第101話
翌日も朝から晩まで街道を走って宿をとって、その次の日の昼頃に私たちは王都についた。王都の周りはぐるりと壁で囲まれていて、中には高い建物がびっしりと建っている。人がたくさん行き交っているのを見て、私は目を見開いた。
……建物がいっぱい、人もいっぱい……。
今思い返すとキアーラの王都はここよりももっと質素だった。
ノアくんが『王都に行く』と楽し気に言っていた意味がわかった気がした。
ノアくん……無事だといいな……。
「アタシはこっちの冒険者ギルドと親方のところに顔出してくるから、テオ、そっちは頼んだよ」
ナターシャさんはテオドールさんにそう告げて、馬車を降りると街中へ消えて行った。ステファンが「僕も一緒に」とその後を追いかける。
テオドールさんは私とライガを連れて、ひとまず商会さんに馬車を預けに寄って、それから宿屋に部屋をとった。
「私はこれから、この街の教会に行きます。お疲れのところ申し訳ないですが、ついてきてくれますか?」
テオドールさんは受付を済ますと、私とライガに聞いた。
私たちは顔を見合わせて頷く。
「ああ――わかった」
「わかりました」
頷いたものの、私は首をひねった。教会にノアくんの居場所の手がかりがある……んでしょうか?
「――教会に、何かあるんですか?」
「ノアの居場所を知ってる人がいる可能性がありまして」
私たちは荷物を持って部屋のある2階に行った。宿屋の建物も、西端の街より大きい。
「獣人の闘技会は――、武器や魔法の使用が認められてません。特に、強化魔法――肉体を強化する魔法をかけてもらって参加する参加者がいるんですよ。だから、神官が呼ばれるんです。神官の祈りは魔法効果を無くしますから」
私は祈りでリルさんがノアくんにかけた沈黙を解いたことを思い出して、頷いた。
「金払いが結構良いので――、金に困った神官がアルバイトでやることがあるんです。――まあ、私がそうだったんですが」
テオドールさんは言いにくそうに声を小さくした。
私とライガは顔を見合わせる。
テオドールさんにそんな過去が……。お金に困ってたんですか。
「――行けばわかるか? どうするんだ」
――テオドールさんの昔のことも気になるけど、今はそれどころじゃない。
「直接聞きます。時間がないので。――少し、手荒になる場合は、申し訳ないですけど、頼みます」
ライガは「任せとけ」と胸を叩いた。
私もとりあえず「はい!」と返事をしておいた。
***
私たち3人は足早に街の中心部にある教会に向かった。
テオドールさんの教会と同じ、屋根には色々な形のモニュメントがついている。
だけど、外観は大きくて、立派だった。
テオドールさんは黒い神官服をはたいてしわを伸ばして、ふうと息を吐いてから教会に足を踏み入れた。私たちも続く。ライガはとりあえず人間の姿のままだ。(勢い良く狼になった方がビビらせられるんだぜ、と言ってた)
「――何か、ご用ですか?」
奥から人の好さそうな|女性が近づいて来た。他に、神官服の男の人が1人奥にいるのが見えた。
「初めまして。私、西端の街の教会で神官をしております、テオドールと申します」
テオドールさんは丁寧に挨拶する。
「あら、そうですか。――遠いところから、ようこそ。王都へはどうしていらっしゃったんですか?」
「王都に来ていた息子が、先日行方不明になりまして」
テオドールさんは単刀直入に切り出した。
「まあ」と女性は大きく口を開けた。
「それは――大変ですね。何か事件に?」
「そう思います。冒険者ギルドに依頼は出しましたが――、いてもたってもいられず、駆けつけました。お力をお貸し頂けないでしょうか――」
「――もちろんです。私たちには祈ることしかできませんが――」
「この教会の――管理をされているのはあなたですか? 神官は何人います?」
「私と――そこにいるマット、それからあと2人おりますが」
「全員、呼んでいただけますか」
テオドールさんがそうはっきり言うと、今まで応対してくれていた女性が返事をする前に、
「――突然来て、不躾な。どういうことですか?」
マットと呼ばれた男の人が怪訝そうな顔で近づいて来た。
「私の妻が獣人でして、行方不明の息子も獣人の特徴があるのですが――、『闘技会』と呼ばれる、獣人の賭け事の場に連れて行かれた可能性がありまして。――ご存じありませんか?」
「まぁ」という女性の声を、マットさんが遮るように言った。
「――知りませんね。何故我々のところへ?」
ライガが私を肘で小突いた。私も小さく頷く。
――テオドールさんが『闘技会』と言った時に、マットさんの顔がぴくって動いたのが私にもわかった。
「――『闘技会』には神官が呼ばれます。――私は、息子を取り戻したいだけです。お金ならありますので、場所を教えて頂けないでしょうか?」
じゃらりと音をならして、テオドールさんが革袋を広げて二人に見せた。ステンドグラスから差し込む光が反射して金色に光る。袋の中は――全部金貨だった。
「――……、知りませんね」
マットさんはその金色の光を眩しそうに見つめて呟いた。
女の人が申し訳なさそうに言う。
「教会は寄付は有難くいただきますが、そのようなお金は受け取らないのは、あなたもご存じでしょう。――この教会の者が関わっているとは思いませんが――、後の二人は今外を回っておりますので、夕方には帰ってくるかと。その時間にまたいらっしゃって頂けますか?」
私はライガと顔を見合わせた。
マットさん……明らかに、怪しくないですか?
ライガがちょんちょんっとテオドールさんの肩を触った。テオドールさんはマットさんたちの方を向いたまま首を振って、顔を上げた。
「そうですか……、ではまた参ります」
そう言って、お金の入った袋をポケットにしまうと、くるりと背を向けて私たちを玄関の方へ引っ張った。
「……いいんですか?」
小声で囁くと、テオドールさんは無言で頷いた。
「また、夕方に来ましょう」
そう言って教会を出て……、しばらく歩いたところで、後ろから足音が聞こえた。
「――おい」
振り返るとマットさんがいた。彼は横道に入るように私たちを促した。
人気のない方へ行くと、マットさんはテオドールさんに話しかけた。
「――さっきの話だが」
「やっぱり、あなたですか」
マットさんが話を始める前に、今まで聞いたことのないくらい低いテオドールさんの声が遮った。
――次の瞬間、ドンっという音とともに、マットさんの身体が穴でも開くんじゃないかっていう勢いで、壁に押し付けられていた。
テオドールさんがマットさんの神官服の襟首を掴んで、壁に押し付けている。
「――金がそんなに欲しいんでしたら、あげますよ」
テオドールさんがマットさんを片手で掴んだまま、もう片方の手で金貨の入った袋をその口へ押し込んだ。
「さっさと、私の息子の居場所を教えてください」
「がっ、あっ、がぁっ」
マットさんが声にならない声をあげる。
「テオドール、おい、落ち着け。それじゃ話せないだろっ」
ライガが慌てたようにテオドールさんをマットさんから引き離した。
『手荒になる場合は、申し訳ないですけど、頼みます』って……、手荒にするのはテオドールさんの方だったんですね……。




