第1話
外には、どんな世界が広がっているんだろう。
磨き上げられた白水晶の天井に私の顔が映っている。 ここは、祈りの間。部屋全体が白水晶でできていて、窓はない。扉は二つ。大神殿へ続く正面扉と、寝床へつながる横の小さな扉。私は毎日、日が昇ってから沈むまで、ここで祈りを捧げている。
――また、祈りの続きをしなくちゃ。瞳を閉じ、手を胸の前で組んだその時……バン! と大きな音がして、大神殿側の扉が開いた。驚いて振り返ると、そこには私の婚約者である王太子様――エイダン様がいた。
「レイラ! お前との婚約は破棄する!」
突然現れたエイダン様は、驚いて口をあんぐり開けた私をびしっと指差して、叫んだ。
「お前のような、親も知れぬ身分の低い子どもが、王妃になれるわけがないだろう! 僕はハンナと結婚するんだ!」
エイダン様の腕に手を回してうなずいているのは、公爵令嬢のハンナ様。教会の式典で一度だけ見かけたことがある。そのとき、綺麗なドレスがよく似合う人だな、と羨ましく思った覚えがある。だって、私はいつも聖女の、白くて地味な修道服しか着られないんだもの。
今日もハンナ様は、金髪によく映えるオレンジ色のドレスを着ている。思わず見惚れてしまうくらい、素敵なドレス――――
「ちょっと、あなた! 聞いてるの?」
うっとり見ていたら、ハンナ様が怒った。
「……えっと、婚約破棄ですよね?」
エイダン様の言葉を復唱してから、私は大きくうなずいた。
「――わかりました」
エイダン様が言っていることも、その通りといえばその通り。――私が王妃なんて恐れ多い。
私は自分の親の顔を知らない。物心ついたときには、このキアーラ王国の大神殿にいた。身寄りのない私を育ててくれたのは、大司教様と神官たち。強い魔力があるらしい私は、いつの間にか女性神官の最高位『聖女』に任命されていた。そして最近、大司教様が王太子のエイダン様との婚約を決めてしまった。大司教様の決めたことに意見はしなかった。――育ててもらった恩があるから。……けれど、王妃になるのはハンナ様みたいな貴族のお嬢様の方がいいに決まっている。
「わかりましたって……そんな簡単に言われたら、私が譲られたみたいじゃない……」
ハンナ様はさらに怒ったような顔になった。
「エイダン様! 私、この子に、嫌がらせをされたのです。神殿の中に入れてもらえなかったり、階段から突き落とされたり……」
……それは、全く身に覚えがない。
「そんなことをしたのか⁉ レイラ!」
「やってないです……」
私はぶんぶん首を振る。でもエイダン様は、ハンナ様の言うことしか聞こえていないみたい。
「元が貧しい人間は性根も悪いのだな。よくそれで聖女が務まる!」
エイダン様はハンナ様を抱きしめて、また私を指差した。
「だいたい聖女といったって、お前の祈りが本当に国の役に立っているのか! この金食い虫め!」
私は言葉に詰まり、黙り込んだ。
確かに、小さいころから毎日言われたとおりに祈っているけれど、それが本当に役に立っているという実感はなかった。祈ると女神様の像が白く光るけれど、それだけだ。……それでも、毎日、朝から晩まで祈り続けて、頑張ってきたのに……。聖女だから「お肉は食べちゃダメ」とか「自分の物を持っちゃダメ」とか、いろいろ言われても、それを守って、頑張って祈っていたのに……。それを全否定されると、さすがに悲しい。エイダン様は、口ごもってうつむいた私を指差した。
「図星か! 性根が腐った、役立たずの聖女などいらん!」
エイダン様は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「僕の国から出ていけ‼」
――出て行け。
私はその言葉に、ぱっと顔を上げた。
「出て行って……いいんですか?」
「「え?」」
思わぬ返答だったのか、二人は顔を見合わせた。
胸の奥がすうっと軽くなった。……もう頑張らなくて、いいんだ。




