第102話(ステファン視点)
テオドールさん、ライガ、レイラと二手に分かれて、僕はナターシャさんと一緒に、まず宮殿近くの、宮殿修理のために集められた大工達の詰め所に向かった。
「ナターシャっ! よく来てくれた。すまない、俺が目を離してる間にノアが……」
ナターシャさんと僕の姿を目に入れたのか、探すまでもなく親方が飛び出してくる。
大柄な体が二回りは小さくなったと思うように、肩をすぼめて、親方は表情を淀ませた。
「――気にしないでよ。早めに知らせてくれて助かった」
ナターシャさんはうなだれる親方の背中をぱんぱんっと叩いて笑った。
「テオドールも来てるし、ステファンやライガ、レイラも手伝ってくれる。目星はついてるから、何とかなるよ」
「――おっちゃん、この人たち、だれ?」
その時、親方の後ろから――、黒い三角の耳を生やした子どもが顔を出した。
ぼさっとした長めの黒髪を後ろで縛っている。
狼系の獣人の子どもだ。たぶん、10歳にもなっていないだろう。
「ノアの母さんと、冒険者のお兄さんだ」
親方はその子に優しく語り掛けた。
「ノア――あの兄ちゃんのお母さん……」
その子どもは僕らを見てそう呟くと、俯いて唇を噛んで黙り込んでしまった。
ナターシャさんはしゃがんでその子と目を合わせると、笑いかけた。
「アタシはナターシャだ。アンタの名前は?」
「あたし――マナ」
子ども――マナは小さい声で答える。
ああ、この子――女の子か。大きめのズボンにシャツって恰好だからわからなかった。
「マナ、よろしくね。ノアが捕まったときのこと、もう一回、アタシにも教えてくれる?」
マナは不安そうに視線を泳がせてから小さい声で話し始めた。
「あたし、盗んだの……おばさんの持ってたバッグ……、それで、路地裏に走り込んだら、急に目の前に大きいおじさんが2人いて、なんか……大きい袋に入れられて……でも、急に袋から出れて……、おじさんは血流してて、――兄ちゃんが逃げろって、お財布投げて、宮殿の修理してるとこ行けって言うから、あたし、走って行ったの」
親方が補足するように付け加えた。
「この子がノアの財布持って血相変えて現場に走り込んで来たから驚いてな。いろいろ聞いて、急いで現場までついてったんだけど、誰もいなかった。そのまま冒険者ギルドに駆けこんで、ノアの捜索依頼は出したよ。その時魔術師ギルドの、若い男の魔法使いがちょうど冒険者ギルドにいて、そいつがナターシャを知ってたから、連絡してくれた」
「サミュエルさんですね」
僕は頷いた。サミュエルさんは王都の魔術師ギルドの魔法使いだけど、魔法素材収集の依頼なんかでよく、西端の街の僕たちにも連絡くれるから、顔見知りだ。魔法使いにしては、気さくな雰囲気の人で、距離感が近いけど、話しやすい人ではある。
「ああ、そんな名前だったな。捜索依頼は出したんだが、どうも――、こっちの冒険者ギルドの連中は頼りなくてな……。あんたらが来るのを待ってたんだ。この子は親がいないってんで、とりあえず俺が預かってる」
「マナ――アンタの親は?」
ナターシャさんの問いかけに、彼女はぶんぶん首を振った。
「――病気で死んじゃったから、そのぶん、あたしも働けってご主人が言うから、嫌になって逃げてきた」
「そうか。――大変だったね」
ナターシャさんはよしよしとマナの黒髪を撫でながら、質問を続けた。
「アンタは今まで1人で暮らしてたの?」
マナはまた首を振った。彼女は小さい声で「仲間が、いたの」と話し始める。
「まとめ役の兄ちゃんがいて、何人かで物盗ったりして暮らしてた。だけど、その兄ちゃんがしばらく前にどっかいなくなっちゃって、それからみんなバラバラになっちゃった」
「仲間はみんな――獣人かい?」
「うん」
『しばらく前にどっかいなくなっちゃって』というこの女の子の言葉がひっかかる。
――今回、攫われたのがノアだったから、明るみに出ただけで……。
「――やっぱり、他にも何人か……いなくなってそうですか?」
聞くと、ナターシャさん顔を歪めて頷いた。
***
僕とナターシャさんは親方さんたちと一緒に、ここ王都の冒険者ギルドに向かった。
「ナターシャにステファン! 実際に会うのは久しぶりだな。リルがお前らがこっちに向かったって言ってたからな、待ってたんだ」
ギルドに入ると、ちょうどサミュエルさんが入口辺りに座っていて、僕らを見かけていつも水晶の向こうで見るように、気さくに声をかけてきた。
「――サミュエル! うちの息子の件で連絡くれてありがとね。助かったよ」
「いや、俺もちょうど、冒険者ギルドの方に来てて良かったよ」
「――ここの所長に、取り次いでもらえる?」
サミュエルさんは「ああ」と頷くと、僕らをカウンター奥へ案内した。
「グレンダさん、例の獣人の少年の行方不明の件で、西端の街のギルドの所長のナターシャさんが来てます」
「――――遠くからご苦労様です。ここのギルドの所長をしています、グレンダです」
奥で僕たちを出迎えてくれたのは、きっちりと白髪を編み込んだ、高齢の女性だった。
誰にでも軽い口調のサミュエルさんがさん付けしてるのと、雰囲気から、この人は魔法使いだろうな、と僕は推測した。
魔術師ギルド所属の魔法使いがそのまま冒険者ギルドの所長をやってることもたまにある。
でも、王都ギルドとやり取りする時は、いつもサミュエルさんや他の職員の人経由が多くて、グレンダさんは顔は知っているけど、まともに話すのは初めてだった。たぶんナターシャさんも僕と同じじゃないかな。
「どうも。ナターシャだ。アタシの息子が行方不明になった件で来た。捜索の依頼は、親方の方から出してると思うけど――進捗を教えて欲しい」
彼女は丁寧ではあるけれど、事務的な口調でナターシャさんに答えた。
「あなたの息子さん――ノアくん、という子でしたか。……探してはいますが、まだ手掛かりはありません。――ただの家出ではないのですか?」
ナターシャさんの片耳だけががぴくりと動いた。
握った拳から鋭い爪が覗いているのが見えた。
「――大人の男二人に子どもが袋に詰められてるところ助けて、それから行方不明で、家出だって?」
グレンダさんは、ちらりと部屋の隅で親方の後ろに隠れているマナを見た。
「可能性の話をしているのです。――助けたというその子だって盗人でしょう。どちらかといえば、私たちは日々、その子たちのような無法者の取り締まりに手を焼いているのです。魔物退治に警護、特にここ王都では貴族の方からの依頼もありますし、仕事は多いのです。不届きものの内輪揉めまで手が回りません」
「――うちの息子が不届き者だって、そう言いたいわけ?」
ナターシャさんの語気が強まる。僕は慌てて口を挟んだ。
「この子の仲間も行方がわからない子がいるそうなんです」
マナの方を見ながらグレンダさんに聞く。
「誘拐は――取り締まり対象のはずですが、王都のギルド管轄内で、そういったことが起こっているのを把握されてないと?」
冷静に話しているつもりだったけど、思わず相手を煽るような言い方になってしまったことは、言葉を口に出してから気づいた。グレンダさんは肩を持ち上げてため息を吐いた。
「そんなことは把握しようがありません。依頼が出ていませんからね」




