口は勝手に言葉を喋っていた。
「こういった悪どいことは、全てどこかでつながっているものです。――竜の卵の密売や、魔術の素材に使われたと思われる一角兎の大量遺棄など――、最近、僕たちの街の周辺で、いろいろと不穏なことが起こっています。そういうことと、今回のことが無関係だとは思えないんです」
大体悪い団体っていうのは、手広くいろんなことをやる。
そういうことをやる連中っていうのは、どこかでつながっていてもおかしくない。
魔物や魔術素材のことは、魔法使いにとっては重要な関心事項のはずだから、こう言えば魔法使いであるグレンダも関心を示すと思った。
――だけど。
はぁ、とまた彼女はため息を返した。
「――つながりがあるという、証拠は?」
「――勘です、が」
「勘……ねえ。いいですか、人手も限られていて、依頼はたくさんあります。ただの憶測で、人を出すわけにはいきません」
――何なんだ、この人は。
子どもが何人かいなくなってる可能性があるのに? 何で動こうとしない?
頭に血が昇るのを感じて、僕は拳を握った。
それを机に振り下ろそうとした瞬間、「わかった」というナターシャさんの声がそれを止めた。
「依頼料はアタシが出すよ。自分の子どものことだから。金は出せるだけ出すよ。いくらで何人出してくれる? できれば魔法使いが欲しい」
冷静で具体的な提案にグレンダは表情を歪ませた。
「あいにく、魔法使いは出払って――」
言葉の途中で、サミュエルさんが手を上げた。
「俺でよければ行くよ。あと、数人知り合い連れて行こっか」
「サミュエルさん!」「サミュエル!」
僕の感激の声とグレンダの叱責の声が被った。
「私の承諾なく仕事を受ける権利はありません。あなた、魔法使いギルドの仕事がたくさんあるでしょう!そちらに専念なさい」
「仕事じゃなく、個人的な付き合いってことで。いや、グレンダさん、その俺の魔法使いの仕事は、ステファンたちが素材収集してくれないと進まないですし。こいつ優秀なんですよ。この素材がいつまでに欲しいって言うと、絶対持ってきてくれるんです。いつも世話になってるんで、俺が行きますよ」
「サミュエルさん……、ありがとうございます。」
僕は頭を下げた。
いつも「蛇竜の卵、4日後までに20個」とか「魔法草、明後日までに50体」とか我儘な依頼ばっかり出してきて面倒な人だなと思っていて、悪かったな。
ナターシャさんも、サミュエルさんに笑いかけた。
「ありがとう。助かるよ」
グレンダさんは面白くなさそうな表情で言った。
「――わかりました。王都ギルドに迷惑をかけないでくださいね」
***
「ステファン――、お前、あんな風に怒るんだなぁ」
部屋を出るとサミュエルさんが驚いたように話しかけてきた。
「いや、だって、ここの所長、何なんですか?」
僕は再度拳を握って唸った。ナターシャさんが苦笑する。
「――おかげで、逆にアタシが冷静になれたよ、ありがとね」
「グレンダさんは、ある意味、管理側から見ると優秀っちゃ優秀なんだよ。余計な仕事はしないから、ギルドの収支も良いし」
サミュエルさんはたしなめるような口調で言う。
僕は鼻で笑う。
「優秀? ノアの居場所も掴めてないのにですか?」
サミュエルさんは「落ち着けよ」と僕の肩をたたいた。
「今回はノアの件だから特別だけどな。この街の獣人はお前たちのところと違って素行が悪いのが多いんだよ。強盗やらスリやらする連中も多いし。だから内輪もめに付き合ってられないってのは、まあ、あるんだよ」
「でもな」とサミュエルさんは肩をすくめた。
「だからって、グレンダさんもあそこまで意固地にならなくてもいいと思うんだけどな。ナターシャのとこのギルドの評判がいいから、嫉妬してんのかね」
「それに」とサミュエルさんは付け加える。
「ステファンが言ってた『悪いことは全部つながってるんじゃないか』てのも、一理あると思うんだ。例の竜の卵やら一角兎の足やら、結局解決してなくて、気持ち悪いし。あれは魔法使い案件だからなあ」
サミュエルさんはそう呟いてから僕らを見た。
「――ノアがいそうな場所はわかってるのか?」
「たぶん、テオドールが見つけてきてくれてると思う。――また連絡するよ」
「ああ、冒険者ギルドで予定空けて待ってるから、連絡くれよ」
サミュエルさんに再度お礼を言って、僕らは冒険者ギルドを出た。
マナは親方さんに預けることにして、僕とナターシャさんは宿屋に戻る。
宿屋に入ると、入口のところで僕らを待っていたらしいテオドールさんと、ライガとレイラが駆け寄って来た。
テオドールさんは駆けつけ一番に、「場所の目星、つきましたよ」と言った。




