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6話 金縛りの怪

「お前、何か顔色悪くねぇ?」


 扉を開けるなり、玄関先に立つ稲田(いなだ)が言った。


「……そうだな」


 と、三隈(みすみ)が適当な返事をすると、稲田が顔を(しか)めながら部屋に入って来て「うぉ、涼しー」とワイシャツの胸元を煽いだ。部屋に侵入した熱気が、玄関に僅かに残る。


「で、なんでそんなに顔色悪い訳? 風邪でも引いた?」


 稲田は、キッチン台に買って来た食品を次々に取り出しながら訊いた。スーパーマーケットのビニール袋をくるりと纏めて、壁に掛かる小袋に入れる。勝手知ったるなんとやら、だ。


「いや、別に」


「じゃあ、何で」


 三隈は休日だったが、体が重く、何をする気も起きないせいで、だらだらとソファに寝そべるだけで終わってしまった。明日からの仕事のことを考えると、少しでも体を休めていたい。まだ暑さは残っているが、涼しい時期に向けて忙しくなることは判っている。


「女が出るんだよ」


 三隈が言うと、電子レンジの扉を開けていた稲田が動きを止め、三隈を振り返った。


「……は? 女が出る?」


 電子レンジの扉を開けたまま、稲田は手に持っていた弁当をキッチン台に戻して三隈の許へと歩み寄った。


「女って、もしかして幽霊的な?」


 三隈は、すっかり冷めていた珈琲を飲んでから、ぼんやりと宙を見つめた。


「稲田。まずは風呂に入ったらどうだ。かなり汗臭いぞ。あと、弁当代はいくらだ。レシートを出せ」


「いやいやいや。これは何かを話し出す流れでしょ。というか、弁当代は要らないって言ったろ。泊めて貰う訳だし。──俺って、そんなに汗臭い?」


 三隈がソファの背もたれに頭を預けたまま頷くと、自身の匂いを嗅いでいた稲田は「じゃ、先入るか、風呂」と、鞄を漁り始めた。


 稲田は明日に参加する予定の会議会場が三隈の家から近いことを理由に、泊まりの支度をして三隈の家を訪れていた。


「俺が風呂上がったら、何があったのか話してくれよー。弁当、先食っててもいいぞ」


 そう言って風呂場に向かう稲田に、力なく手を上げて応えた三隈は、息を吐いた。


 ──眠れていない。悩み事があって入眠出来ないのではなく、起こされるのだ。


 十分程経って風呂から出てきた稲田は、何も手を付けられていない食品たちに顔を顰めた。


「お前、本当に大丈夫? もう寝た方がいいんじゃないの」


 うっすらと目蓋を閉じて微睡(まどろ)みかけていた三隈は、体を起こして立ち上がった。


「いや、いい。腹も減ってるし。今日は一日こんな感じだから気にするな」


 何かを言いたそうにしていた稲田は、口を曲げると、弁当を電子レンジに突っ込み、他の総菜を卓へと運んだ。


「ま、じゃあ、とりあえず食え。そんで、何があったか話してくれ」


 三隈は頷き、卓の上の中華サラダに手を伸ばした。酸味としゃきしゃきした食感が今の気分に丁度良い。


「何があったか……まぁ、それは女が出るってだけなんだが」


「何処に? もしかして此処に?」


 卵焼きを食べながら、稲田が怖々と部屋を見回した。三隈は頷き、部屋の隅のベッドを指さした。リビングとの間を仕切る引き分け戸を開放して、ひと続きの部屋にしている。


「寝てるといつも起こされる」


「え……それで、もしかしてそれを観察なりなんなりして寝てないってこと?」


「違う」


 三隈は、眉間を押さえ言った。寝不足のせいか、多少のことでも苛立ちが沸く。職場ではそれを出す訳にもいかないが、稲田の前ではやはり気が緩んでしまう。


 その時、電子レンジがピーッと音を立てた。稲田が弁当を取りに行き、もうひとつの弁当を庫内に入れる。温めた弁当を三隈の前に置き、目線で話の続きを促す。


 三隈は、目蓋を閉じて息を吐いてから、話し始めた。


「所謂、金縛りだ。金縛りに遭うせいで、その間は眠れないし、体は緊張状態にあるしで、疲れが取れない」


「その間、女は何処にいる訳?」


「俺の体をまたぐようにして立ってる」


「……怖ぇじゃん」


 稲田が、顔を顰めた。


「いや、別に怖さはない。ただ、金縛りで眠れないのが不快だ。何故こんなことをされないといけないのか判らないし、別に女が何かを言ってくる訳でもない。ただ立ってる。そして金縛りに遭う。それだけで寝不足だ」


 はぁ、と思わず吐いた溜め息に、稲田が気の毒そうに眉を寄せた。


 再び電子レンジがピーッと鳴った。


 弁当を卓に置いた稲田は、バクバクと三分の一を食べると、考え込むようにした。


「その女ってさ、顔は見えないの? 何だっけ……どっかの幽霊なのか、生霊的なものなのか。前までは此処に幽霊なんて出なかったじゃん。でも、今は出てるってことは、何かきっかけがあったってことだろ」


 稲田の言葉に、三隈は考えるようにしてから緩く首を振った。


「いや、陰になっていて全体が見える訳ではないし、多分……見たこともないと思う」


 ふぅん、と稲田は唸り、再び弁当を食べ進めた。ベッドに視線を向け、何かを見ようとしているように目を眇める。


「いつから?」


「確か、一か月程前から。特に酷くなったのはここ一週間だな」


「一か月……」


 稲田は考えるようにし、ゆるく戻した視線を、窓際に釘づけた。手に持った箸で、窓辺を差す。その拍子に箸に付いた米粒が卓の上に落ちたが、視線を窓辺に釘付けたまま、稲田はそれを指で拾って口に入れた。


「何だ?」


 もぐもぐと稲田が咀嚼を終えるのを待って、三隈は訊いた。


「一か月前って、その鉢が来た頃じゃないっけ」


 その言葉に、三隈はガジュマルの鉢を見やった。


 ──確かに。もう終わったことだと考えていたが。しかし……。


「あれが来てから変な事に巻き込まれてるんじゃねぇ、お前? なんだかんだ俺も一緒に巻き込まれてるけど。あの廃倉庫の霊だって……ん、あれは植木鉢より前か。ということは、あの廃倉庫の幽霊が憑いて来てんじゃねぇの。呪われたんだよ、お前!」


 稲田が、目を見開いて真剣そうな声で言う。三隈は腕を組み、首を傾げた。


「いや、それは違うと思う。あの廃倉庫の霊は今もあそこに出てるし。昨日、動画に上がってた。……映ってはなかったが」


「……そう」


 脱力した稲田が、ふと三隈の手元の弁当に目を止め、「食え」と手で促した。三隈は、促されるままに焼き鮭に箸を伸ばした。塩気を味わいながら、三隈は自身が体験した怪異を思い返した。恐怖こそしたが、それで怪我をしたりということはない。しかし、いくらオカルト好きとはいえ、本物の怪異というものがこの数か月で頻発しているのは確かだった。


 ──きっかけ、か。


 ガジュマルの鉢に目を向ける。それは、週一で魚の目玉を供える以外に面倒なことはない。他の植物と同じように、適した管理をするだけだ。


 ──もし、ゴミ捨て場に放置したら、今でも帰って来るのだろうか。


 三隈は、脱線しかけた思考を戻して考えた。〝きっかけ〟だ。


 しかし、いくら考えてもそれは思い浮かばなかった。


高野(たかの)さんに貰ったお札って持ってる?」


 稲田の言葉に、三隈は頷いた。


「ちゃんとファイルに挟んで仕舞ってある。今度額縁でも買って飾ろうと思う」


「いやいやいや。飾るな。持ってた方が良いって」


 そう言う稲田をちらと見やり、三隈は挑むような視線を向けた。


「そういうお前は持ってるのか」


 稲田はニヤリと笑い、鞄から財布を取り出した。


「ちゃんと持ってますー。折ってもいいって聞いたから、財布に入れてんの。あぁ、あと急にお前に呼び出された時用の万能お札も貰っておいた」


 鞄のポケットから取り出された札を見て、三隈は、その影から稲田を覗いた。


「ということは、今後も呼び出される気があるってことだな」


 誇らしげに札を掲げていた稲田は、ぐっと呻いた。札を掲げたまま項垂れる。


「まーね。どうせ、此処で嫌だって言っても、お前は『ヘルプ』って送ってくるんでしょ。それに高野さんもふんわりしているようで随分と無鉄砲だぜ、あれは。だから仕方なく、ね」


 億劫そうに顔を上げた稲田に、三隈はニンマリとした笑顔を向けた。


「稲田。ヘルプ」


 稲田は、目を瞬いてから、はぁと息を吐いた。


「はいはい、判ってますよ。話を聞いた時に覚悟してました」


 そう言ってから札を仕舞うと、総菜パンの袋を開けた。


「……流石に食べ過ぎじゃないか」


「いーの。この夏は本当忙しかったんだから。むしろ体重は減ってんのよ。ちなみに冷蔵庫にプリン入れておいた。クリーム乗ったやつ」


「そうか」


 三隈は、弁当のゴミを分別してゴミ箱に入れてから、冷蔵庫を開けた。




 カメラを設置する三隈に、稲田が呆れた声を上げた。


「やっぱり、そうなるのね。本当お前ってそういうの好きね。寝不足で苛々してるくせにさ」


「明らかな心霊現象が起きてるのに、それを記録出来ないっていうのも不愉快だからな。まぁ、大体霊現象っていうのは映像には映らないんだが。映そうとしている時は特にそうだ。この一週間もここにカメラを設置しておいたが、俺がうなされ始めた辺りで映像が止まる」


「……そう」


 ベッドの下に敷いた布団に寝転がりながら、三隈の作業を見ていた稲田が、枕に顔を埋めた。枕元には高野の札が置かれている。


「電気消すぞ」


 ベッドに腰掛けた三隈が言うと、稲田の「おー」というくぐもった声が応えた。


 暗くなった部屋に、デジタルカメラの赤い光が小さく見える。


 三隈はベッドに横になり、目蓋を閉じた。


「そういえば、その女が出るのって何時頃なんだっけ?」


「正確な時間は判らないが、外の様子と日が昇るまでの時間から考えるに、二時から三時だろうな。霊の出現時間としても頷ける」


「んー」


「ちなみに、金縛りに遭う時は、多くの場合同じ部屋に居る者はどれだけ呼んでも、何が起きても目を覚まさないことが多い」


 少し間を置いてから、稲田がガバリと起き上がった。


「はぁ⁉ それじゃあ俺も目が覚めないかもしれないってこと?」


「その可能性が高い。起きて居ようとしても結局は寝てしまうことになる……場合が多い」


 信じられないものでも見るように、稲田が三隈を見上げるのが、暗闇の中で判った。


「マジ? じゃあ、どうすんの」


「そこは、何とかしてくれ。稲田、ヘルプ」


「……それは魔法の言葉じゃねー」


 へなへなと再び横になった稲田が言った。


 連日の寝不足で疲労が溜まっていたせいか、三隈はすぐに眠りに落ちた。


 稲田も大体同じような時間に寝入ったと思う。ぼんやりとした意識で三隈はそう考えた。ちらと稲田の眠る方に目線をやると、静かな寝息が聞こえてくる。


 ──やはり、寝てるか。


 三隈が目を覚ましたということは、うなされる段階を終えたということだ。現に、今三隈は目線以外を動かすことが出来ない。


 ──金縛りか。こうも頻繁に起きると何も感じないものだな。


 最初こそ、これが金縛りかと胸を躍らせたものだが、女が出る他に何が起きるでもない状況に、三隈は飽きつつあった。それよりも、こうして起こされて明け方まで眠ることが出来ないということが流石に体に堪えている。


 ゆっくりと瞬きをすると、開いた時にはもう、女が立っていた。


 ──何が目的なんだか。


 三隈は、眠ることも出来ず、かといって何が起きるでもない金縛りを受けている時間は、ただ女を見つめて過ごしていた。しかし、その女も殆ど見飽きて、ぼんやりと眺めるだけになる。


 ──まぁ、いいか。稲田も起きないし、眠れなくとも目だけでも瞑って居よう。


 そう、三隈が目蓋を閉じて暫くした後、ベッドがギィと音を立てた。丁度、女が立っている辺りだ。三隈は、おや、と思った。


 女が動いたことはない。ただ、三隈をまたぐようにして立って、三隈を見下ろしている。


 目を開けようとした三隈は、上手く目蓋を持ち上げられないことに気が付いた。


 ──恐怖、している……?


 道で遭った〝何か〟が脳裏を過ぎる。それ程の恐怖ではないが、三隈は確かに恐怖していた。


 明らかに、すぐ目の前に何かの気配を感じる。圧迫感がひしひしと三隈を押しつぶそうとする。微かな呼吸さえ、聞こえてくるような気がした。


 三隈は、ゆっくりと目蓋を持ち上げた。


 ──女だ。


 女が、三隈の眼前に顔を突き出して、三隈を見つめていた。髪は乱れ、その隙間から覗く瞳は虚ろの中に深い怒りのようなものを潜ませている。顔は赤黒く汚れていた。顔を顔として認識出来なかった。ただ、虚ろさと怒りが三隈に降り注ぐ。


 目線を女の顔の向こうに動かした三隈は、苦いものがせり上がって来る感覚に、手を動かそうとした。勿論、体は動かず、口中を苦いものが広がるのに、眉を寄せる。


 女の体は、腰の辺りまでは今までと同じように立っていた。しかし、顔だけがせり出すようにして三隈の前に在った。人間ではとても不可能な体勢だ。


 そうして、三隈を見つめている。女の細い唇から漏れ出る息が、口先に掛かる。


 ──これで、夜明けまで耐えるのはキツいな……。


 三隈がそう思った時、トン、と胸元に何かが触れた。


 指、だった。


 指が一本ずつ胸元に置かれていく。


 トン……トン……トン……トン……。


 十本の指が置かれると、三隈の肋骨が軋む重さで圧迫される。三隈は息の塊を吐いた。


 女が、嗤う。


 ──嗤った……。


 苦しくなる息の中で、三隈は静かに感動した。


 指が、少しずつ三隈の胸元を這い上がって来る。そうして頸に辿り着くと、それらはゆっくりと三隈の頸を絞め始めた。


 今までとは比べ物にならない苦しさで、呼吸もままならなくなる。視界が圧迫される。耳がキーンと鳴る。ドクドクドク──まるで心臓が頭の中に移動したように暴れ回る。


 ──もし、ここで死んだら、稲田が第一発見者。そして重要参考人になるのか。


 三隈は明滅する視界で考えた。それは、避けなくてはならない。いや、違う。避けなければならないのは……。


 女の指が、三隈の頸により深く沈む。頸椎(けいつい)がギシギシと軋む。


 ──マズい。本当に、死ぬ。苦しい。動け、体。動け動け動け。


 その時、稲田が大きな(いびき)を掻き始めた。いや、鼾ではない。口の中で何かを叫んでいた。


 うぅ、うぅ、と唸っていた稲田は、突然起き上がると、枕元に手を伸ばし、掴んだ札を女目掛けて突きつけた。


 ぎょろり、と稲田を見やった女が、パッと姿を消す。


 三隈は激しく咳き込み、体を起こした。体は動くようになっていた。


「三隈、大丈夫か⁉」


 稲田の焦った声がして、部屋が明るくなった。


 咳き込む三隈の顔を覗き込む。


「……平気、だ」


「嘘吐け。すげぇ顔してんぞ」


 三隈はもう一度咳き込むと、立ち上がってデジタルカメラを取りに行った。呆れたようにそれを見やっていた稲田の横に屈みこみ、動画の再生を始める。


 暫くはただ二人が眠る姿が映っているだけだった。動画の中で、ベッドの足元に移動させていた時計が一時三十分を過ぎた頃、三隈の様子に異変が現れた。苦しそうに身を捩り、呻き始める。そして、ふいにそれは止んだ。──そこで、動画は止まる。


「駄目か」


「げぇ……本当に止まるのかよ」


 デジタルカメラを覗き込んでいた稲田は、ふと顔を上げ、眉根を寄せた。難しい顔をしてデジタルカメラに目線を落としたままの三隈の腕を掴むと、引き上げる。


「お前、頸凄いことになってんぞ」


 そう言って、戸惑ったままの三隈を洗面所へと連れて行った。


 鏡を覗いた三隈は、自身の頸に付いた痕を指でなぞった。


 ──指で締めた痕だ。


 三隈の頸には女の指の痕がくっきりと付いていた。


「あれは確かに……夢じゃなかった訳か」


 三隈の言葉に、鏡越しに様子を見ていた稲田が脱力する。


「それが感想かい」


 三隈は、暫し考え込んだ。


「頸の下の方で助かった。これならワイシャツの襟で何とか誤魔化せそうだ。頸を絞められた痕なんて、縁起が悪いからな」


「……そうかい」


 稲田が頭を抱えるようにして言った。


「何かあったかいものでも飲もうぜ。少し、落ち着きたい」


「確か、貰い物のハーブティーがあった筈だ」


 三隈は棚の中からハーブティーを見つけ出すと、二人分淹れて卓に置いた。半分飲むまで、二人とも無言だった。


「めっちゃ頸絞められてたじゃん、お前。女、何にもしなくねぇじゃん」


「それに関しては驚いた。もう見飽きてたし、目でも瞑って居ようと思ったら、あれだ」


「……うわぁ、かまってちゃんって奴かぁ?」


 稲田は、布団の枕元に目をやって、安堵したような顔をした。


「まぁ、ともかく、高野さんのお札のお陰だな。あれがなかったらどうなってたことだか」


「そういえば、どうやって目を覚ましたんだ? てっきりお前からの助けは期待出来ないと思ったんだが」


 三隈が訊くと、稲田はうーんと首を傾げた。


「なんていうか……根性で? 夢の中にお前がいてさぁ。そういえばお前は今どうしてるんだっけ、って考えてるうちに、女のことを思い出して、それで……根性で」


 三隈は、奇妙なものを目の前にしたように稲田を見つめた。


「凄いな。よく判らないものには、よく判らないものが有効なんだな。俺も良く考えずにその根性とやらで対抗した方が良かったのかもしれない」


 三隈の肩を、稲田の拳が叩く。


「馬鹿にしてんのかぁ? 俺が目ぇ覚めてなかったらお前マズかったろ」


 顔を顰める稲田を見やり、三隈はハーブティーに目を落とした。穏やかな淡い色は、視覚的にも気分を落ち着けてくれた。


「……今回は、流石に本気で死ぬかと思った。助かった」


 稲田が、ズズズと音を立ててハーブティーを飲み干した。マグカップを流しに置き、三隈を振り返る。


「まぁ、三隈が無事で良かったわ」


「お前を重要参考人にする訳にいかないからな」


「というか、死にそうな目に遭わないで貰える?」


「そうだな」


 布団に寝転がった稲田が、高野の札を取り上げ、掲げ見た。


「どうした」


 ベッドの上に落ちていたもう一枚の札を稲田に手渡した三隈は、訊いた。稲田がそれをファイルの別ポケットに入れてから答える。


「いや、何か手ごたえが違かったというか……なんか、今までのは反発、みたいなのを感じたけど、さっきの女はスカッと手が通り抜けた感じがしてな」


「消せてないということか?」


 うーんと唸った稲田が、ファイルを枕元に置き、目を閉じた。


「判らん。俺は別に霊能者って訳でもないし。ということで、とりあえず明日もこっち泊まるわ。明後日、俺は休みだし。今日はもう寝ようぜー。電気消してくれ」


 三隈は、リモコンを手に取ると明かりを消した。まだ、窓の外は暗かった。




 次の日。仕事を終え、駅で稲田と合流した三隈は、前日と同じくスーパーマーケットで弁当を買って自宅に帰った。食事の後、「映画でも見るわ」という稲田をリビングに残し、三隈は早々にベッドに潜り込んだ。久々に閉めた引き分け戸の向こうから、微かな音が聞こえてくる。念の為に設置したデジタルカメラが赤い光を灯していた。


 夜中、稲田が布団に潜る音に僅かに覚醒した三隈は、しかしすぐに再びの眠りに落ちた。


 朝まで、目を覚ますことはなかった。


「やっぱりお札の力で倒せたんかね」


 豪快に欠伸をした稲田が、寝間着のままトーストをかじった。


「……そう、なんだろうな。出ないってことは」


 デジタルカメラも、朝に三隈が録画を止めるまで二人が眠る姿を問題なく映し続けた。


 女は突然現れ、恐らく札をきっかけにして──消えた。


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