第100話
「――ちょっと賑やかなところにいたい気分だったの。ライガは?」
「腹が減って、寝られなかった」
ライガは子に腰かけると「はい」と隣の椅子の足を手で固定してくれた。私はまたカウンターと椅子に手をかけて身体を持ち上げて椅子に腰かけた。高い椅子に腰かけると、ぐんと視界が高くなって店内が見回せて気分が良かった。
「まだ食べるんだね」
夕食の時もライガはかなり食べていたのを思い出して、呆れて呟く。
「馬車と並走して走ってるんだぜ。夕食じゃ足りなかった」
そう考えれば……確かにそうだ。ライガは馬車に乗らず、文字通り横を並走して移動している。よくよく考えれば、丸1日走れるの本当すごいよね。それだけの運動量だったら、確かにお腹が減りそう。
「ライガも馬車に乗ればいいのに」
「嫌だよ、狭いとこで動かないなんて。走ってた方が気持ちいいだろ。準備運動にもなるし」
「でもお腹減るのも辛くない?」
「腹減ったところで飯食えるの幸せじゃん。身体動かして、そのぶん食べるんだよ」
ライガは店員のお姉さんを呼んだ。
「えーと、とりあえず、串焼き10本と、林檎のジュース……」
「林檎ジュース……」
周りの人たちはビールとかお酒飲んでるのに。
思わず呟くと、ライガは不服そうな顔をする。
「酒なんか飲んだら明日に響くじゃん。また移動だし。――あ、お前は? 何か食べる?」
お腹はそんなに減っていない。私も店員さんに注文する。
「私も同じジュースお願いします……」
「結局お前もジュースじゃん」
ライガにからかうように言われて私は彼を睨み返した。
「――明日に響くから」
前にギルドの人たちと夕食を食べたときに、リルさんが飲んでいたお酒を一口もらったことがあるけど、あんまり美味しいと思わなかったし。
「そうか、明日に響くもんな」
ライガが相変わらずからかうように言うけれど、それは無視して、さっき店員さんに見せるために外した冒険者証をまた首にかけた。ちらりとそこに刻まれた自分の生年月日が目に入る。大陸歴八九八年一月一日。――大司教様が生年月日がわからないからと決めた日付だ。孤児や、生まれた日がわからない子どもは年の始まりに生まれたことにするみたい。――私は自分がいつ生まれたのかも、知らない。
「何見てるんだ?」
じーっと金属板に刻まれた文字を見つめる私をライガがのぞきこんだ。
「――ライガも一月一日生まれだよね」
「そうそう。実際の日付わかんねーからな」
店員さんが先にジュースを持ってきてくれた。それをごくりと飲んで、私はおもむろにライガに聞いた。
「――ライガは、自分のお父さんとかお母さんのこと、覚えてる?」
「――何だ、急に」
驚いたように緑色の目をしぱしぱさせる。私はもう一口ジュースを飲んでため息をついた。
「――ちょっと――ノアくんが羨ましくなっちゃって。ナターシャさんもテオドールさんもすごく一生懸命にノアくんのこと心配してるでしょ……。私のお父さんとかお母さんって……そういう感じじゃなかったんだろうなって思って……」
「いない親のことなんか考えるもんじゃねぇよ」
ライガは急に真剣な目で私を見つめる。
「俺も覚えてないぜ。気がついたら亜人種やら魔物やら売り買いしてるおっさんに売られて、檻の中だったしなぁ」
私は黙った。――ライガがそんな風に売られてたなんて初めて聞いた。
ステファンの家に小さい頃引き取られたとは聞いていたけど――どこから引き取られたかまで、気にしてなかった。
「――ごめんなさい」
謝ると、ライガはぽりぽりと髪を掻いた。
「いいって、いいって。俺の場合は買い手がステファンの親父で運が良かったし。お前は、何にも覚えてないのか?」
私は顎をついて、考え込んだ。ひとつだけ、最近思い出したことがある。
「――最初にステファンとライガに会った時に、私、疲れて倒れちゃって、ライガに背負われたときあったでしょう。その時に――、『お父さん』って誰かを呼んで泣いてる夢を見たんだよね」
串焼きが運ばれてきて、ライガは一本丸ごと口に入れて食べながら頷いた。
「あ――、あれか、俺、お前に首絞められたんだ。確かにもにゃもにゃ『お父さん』とか言ってたかも。俺はお前の親父じゃねぇよって思ったもん」
私は「ごめん」と改めて謝ると、また一口、ジュースを飲んだ。
「いいって、いいって。お前の親父がめちゃくちゃ毛深かったのかな」
飲んだジュースを噴き出しそうになる。
私のお父さん……毛深かったの?
ってことは、ないと思うんだけど。
「神殿じゃない場所だったな――。そしたら、誰かおじさんに『うるさい』って頭を叩かれて、近くにいた犬が吠えておじさんを追い払ってくれたの。銀色の毛の犬だったから、「ぎん」って名前つけてた」
「――お前、それやっぱり売られてたんじゃないか?」
ライガは神妙な顔で呟いた。
「――そ、うなのかな」
「犬っていうか、それ、人狼か狼の獣人じゃねぇの? どおりで、驚かないはずだ」
うんうん、とライガは頷いた。
「ほら、俺を最初見てもそんなに驚かなかったじゃん。小人のサムとか――他の種族は珍しがってたくせに。身近にいたんじゃないか、人狼。ってか、やっぱり、あの大司教ってやつ、人の売り買いに手ぇ出してたんじゃないか」
ライガははい、と串焼きを一本私に差し出した。
「とにかく、親のこととかは考えたってしょうがないよ。どこから来たかなんて問題じゃない。これからが楽しければそれでいいじゃん」
「そうだね」
私が頷いて串焼きをかじると、ライガは自分も1本丸ごと口に入れて、もごもごしながら言った。
「とにかく食え」




