第四話 動き出す歯車
昨日の出来事を境に、私とイリスの心の距離がグッと近づいた。
しかし、考えてみればまだ私たちは出会ってからまだ全然日数が経っていない。そんな私が、彼女のことを「愛してる」などと伝えていいのだろうか?
そもそも彼女は心が弱っていた。
ただただ、自分を支えてくれる柱のような存在が欲しかっただけかもしれない。
彼女が元気を段々と取り戻していけばきっと、私が彼女にとってどういう存在だったのかがわかるだろう。
だからそれまでの間は、何がなんでも彼女を支え続けていくんだ。
「リアンくん?どうしたの?なんか難しい顔してたよ。」
「あぁ、ごめんごめん。掃除しなきゃね。」
「大丈夫?今日お店で働くの無理そうならママに伝えておくよ?」
「全然大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ。」
そう。今日から私の割り振られる仕事が増える。それは、商品予備軍の管理だ。
この店では魔道具を売ったり買ったりできる。その中で、商品の管理を複雑化させるのが買取だ。
様々な地域からやってくる人が、見たこともないようなものを、旅費の足しにするために売ってくるらしい。
この店はだいぶ繁盛しているので、キャロルさんだけでは捌ききれない。そこで私の出番。
任されたことは商品の動作チェックと、その結果のリスト作りだ。少し修理が必要と判断した時は、キャロルさんの指示のもと材料や道具を買いに行ったりもする。
そしてその商品予備軍には彼女が書き込んだタグが結びつけてある。タグにはその魔道具の使い方や状態が書いてあるのでそれを読んで作業を進める。
1日のノルマは魔道具5個をリスト化まですること。
仕事内容のおさらいはバッチリだ。
仕事はイリスも一緒にやることになった。なにせ私が勉強を教えることができなくなってしまったからだ。
仕事が終わり次第勉強という流れになったのだが、イリスはそれでいいのだろうか?
掃除を終えた私たちは、商品予備軍が待つ店の倉庫へと向かった。
扉を開くと中にはとんでもない量の魔道具が部屋を埋め尽くしている。思わず声が出てしまった。
「おー!すごいな!」
「ママこんなに溜め込んでたんだ…」
中に入ると中古品の独特な匂いが染み付いている。
私はなんともないが、イリスがちょっとキツそうだ。
このとんでもない量の中から5個選ぶのは、なんか逆に難しい感じがする。最初は簡単そうなものから選ぶか。
「俺はこれにしようかな。」
最初に選んだのは、何かの刻印がある銀の首飾りのようなものだった。なぜ選んだかといえば、単純にタグの書き込み量が少なかったからである。あと、すごく綺麗だったから。
「それにしても綺麗な首飾りだな。イリスが付けたらとっても似合いそう。付けてみようよ。」
そう言うと、イリスが顔を真っ赤にして後退りをしていく。
今の状況を見かねたペイルが何か醜いものを見るような目つきで私の視界に入ってきた。手のひらを額に軽く打ち付け、私の行動に呆れているそぶりを見せる。
その際、私の耳だけに響く鎖の「ジャラジャラ」という音が鳴る。
「いや、知らないとはいえ最初にそれを手に取るって。自覚のないスケベなんですかね、リアンさんは。というか首輪を首飾りと認識している時点でもう...。」
唐突にスケベと言われてしまった。どうやら原因はこの首飾りにあるようだ。これって、そんなにとんでもない物なのか?
でも、大抵こういう時の私は自覚なしにえげつないことをしている場合が多い。少し不安になってきた。
「いいですかリアンさん。その首輪はですね、身に付けると媚薬の効果が出るんです。なのであなたは先程イリスちゃんをエッチな気分にさせようとしたんですよ。」
ん?それってどういう…
だぁぁぁーーーーー!待ってくれ!おいマジか!
違うんだ。違うんだ。そんなつもりじゃない。
そんな道具だなんて知らなかった....
おい、でもイリスにはペイルの声は聞こえないし、私はそもそも喋っていない。だから今ここで「知らなかったんだ」なんて言ったら詰みだ。
どうする、このまま知らないフリをしてイリスが断るのを待つか?いいやダメだ。あーどうしよう。
そうだ!何も悩む必要はなかったんだ。知らないふりをして他のアクセサリーをまた探し始めよう。そうすればこの首飾りに固執してないことを暗に示せる。
よし、そうと決まれば話は早い。早速作戦開始.....
「リアンくんが、そ、そこまで言うなら動作チェックもかねて、付けてみようか、な。」
イリスは、両手を指先だけで合わせ、それで顔を隠すように恥ずかしがりながら言った。何歩か後退りした名残で足は揃っておらず、少し内股気味だった。
.......いいの!? え!いいの!?
彼女に今ここでこの首飾りをつけてしまったら、そのままの流れで一線を超えてしまう可能性が極めて高い。
どうする。どうするんだ。現に今、イリスの色気に理性が攻撃を受けている。話題転換をするなら早めの方がいい。でも、もしかしたらイリスは勇気を出して誘ってくれたのかもしれない。
であれば、その思いを踏みにじるようなことは絶対にしてはいけない。
彼女がスカートを手でちょこっと握りながら、私の方へ歩み寄ってくる。
「付けてって言ったのはリアンくんなんだから、私がどうなっても、リアンくんが責任とってね。」
もうダメだ。ここまで来たら戻れない。いや戻りたくない。
私は首飾りの金具を外し、首に装着できるように開いた。彼女の細くて白い、綺麗な首に、美しい装飾がきらりと輝いた。
付け終わり次第、イリスは私を抱きしめた。私の腕のなかで彼女が言う。
「もう何をしても、全部首輪のせいだから。」
抱きしめ合った後、イリスは私の頬に両手を差し伸べる。私も彼女の頭を撫でながら手を後ろにまわした。
―――ゴンゴン!
急に倉庫のドアが強くノックされた。
「ちゃーんとやってるかい?ってそんなに驚く!?」
私とイリスはまるで磁石の同じ極同士のように勢いよく離れ、ほぼ同じ体制で尻餅を付いていた。
幸い、ドアが空いた時にはもう尻餅を付いていたので見られてはいないはずだ。ノ、ノックがなかったらどうなっていたことやら。
キャロルさんは倉庫に入ってきて早々、イリスが付けている首輪に目を向けた。
「あーその首輪か。それぶっ壊れてんだよね。いずれ部品の調達お願いするかも。」
え、壊れて…え?
隣の方で尻餅をついているイリスに私が目を向けた時にはもう、羞恥心で溢れて彼女は気絶していた。
そんな状況とは裏腹に、キャロルさんはその魔道具について楽しそうに語り始めた。
「それねぇ、前のオーナーさんの扱いが荒くて壊れちゃったヤツなんだよ。それでうちに売りにきたってわけ。いやーそれさ夜の猛者たちにすごい人気で、高く売れるだよ!」
「そ、そうなんですね!はははー。」
もしかすると壊れてたのは幸運だったのかもしれないな。
「ところでイリスはどうしたの?顔真っ赤で気を失ってるけど。」
まずい!そういえばまだ気を失っていた。どうにかしないと。
「たぶん少しここの空気に酔ってしまったんでしょう。そんな時にビックリしてしまったので気を失ったのかも。」
「プッ!なかなかできた言い訳じゃないですか。」
お前は黙っとれ!ったく。
「なので少し2階の部屋でイリスを休ませてもらえないでしょうか?」
そう言うとキャロルさんは少し困惑しながらも「いいよ」と言ってくれた。ついでに私もイリスが起きるまでの休憩をいただいた。
「んん…」
イリスの起きた声を聞いた時、私は椅子に座りながら重たくなった目蓋と、視界の陣取り合戦をしていた。
「あれ、なんでここに…は!」
声が部屋中に響いたことで私の眠気が吹き飛ばされた。
ベットから起き上がって私を見るイリスの顔は赤い。
「ごめん!イリス。俺が全部悪い。本当にごめんね。」
「え!?いやいや、私がちょっと調子に乗っちゃっただけだよ。そんな謝まらなくても…」
あんなことがあっても責めないイリスの寛大さに、今私は包まれている。
「イリスがもう大丈夫そうなら仕事再開だけど、どうする?いけそう?」
「うん、もう大丈夫。行こう。」
こうして仕事を再開し、その後は無事に作業ができて仕事の初日を終えた。
例の首輪の修理部品の調達日は、初日から三日後だった。
今日は特別に調達が終われば仕事終了ということなので、私達は部品調達が終わったらついでにデートする予定になった。
とんでもなく楽しみだ。やばいどうしよう。
喜びや緊張、不安など色々な感情が絡み合って手汗として滲み出てきた。
イリスの支度が終わるのを待っているだけなのに。
しかも先に仕事を終わらせなければいけないのに。
「偶然を装って私も登場しちゃおうかな。」
俺の姉としてか?まぁデート以外の時ならいいけど仕事の邪魔もするなよ。
「はーい」
リビングのソファーで行う神との会話が終わるとほぼ同時くらいにドアが開き、イリスが出てきた。
なぜだろう。いつもと同じ服を着て、同じ髪型をしていて、何も変化などないのに今日は胸が高鳴っている。
「待たせてごめんね。行こう!」
思えば私は今久しぶりに街を歩いている。
空にはうろこ雲が広がり、秋の到来を大々的に知らしめる。
綺麗な空から視線を戻すと、街並みの中にどぎつい色を使ったプロパガンダパスターがポツポツと紛れている。
イリスと共に歩いていくにつれてそのポスターの内容が見えるようになったが、まぁ酷いものだ。
戦争によって苦しくなった国の財産を補うための増税の正当化。宗教を使った募金の呼び掛け。
敵国民は悪魔であり殲滅するのは我々、という決意。
美しい自然から生まれた人間はなぜこうも醜いのか。
私がポスターに目を向けているのに気づいたのか、イリスが少し不安げな顔をして言う。
「ポスター最近増えたよね。」
「へえー!そうなんだ。俺、近頃街に出てなかったからちょっとびっくりしちゃって。」
そうだ、ネイデルは大丈夫なのだろうか?もうだいぶ日数も経ったことだし、もう戦地にいるのか?
連絡手段などない私にはわかるはずもない。
だから今の私には彼の武運を祈ることしかできない。
不安感の漂う街をしばらく歩き続けると、目的の店が見えてきた。外観の第一印象としては「小汚い」だろうか。
でもまぁこの手の店の主な客は私達のような「売る側」の人間だから、外観が汚いぐらいで客は減らないのだろう。
現に今も、私達はここに魔道具の部品を買いに来ている。
「ついたー!ここであってるよね。」
私の心の中での店批評はイリスの声で終了した。
イリスは私みたいな性格の悪さを一切持ち合わせていないから、たぶんこのような失礼なことは微塵も考えていないのだろう。
店のドアに近づきながら窓越しに内部を覗いてみるとキャロルさんの店の倉庫と同じような、ごちゃごちゃっとした雰囲気を感じた。
ドアを開け店に入るや否や、イリスはすぐさま会計台に座る老婆に探している部品の位置を聞きにいった。
そのおかげで、素人が何がなんだか分からずに店の中を探し回る必要が無くなり、一瞬にしてこの店での部品調達を終えることができた。
探してもいないのにいきなり店員に聞きにいくイリスはとても勇ましかった。到底私にはできない。
「リアンさんそれいじってますよね、イリスちゃんのこと。うわーよくないわ。」
そういえば心の中は私だけのプライベートスペースではなかったことを今思い出した。
心を読まれるってのはどうもいい気分はしないな。
「次の店は確か、ここよりもう少し行ったところかな。」
「よしっ!じゃあいくか。」
そうして私達は二軒目の店舗に向かって歩いていった。
事件が起きたのはその途中だった。
「ゴンッ!」
いきなりイリスの後ろの方で鈍い音が響いたので私は驚きながら振り向いた。
そこには握り拳より少し大きいくらいの石があった。半分程が、赤かった。
次に視界に入ったのは膝から崩れ落ちたペイルだった。
いつもなら黄金色に輝いているはずの美しい髪が、丁度握り拳ぐらいの部分が赤黒く染まっており、輝きとは正反対の鈍い色をしていた。
「どうも人間の体は、オェ、もろい、ですね。」
「ペイル!?」
震えた声で名前を呼ぶ。
「え!?え!?」
イリスはペイルが誰なのかも、何が起きたのかもわかっていない。
「イリスさんに、い、石が投げられたのを、彼女にあたる直前で、きづ、気づいたので、実体化して防ぎました。」
我々の後ろから3人程度の少年らが騒ぐ声が聞こえた。皆尻餅をついている。
イリスは彼らを見た途端に震えて泣き出しそうになっていた。
全てを理解した。
学校でイリスをコケにして、私の最高の相棒を傷つけたクズどもを前に、私はなんとか冷静でいようとした。
まずはペイルの手当てだ。
「ペイルちょっと待ってろよ!大丈夫だ、今止血するからな!安心してくれ。大丈夫だから。」
ペイルに言うと同時に自分自身にも言い聞かせていた。
あれだけの強者であるペイルが弱っている姿は、それを見た私を強烈な恐怖に陥れる。
「は、ははは。そんなに心配しなくていいのに。実体化を解けば傷は治ります。うー、吐き気がすごい。えーと、でもさ、まあまあ人の目を集めている今、急に私が消えたら…」
「そんなことどうでもいい!!これ以上大切な相棒が傷ついている姿は見たくない。早く戻ってくれ!」
「わかりましたよ。もー、これからここに住みづらくなっても知りませんよ。」
そう言うとペイルは実体化を解き、私にしか見えなくなった。赤黒く染まった髪も元の色に戻り、いつもの輝きを取り戻している。それは傷が治ったことを分かりやすく示していた。
「実体化を解いちゃうと1時間くらいインターバルが必要なので、そこんとこよろしくです。」
よし、わかった。
ひと段落ついたところで、私は石を投げた奴らに近づいていく。
しかしそこで一つ違和感を覚えた。
かなり距離がある。10メートルほど歩いて向かっているが、あと40メートルほど彼らと離れている。
私よりも背丈の小さい彼らが、この距離で重さのある小さくはない石を正確に当ててくるなんて…いや、そもそもあんな石が、整備された道に落ちているのか?
真実を知るまであと10メートル。
「違うんだ、待ってよ、俺たちじゃない。ほんとうだ、」
1人の少年が震えた声で私に訴えかける。
その震えは、私に怯えているのとは少し違う。
「オイラたちが拾って、悪ふざけで投げたのは事実だ。」
「でも投げた時に、違和感を感じたんだ。いままでに体験したことがないぐらい、力が入ったんだ。」
そう言って彼は右腕を私に見せると同時に、自分でも眺めた。
血の気が引いた。
彼のもともと細い腕に、異常な量の筋肉がついており、所々皮膚が裂けながらもそれを懸命に覆っていた。
「本当にもう、コマッチャ@&/_#_3¥ウヨネ」
そう音を発すると、「元少年」はみるみるうちに、体全体が右腕のような見た目になり、背丈が2倍ぐらいになった。
やつの皮膚は、太った人が着れるはずのないワイシャツを無理やり着た時のように突っ張っている。裂け方もボタンとボタンの間にできる、生地が突っ張られて広がる穴そっくりだった。
私がさっきまで話していたのは人間ではなかったらしい。今に至るまで全く気付けなかった。
「リアンさん、これはまずい!!逃げろ!!」
ペイルの声にクレッシェンドがかかる。
その声を聞いた時にはもう、「元少年」は横の少年を握り潰し終えており、私に向けて拳を振っていた。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ドッバーーーン!!
「ゴフッ」
あの叫び声はイリスだろうか。あのメガトンパンチを喰らって生きている俺を見たらまた悲鳴を上げるだろう。
建物に打ち付けられ、瓦礫に埋もれてしまった体を持ち上げ、立ち上がった。
両腕をクロスして拳を受けたので、肘から下に新しい関節ができてしまった。
と言うことは、やつにもダメージが入っているはずだ。確認しなくては。
おかしい。筋肉の化け物がいない。
とても信じがたいが私の視界の中には、握り潰された少年2人と私と同じように両腕がへし折られていて血まみれになっている少年しかいない。
あの傷を見るに、筋肉化け物は少年の姿に戻ったのだろう。
私の腕が治りかけた時、正面の建物の屋根から誰かが降りてきた。
「なんてこった!ボクのマッスルドールがやられちゃった。すごいね!君のこと舐めてたよ。」
「念の為に聞くけどお前この事件の関係者だったりする?」
YES、という回答が返ってくると確信している私の声は、彼への敵意に満ちている。
この質問に対して、私と同年代ぐらいの少年は、サラサラな赤い髪を、滑らかに揺らしながら、子供っぽく頷いた。
「そうだよ。ボクがこの男の子にキャパオーバーな身体強化魔法をかけてマッスルドールにしたんだ!」
彼の発する言葉には微塵も罪悪感がない。
「最初に君の隣を歩いてた女の子から倒して〜びっくりしてるうちに作ったドールで君を葬るつもりだったんだけどな〜。最初から失敗しちゃったからちょっと様子を見てたんだ!」
内容さえ聞こえなければ、クリスマスに欲しいオモチャについて楽しそうに語る無邪気な子供にしか見えない。こんな奴とイリスが近くにいる環境で戦うのは避けなければ。
「イリス!俺が食い止めているからその隙に逃げろ!」
「リアンくん!?生きてるの!?どこ!どこにいるの!!」
「いいから逃げろ!!はやく!」
「ねぇ、逃げれると思ってんの?本気で。でも女の子関係ないし、いいや。しか〜し、君はダメ。でね、ボク結構心配性だから君を絶対に逃げられないようにしてるの。」
イリスを逃がしてくれるだけありがたいか。
「あぁ、そうかい。俺も簡単に殺されるほど甘くないぞ。」
奴の所へ走り出した私はすぐに止まった。
そういえば、ペイルに石が当たった時からいた、野次馬たちはマッスルドールが出てきた時もいた。逃げもせず。悲鳴も聞いていない。
どれだけ肝が座っている奴らだとしても、俺が殴られた時ぐらい悲鳴が聞こえてくる方が自然だ。なぜイリスだけしか悲鳴をあげなかった?
「あれ、もしかして気づいちゃった?そうだよ!実は通行人の皆さんは仕掛け人でした〜!ってやつだね、うん。いま道にパラパラといる通行人はもうボクの操り人形、マッスルドールなのでーす!」
数は25体。筋肉の化け物は全員私を見ている。
「まんまと罠にハマりましたね、私たち。どうします?リアンさん。」
「はぁー、最悪だ。」
彼は何者なのか。なぜ私が狙われているのか。
それを知るためにはとりあえず、彼に勝たなくてはならない。




