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4話 古い家の怪・前編

「あれ、本当に三隈(みすみ)さんですか」


 後部座席の高野(たかの)が、未だ信じられない、という風に言った。


「本当驚くよね、あれは」


 運転席で稲田(いなだ)がカラカラと笑う。


 その様子を横目で見やった三隈は、窓の外に視線を移した。物凄い速さで景色が流れていく。サービスエリアで買ったばかりの珈琲を一口飲み、ドリンクホルダーに戻した。


 休みを合わせた三人は、心霊現象に困っているという、高野がSNSで知り合った相手の住むS県に向かっていた。どうにも怪しさしかない話だが、事情を聞いておいて、高野を放って置くことは出来なかった。三隈にとっては〝心霊現象〟という実に興味深い話でもある。


「本当、びっくりしちゃいました。三隈さん、キラキラした笑顔で『いいえ、お気をつけて』とか言って優しく手を振ってるんですもん。本当に三隈さんってよく話し掛けられるんですねぇ。モテモテですね」


「そうそう。そういうとこあんのよ三隈って。あのモードだと爽やかすぎて逆に怖いよね。一瞬、誰か判んないの。脳が理解することを拒むの」


「あっ、私も売店から出て三隈さんを見つけた時に一瞬戸惑いました。あれ、三隈さんによく似た人? って」


 そう言って盛り上がる二人に、三隈はこれ見よがしに不満を込めて溜め息を吐いた。


「……もう良いだろ、その話は」


「よくないです。私にもあの笑顔をしてみて下さい。なんか、三隈さん出会った時から仏頂面っていうか……あんな表情もするんだなぁって新鮮だったので」


 高野は期待の籠った声で言い、助手席を覗き込んだ。三隈は、小さく息を吐いてから、ゆっくりと高野を振り返り、仕事用の笑みを浮かべた。


「高野さん、次のサービスエリアで置いていきますよ」


 体を引いた高野が、怯えたように口を曲げた。


「言ってることが怖いです。キラキラの笑顔がもっと怖いです……」


 ニヤリ、と笑った三隈の頭を稲田が叩く。


「勝手に降ろそうとすんな。これは俺の車なんだからな」


 三隈は鼻を鳴らすと、再び窓の外の景色に目を移した。サイドミラーに目をやって車線変更した稲田が、ちらと三隈の横顔を見てから続ける。


「別に俺はもう慣れてるからいいけど、高野さんにはもう少し仕事モード使って接しなさいよ、三隈」


「今更だろ、そんなの」


 吐き捨てるように言った三隈に、高野がわたわたと手を振った。


「あ、えっと、キラキラ三隈さんは見てみたかっただけで、今のままで良いです。むしろ、その方が素……なんですよね。そっちの方が私は嬉しいです」


 高野の言葉に、暫し黙った三隈は「そうか」とだけ答えた。


「お二人は、いつからのお友達なんですか?」


 笑顔を取り戻した高野が、三隈に視線を向けてから、稲田に問いかけるようにした。稲田は、ルームミラー越しに高野を見やってから「高校の時から」と答えた。


「一年の時に同じクラスでさ。そっから大学は別だったんだけど、何故かコイツとだけはダラダラ関係が続いてて、もうかれこれ十年以上は一緒に居ることになるね。ん、そう考えると、そろそろ人生の半分は一緒に居ることになるな。感慨深いというか、なんというか」


 稲田は、思わず息を吐いた。


「三隈さんって、昔からオカルトがお好きだったんですか?」


 高野の問いに、稲田がぶはっと笑う。


「そう。俺が出会った時はもうこんな感じだった。でも、小学生の時から『オカルト三隈』って呼ばれて、ある意味有名だったらしい。この間三隈の小学生の時の同級生って子達にあってさ、色々──い、痛い痛いって。俺、運転中! 判ってる、三隈⁉」


 三隈は、稲田の腕を強くつねって黙らせた。一瞬だけ車が左右に揺れる。


「お前、さっきから余計なことばかり話すな。次のサービスエリアでガムテープ買うぞ」


「あぁ? お前のこと置いてったろうか」


 二人のやり取りに、高野がクスクスと笑い声を立てる。


「いいですね、仲良しさんで」


 嬉しそうに笑う高野に、稲田は唇を尖らせてから、釣られたように笑った。


「ま、何だかんだなー。コイツ極端に人間関係削ってるし、たまには他人と接するってことも大事だと思うんだよね、俺は」


「別に削ってなんかない。職場だってあの調子で上手くやってるし、飲み会だって行く。お前以外と連絡を取り合うことだってあるし、友人と呼べる相手だって──」


「はいはい」


 稲田は鬱陶しそうに手を振った。その手でカーナビを操作し、出口までの距離を確認する。


「三隈さんってどんなお仕事されてるんですか? 稲田さんは家電量販店でしたよね」


「そ。今は本部務めやってるよん」


「凄いですね。若いのに」


「まーね。色々と先輩方によくして貰ったお陰かなー」


 得意げに笑った稲田は、含みのある笑みを浮かべ三隈を見やった。


「で、三隈は結婚式場でウェディングプランナーやってんの」


「えっ!」


 高野の声が響く。三隈は、ゆっくりと振り返り、じとりと高野を見つめた。


「何か、問題でも?」


 高野は、ブンブンと手を振ってから、ハッとしたように目を瞬いた。


「成る程。あのキラキラ三隈さんは、そういうことだったんですね」


「結婚式場で暗い顔をする訳ないでしょ」


「そうですね。人生の晴れ舞台ですもんね。──あの、どうして三隈さんは、結婚式場で働こうと思ったんですか? あ、別に嫌味とかじゃなくて。オカルトとかが好きなのに、そういうキラキラした世界に身を置きたいものかなって、思って……」


 高野の問いに、暫し考え込んだ三隈は、答えた。


「自分とは違う価値観の世界に身を置きたかったんだ。単純に、幸せそうな他人を見ているのが楽しいってのもあったし」


 シン、と車内に沈黙が落ちる。高野は、握った拳を顎に当て、小さく震えた。


「……稲田さん。三隈さんが怖いです。良さそうなこと言ってるような気もしますけど、怖いです」


「……三隈って、こういう奴なんだ。慣れてやって」


 三隈はおもむろにグローブボックスを開けると、中を探った。


「おい、稲田。ガムテープ積んでないのか。貼ってやる。高野さんも」


 稲田の拳が三隈の頭を叩いた。




「えー、本当にこの先に人住んでんのぉ?」


 高速道路を降りて、下道をカーナビの指示に従って進む内に人家は減り、ついに舗装のされていない道に繋がった。


「えぇーと……はい。こっちの地図でも、この先ってあります」


 手元のスマートフォンに目を落としていた高野が言った。うーん、と唸って周囲に気を配りながら、稲田は慎重に車を進めた。剥き出しの獣道じみた道に転がる石を踏む度に、タイヤがゴリッという音を立てて車体が揺れる。


 ふいに視界が開けた。山あいに道は続き、まばらに人家が見える。


「うわ、本当にあった。人家」


 稲田が言った。どの家も古めかしく、今にも崩れそうだが生活の痕跡があった。パッと見た限り、十軒程の人家が建っている。人の姿はなかった。


「あ、ねねちゃーん!」


 後部座席の窓を開けた高野が、おーいと外に手を振った。


 その先を見やった三隈と稲田は、ホッと息を吐いた。


「なんだ。あの写真は本物だったのか」


「というか、本物の方が問題じゃねぇ? 中学生がSNSで自分の写真を送るなんてさ。危ないだろ。これで高野さんが偽物だったらどうすんだ」


 稲田の言葉に、高野が恐縮したように首をすくめた。


「そうですよね。私から後で言っておきますね」


「そうしなさい。高野さん」


 ねねの指さす場所に車を停めた稲田は、三隈と高野を振り返った。


「んじゃ、行きますか」


 広い庭というよりは、どこまでが敷地なのかはっきりとしない、ぽっかりと空いた空間に停めた車から降り、三隈達はねねの許に向かった。


 高野が一瞬だけ不安そうに家を見上げ、すぐにその前で佇むねねに視線を戻した。


「ねねちゃん。実際に会うのは初めましてですね。こんにちは」


 高野が笑顔で言うと、ねねは嬉しそうに笑顔を返した。


「姫お姉ちゃん、こんにちは。来てくれて有難う」


 そう言ってから、ちらと三隈と稲田を見やる。


「あ、こちらの方々は、三隈さんと稲田さん。今回協力をお願いしたんです」


 稲田が「初めまして」と言うと、ねねは少しはにかんでから「初めまして」と返した。三隈もそれに続く。


「初めまして、ねねちゃん。三隈です」


 ねねは、少しだけ見惚れたようにしてから「初めまして」と返し、高野の後ろに隠れるようにした。高野が、目を瞬いて三隈を見やる。


「……何か?」


「何でもないです。──えーと、お家の方にご挨拶をしないとですね。お土産も持って来ました」


 じゃーんと高野が紙袋を掲げると、ねねは顔を輝かせた。


「あの有名なお菓子?」


「そうですよ。前にお話したものです」


「有難う、姫お姉ちゃん」


 ねねは高野に抱きつくと、嬉しそうに紙袋を覗き込んだ。それを見やりながら、三隈はねねの家を見上げた。一体、築何年が経過しているのだろう。山間部にある集落とはいえ、まるで時代に取り残されたかのようだ。これならば心霊現象が起きても不思議ではない。


「えーと、今、家族は出掛けててね。でも、おばあちゃんが居るよ」


「あら、そうだったんですね。どうしましょう、お家の方が帰って来るのを待った方が……」


 困ったように稲田を振り返った高野に、ねねはふるふると首を振った。


「ううん、大丈夫。お母さん達には姫お姉ちゃんのことは伝えてあるから。お友達が来るならって、お菓子も用意してくれたよ。おばあちゃんに〝ご挨拶〟すればいいよ」


 行こ、と言って、ねねは高野の手を引いた。高野の視線に、稲田はひとつ頷き、周囲を見て回っていた三隈を呼ぶ。


「ほら、行くぞ」


「判った」


 三隈は構えていたスマートフォンの録画停止ボタンをタップし、稲田に続いた。


 家の中は古い家の匂いがした。開いている窓からは、山々の香りが侵入してきている。


 お邪魔します、と声を掛けてから、ねねの後ろに続いて廊下の奥に進む。


「おばあちゃん」


 ねねが襖の向こうに声を掛けると、暫くしてからか細い声が応えた。ゴソゴソと物音がした後、襖がゆっくりと開く。


「はいはい」


 八十歳くらいの老婆が、小さく震えながら頭を下げた。


「ねねのお友達の方。初めまして。ゆっくりして行って下さいね」


 老婆は口の中で呟くように不明瞭に言ってから、ふるふると震えてねねを見やり、うんうんと頷いた。


「姫お姉ちゃん達、ねねの部屋に行こう」


 ねねは襖を閉めると、高野の手を引っ張って廊下を戻った。階段を上がり、手前の部屋に後から続く三隈達を手招く。


 部屋に三人を残して一階に戻ったねねは、暫くしてコップや菓子の盛られた皿を乗せた盆を手に戻って来た。稲田がそれを受け取り、卓の上に運ぶ。


 実に子供らしい部屋だった。三隈の中で、子供の頃の記憶が蘇る。コップに注がれていたのは麦茶だった。そのチョイスも何故だか郷愁を誘う。三隈は、皿に盛られた煎餅に手を伸ばした。


「それで、心霊現象が起きるっていうのは何処かな?」


 高野の問いに、ねねが可愛らしいメモ帳を差し出した。


 二階の物置。階段。天井裏。台所。廊下。客間。祖母の部屋。トイレ。勝手口。


 そのひとつひとつに矢印が引かれ、詳細が添えられている。


「あれ、高野さんってなんかそういうの感じないの?」


 稲田の問いに、高野はうーんと首を傾げる。


「それが、怖がらせてしまうといけないのですが、全体的にぼんやりと嫌な感じがすると言いますか……。なので、ひとつずつ原因を探って、それに対処するしかないのかな、と思います」


「成る程ね。んー、なになに。二階の物置は何かが倒れる物音。階段は誰も居ないのに駆け上がる音。天井裏の呻き声。台所は食器棚がひとりでに開く……凄いね、こりゃ」


 メモ帳を覗き込んだ稲田が言った。


 ねねは不安そうに稲田に頷き、高野に問うような視線を向ける。高野はそれを笑顔で受けた。


「大丈夫。私のお札で何とかしてみせるから安心して下さい。ちゃんとお札に見えないよう工夫して作って来ましたし」


 そう言って取り出した札は、いつものものより随分と小型で、一見するとただ文字が書かれたスッテカーのようだ。


「うん、頼りにしてるね、お姉ちゃん」


「──一通り動画に収めても良いかな?」


 三隈の問いに、ねねは小首を傾げてから「うん」と頷いた。


「ネットに上げなければいいよ」


「ねねちゃん、そういう感覚はあるのね。それなら、自分の顔写真も上げちゃ駄目だ。今回高野さんは身分を偽ってなかったからいいけど、危険な行為だからな」


 稲田の言葉に、ねねは「ごめんなさい」と項垂れた。高野が、ねねの肩をそっと撫でる。


「皆、心配しているんですよ。さぁ、やっつけちゃいましょう。心霊現象!」


 おー、と立ち上がった高野に、ねねは続いた。




 天井裏に続く階段は、一人がやっと通れるくらいの幅しかない。動画を撮ると主張した三隈の手に、稲田が札を押し付けた。


「動画撮りたいなら、そんくらいしねぇとな」


「えーと、三隈さん。天井裏で何かそれっぽいものがあるならそれに貼るのが良いんですけど、でも、入ってすぐの壁とか柱でも大丈夫ですからね。もし、〝何か〟が出てきたら直接どうにかしないといけませんが……」


 付け加える高野に、三隈は頷いてから階段を上った。


 壁のスイッチを押すと裸電球が灯り、ぼんやりと天井裏を照らし出す。


 三隈はスマートフォンを構えながら、そっと天井裏の隅の暗闇に目を凝らした。


 ──何も、居ない。


 すえた臭いがするだけだ。何処の古い家でも、このような臭いは多少あるものだ。


 ──心霊現象が、と言ってもそう簡単には……。


 その時、三隈の耳が小さな音を捉えた。


 音のした方にゆっくりと目を向け、スマートフォンを構え直す。


 積まれた木箱の向こうに(うずくま)る暗闇の中で〝何か〟がゆっくりと動いた。


 う、ヴぅう……うぅうう……。


 ──呻き声だ。


 三隈は息を潜め、音に集中した。


「おい、三隈……声が」


 階下で稲田が低めた声で言う。それを手で制した三隈は、じっと暗闇を見つめた。


 うぅう、という呻き声は段々と強くなる。暗闇の中の〝何か〟が少しずつ這い出して来る。


 ヴぅヴううぅうぅ……。


 裸電球が床に作り出す光の円に、ゆっくりと伸ばす手が届きそうになった時、それは呻くのを止め、叫び声を上げた。身構える三隈の前で、それは手で床を引っ掻くようにして這いずってくる。


 〝何か〟が近寄って来る。


 灯りに照らされたそれは、赤く血濡れた女の──。


「三隈さん!」


 高野の悲鳴が上がった。


 三隈は、すぐ目の前に迫る女の頭に札を打ちつけた。パンッと音がして〝何か〟が破裂する。後には静寂だけが残った。


 階段を降りると、青褪めた高野が三隈の腕を責めるように何度も叩いた。


「お札は、早く、貼って、下さい! ギリギリを責めないで、下さい! 怖いです!」


 高野は瞳を潤ませ、小さく震えながら、しかし不安そうに見つめるねねを守るようにして繰り返した。何度も責め立てる拳を受け止め、三隈は「悪かった」と謝った。手を止めた高野が、小さく頷く。


「怖いこと、しないで下さい。私達は、心霊現象を止めに来たんです。何かが出てくるまで待つのは、やめて下さい」


「あぁ、判った。もう、しない」


 三隈が言うと、高野は恐怖を吐き出すように長い息を吐いた。


「高野さん、この後は俺がお札貼るから。三隈は、動画を撮ることは許す。でも、他の事はすんな」


「……判った」


 三隈が答えると、稲田は咎めるように三隈の頭にコツンと拳を当て、ねねに向き直った。



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