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2話 植木鉢の怪

「なぁ、なんか玄関前に植木鉢あったけど」


 コンビニのビニール袋を片手に下げて部屋に入って来た稲田(いなだ)が、もう片方の手で植木鉢を掲げ、言った。


 胡乱(うろん)な目でそれを見やった三隈(みすみ)は、溜め息を吐いてからパソコンの画面に視線を戻した。


「いや、無視かよ! これお前の鉢植えだろ。置き場は何処さ」


 稲田がビニール袋を卓に置き、部屋の中を見回した。


 三隈の部屋には植物棚が二つある。観葉植物と多肉植物を置く棚だ。その二つを覗き込み、稲田は手にした鉢植えを置くスペースを探す。


「ったく、植物は最上の癒しなんじゃないのかよ。何であんなところに出してたんだよ。何かアレか? 陽当たりとかそういうやつ? 共用部に置いてたら盗まれるかもしれないぜ。高いんだろ、お前が育ててる植物って」


「その鉢は俺のじゃない」


「……は?」


 動きを止めた稲田が、訝しげに三隈を振り返る。次いで手元の鉢に目を落とした。


「え、盗んできたのは俺ってこと?」


「違う。そいつは戻って来る」


 たっぷりの沈黙の後、稲田は再び「は?」と呟いた。


 稲田の持って来たコンビニの袋からチョコレート菓子を取り出した三隈は、それを口に放り込んでからキッチンに行き、電気ケトルの電源を入れた。


「珈琲でいいか? ──お前は酒か」


 中途半端な格好で悩むように鉢を見つめていた稲田は、堪え切れず三隈に食ってかかった。


「いや、何平然としてんだよ。戻ってくるって何。これもしかして呪いのアイテム⁉ お前何処で呪われたの。というか、俺、これ触っちゃったんだけど!」


 稲田が騒ぐのを聞きながら、三隈は卓の上に菓子やつまみを広げると、稲田の定位置に缶チューハイを置いた。


「まぁ、そんなに焦るなよ。もう多分遅いから」


「遅い? 遅いって何⁉」


 ビニール袋を床に置き、その上に鉢を置けと手振りする。稲田はこわごわと鉢を置くと、問うような視線を三隈に向けた。


「で、どういうこと」


「俺にもまだよく判らないが、その鉢は捨てても戻ってくる。さっきまでは消えてたんだがな」


「消え……? 戻るって、どうやって」


 三隈はスナック菓子の袋を開けて幾つか口に放り込んでから、話し始めた。


 ──まだ、この鉢植えの扱いをはかりかねている。




 鉢が出現したのは一週間程前のこと。仕事から帰宅すると玄関扉の前の、実に邪魔になる位置に置かれていた。


 誰がどういう経緯でそうなったのかは判らないが、恐らく忘れ物だろうと判断した三隈は、共用部の柵側に鉢を移動した。


 翌日、出勤の為に玄関扉を開けようとした三隈は、ゴンという音と共に抵抗を感じた。寄り掛かるようにして扉を開けると、足元に鉢が転がっている。辺りを見回し、人気がないことを確認してから、三隈は眉根を寄せた。暫し考え込み、ハッと腕時計に目をやってから外へ出た。共用部をエレベーターへと走りながら肩越しに振り返る。転がりっぱなしにしたことに僅かな罪悪感を覚えた三隈は、踵を返すと、鉢を共用部の隅に置き直し、再びエレベーターへと走った。


 その日の帰り、エレベーターを降りて共用部の先を見やった三隈は、足を止めた。


 鉢が、扉の前に移動していた。


 辺りを見回し、やはり誰も居ないことを確認する。


 その場でじっと考える。在宅中、留守中構わず何者かが鉢を扉の前に置いていく。……何の為に? 


 今朝置かれていたのは、タイミングから考えても三隈が在宅中のことだ。就寝中ということも考えられるが、共用部を歩く音というのは意外と部屋の中に聞こえるものである。特に不審な音は聞こえなかったと思うが……。


 翌朝、三隈は管理人の許に鉢を持っていき事情を説明した。困惑した顔をしながらも鉢を受け取った管理人に全てを任せて出勤した三隈は、マンションへと帰り着き、エレベーターを降りて再び足を止めた。


 ──ある。鉢が、扉の前に。


 エントランス横にある管理人室は既にカーテンが引かれていたから、管理人に確認することは出来ないが、しかし、どんな事情があったにせよ、託した筈のものをそのまま住人の家の前に放置するということはないだろう。


 それに、真犯人が管理人室から持ち出したというのも考えにくい。三隈は、鉢を受け取った管理人が、部屋の隅へと鉢を置いたのをしっかりと目にしていた。


 管理人は殆ど管理人室に居るか、掃除などで出ることがあれば必ず鍵を掛ける筈だ。


 鉢へと歩み寄りながら、三隈はひとつの可能性を思い浮かべた。これが、何某かの怪異であるという可能性だ。しかし、それにも「何故」という疑問が浮かぶ。特にそのような怪異に巻き込まれるような行動を取った自覚がなかった。


 首を傾げながら、三隈は何度目かになる鉢の移動をした。


 翌朝、休日の三隈は、当然のように扉の前に移動していた鉢を動かしてから、何気ない風を装って管理人室を覗いた。


「おはようございます。その後、あの鉢の持ち主は現れましたか?」


 三隈の問いに、管理人は眉根を寄せ、こめかみを搔いた。


「あぁ、おはようございます、三隈さん。それがですねぇ……何と言うのか。不思議なことになくなっちゃたんですよ、あの鉢植え」


「なくなった?」


 再び問う三隈に、管理人は申し訳なさそうにしてから、ちらと部屋を振り返り、うぅんと唸った。


「それがねぇ、昨日此処を出るまでは確かにあそこに置いてあった筈なのに、今朝来てみたらなくなっていて……。勿論、鍵が掛かっていたのは確かなんですけどねぇ。他に盗られたようなものもないし……あの鉢は、持ち主不明でしょう。だから──」


 管理人は言い淀み、ちらと三隈を見やった。三隈は仕事用の笑みを浮かべた。


「僕としてもあの鉢がいつまでも管理人室にあっては、管理人さんを困らせてしまうし、ある意味なくなってしまったのは良いことかもしれません。すみません、変なことに巻き込んでしまって」


 ホッとした様子の管理人が、いやいやと首を振る。


「こちらこそ、何の力にもなれなくて申し訳ない。また何かあったら私までお知らせ下さい」


 笑顔を返し、自室に戻った三隈は、ビニール袋を手に玄関に引き返した。無造作に植物の茎を掴んで引くと、呆気なく土と根っこが露わになる。それをビニール袋に入れ、鉢は別の袋に入れてから、きつく口を閉めた。次いで部屋に取って返しボストンバッグを持ってくると、ふたつのビニール袋をその中に収めた。


 ボストンバッグを見下ろし、三隈は暫し考える。


 貴重品をポケットに収めると、ボストンバッグを手に、三隈は徒歩三十分程の所にある総合公園へと向かった。


 各種スポーツや散歩を楽しむ人々の中を、その中に溶け込むようにして歩く。自然な動きで周囲に視線を向け、目的のものを探した。


 公園を半分ほど行った所で、三隈は足を止めた。小型ホールの裏手にゴミ箱が並んでいる。ちらと周囲を窺えば、丁度良く誰も居ない。


 ボストンバッグから植物の入った袋を取り出した三隈は、それをゴミ箱の中に放り込んだ。ゴスン、という音がしてビニール袋が横たわる。


 踵を返した三隈は、ある程度進んだ所でゴミ箱を振り返った。


 ──ある。確かに、あれはゴミ箱の中に横たわっている。


 周囲に目を走らせる。


 ──居ない。不審な人物は何処にも。この辺りで一番不審なのは、俺自身だろう。


 再び歩き出し公園を抜けた三隈は、町の中を歩く内に、不燃ごみが積まれたゴミ置き場を見つけた。


 具合のいいことに、幾つかの鉢が捨てられていた。ゴミ捨て場の壁に貼られた紙には、『不燃ごみ・水』と書いてある。この様子から見るに、まだ回収は来ていないようだ。


 三隈はビニール袋から鉢を取り出すと、ゴミ置き場の鉢に重ねた。


 何食わぬ顔でその場を離れる。道の端でゴミ置き場を振り返り、確認した。


 ──ある。確かに、鉢はゴミ置き場に捨てた。そして、不審な者は居ない。


 三隈は帰り道でスーパーに寄り、買い物を済ませると自宅へと戻った。


 エレベーターを降り、共用部の先を見やる。


 ……ある。捨てた筈の鉢が。ご丁寧に植物は鉢に収まっている。


 ゴミ袋に入れた際に折れたのか、枝が一本折れていた。三隈は暫く鉢を見下ろし、ひとつ息を吐くと扉の前から鉢を退けた。


 これは、いよいよ怪異かもしれない。




「と、いうことがあって、どうしたものか悩んでいたのに、お前が部屋に持ち込んだ」


 三隈の言葉に、稲田はこわごわと鉢に目をやった。何か言おうと口を開き、小さく頭を振る。


「……マジで?」


「マジだ」


 卓の上で頭を抱えるようにした稲田は、うぅと唸ると「ごめん」としょぼくれた。三隈は、じっと稲田の頭の天辺を見つめてから、放置されていた缶チューハイを開けて差し出した。手に付いた水滴を拭ってから、スナック菓子を頬張る。


「まぁ、起きたことは仕方ないからな。それよりも、何処でこんなものを連れて来てしまったのかが判らない。それが、問題だ」


 三隈がそう言うと、稲田は顔を横向けて鉢を見つめた。その目の前に缶チューハイを動かすと、稲田は体を起こし、缶チューハイに口を付けた。グビグビと飲み干し、ふぅと長い息を吐く。


「思い当たる節は何にもないんだな?」


「ない。ここの所忙しくて園芸屋にも行ってないし」


 チューハイを飲んで少し気持ちが落ち着いたのか、稲田は枝豆の袋を開けると食べ始めた。眉間に皺を寄せながら何事かを考えている。


「というか、これって何て木なの? 見たことあるような気もするけど」


「ガジュマルだ」


「ガジュマル?」


 稲田は益々眉間の皺を深め、首を傾げる。


 その時、電子レンジがピーッと音を立てた。温めていた冷凍炒飯を卓に置くと、稲田が瞳を輝かせた。入れ違いに餃子を入れ、ボタンを押す。


「ガジュマルって言うのは、熱帯から亜熱帯に分布する植物だ。日本だと沖縄が有名だな。〝幸せを呼ぶ木〟といわれている」


「じゃあ、いいじゃん。何処から湧いて出たのか知んねぇけど、捨てるまでもなくない?」


 再び電子レンジがピーッと音を立て、三隈は取り出した餃子を卓に置いた。肉とにんにくの香りが広がる。


「絞め殺しの木とも呼ばれてるがな」


「……へ?」


「他の植物を絞め殺すように巻き付いて成長するんだ。だから、絞め殺しの木」


 稲田が、箸で掴んだ餃子を取り落とした。


「……急に怖ぇじゃん」


 三隈は餃子を頬張りながら考えた。餃子を食べた口で珈琲を飲む三隈に、稲田は気味悪そうな顔をしたが、それについては特に何も言わなかった。これは、三隈の昔からの癖だ。


「それってさ、もしこれが怪異ってやつなら、お前、絞め殺されちゃう訳?」


 稲田の言葉に、三隈は首を傾げた。


「判らない。ただ、鉢自体を部屋の中に入れたからには──稲田、お前今日は泊っていくだろ?」


 その問いに、稲田は腕時計に目を落とした。


「いやぁ、今日はこれ食ったら帰ろうかな」


「ひとまずこの鉢は外に出す。まずは明日の朝どうなっているか、だな」


「……無視かよ」


「お前にも責任はあるからな」


 唇を尖らせていた稲田は、観念したように二本目の缶チューハイを開けた。




 朝早く、三隈は稲田の上げる悲鳴に目を覚ました。


 床に敷いた布団の上で、奇妙な格好をした稲田が三隈の立てた物音に振り返った。ベッドの上からその様子をぼんやりと見ていた三隈は、稲田の後ろに見えるそれに目を向けた。


「やはり、そうか」


「やはりって何だよ、これお前が戻した──訳ないよなぁ」


 言葉の途中で脱力して、布団に座り込む。


 鉢は戻って来ていた。しかも、部屋の中に。まるで昨夜から置きっぱなしだったかのように、鉢は部屋の中に()った。


「どうすんの、これ。お祓いか? お祓いって何処でやんの」


 そう呟いた稲田は、ハッと顔を上げた。


「あのお札! あれ使えば祓う……いや、何とかなるんじゃねぇの」


 〝お札〟とは、稲田の祖母の友人の知り合いという殆ど赤の他人から分けて貰ったものだ。その知り合いも、別にお祓いが出来るという訳ではないらしい。


 三隈は欠伸をしながら言った。


「むいあお。ほうふうんふぁ……ないからな」


「……何言ってるのか全然判んねぇよ。というか、お前落ち着きすぎだろ。絞め殺されるかもしれないのに」


 稲田は気まずそうに三隈を見やった。三隈は構わずキッチンに行き、水を入れた電気ケトルの電源を入れた。


「朝だし、珈琲でいいだろ?」


「……うん」


 朝食を食べながら、稲田はぼんやりとガジュマルの鉢を見つめて何事かを考えている。


 三隈は早番。稲田は休日の土曜日だ。時折稲田は休日の前日に三隈の家を訪れた。休日が被らない二人の間で、いつしかそれは通例となっていた。勿論、それぞれの事情によって絶対ではないが、たまには三隈が稲田の家を訪ねることもある。


「俺が出る時に鉢は外に出していく。お前はどうせ一日ダラダラするんだろ。何か起きないか見ててくれ」


 三隈の言葉に、稲田が青ざめた。


「何か起きるって何が……。やっぱり俺、今日は帰ろうかな」


「ワイシャツとかまだ乾いてないぞ。ちなみに俺の服は貸さないからな」


 稲田が着ているのは随分と着古したTシャツと半パンだ。これで外を歩く者はそうそう居ないだろう。


 ぐぅと呻いた稲田は、畳んだ布団に寄り掛かった。


「あー、判ったよ。お前が帰って来るまで待ってるし。何か起きないか、ちゃんと見とくよ。……晩飯はなんか豪華なもん食べてぇな」


「帰りはスーパーに寄って来るから、具体的に何か浮かんだら連絡くれ。そんな高価なものじゃなかったら買ってくる」


 食べ終えた食器を片付けた三隈は、ふと思いついて本棚から書籍と、パソコンデスクからタブレット端末を取り上げて稲田の前に置いた。


「これが最近見始めた心霊スポット巡りの動画アカウントで、こっちが怪談の新刊。どっちも面白──」


「見ねぇって。というか、今まさに、あるじゃん怪異っぽい植物が!」


 言葉の途中で三隈の頭を叩いて遮った稲田が、顔を(しか)めて言った。しかし、ちらと書籍に目をやり、表紙の字を追っているのが判る。


 三隈は薄く笑うと、立ち上がり、手早く着替えて鉢を持ち上げた。


「じゃあ、俺は仕事に行ってくる。鉢は共用部の端に置いておく。お前は外に出ない。そうだな?」


 そう言うと、稲田はひとつ頷いて、三隈を見送った。




「いやぁ、これ、本当に戻って来た。怖ぇ……けど、なんか怖がるのも疲れてきた」


 三隈が帰宅すると、稲田はソファに寝転がって読んでいた本を閉じて横に置いた。


 当然のようにガジュマルの鉢は床の上に鎮座している。


「……戻ってきてるな。どういう風に戻ってきた?」


「トイレに行ってる間に戻ってきてた。鍵は朝お前が閉めたままだし、お前が夕方こっそり帰ってきて俺に気付かれないように鉢を置いたとかじゃない限りは無理。超常現象」


「そんなことする訳ないだろ。今日もしっかり働いてきた」


 そう言いながら鉢を観察する三隈を、稲田は恐ろしげに見やった。


「今の俺には、三隈が熱々カップルの幸せのひと時を作る為の手伝いをしている、ということの方が怖い」


「馬鹿なこと言ってないで、晩飯にするぞ」


 三隈はエコバックから買って来た食材を取り出した。そのひとつに稲田が目を釘付ける。


「え、何作るつもり。アクアパッツァとか?」


「そんなもの作らない。目玉付きの魚がこれしか売ってなかったんだ」


 そう言って、三隈は小ぶりの真鯛から目玉をくり抜くと小皿に乗せた。鉢を窓辺に持っていき、その横に小皿を置く。


「いいか。目玉付きの丸ごと一尾なんてそうそう買えない。カマだってそう見ないからな。もし此処に居座るつもりなら、目玉は週に一度が限度だ。そう頻繁に与えられると思うな。嫌なら他所へ行け。俺としては一向にそれで構わない」


 話し始めた三隈を、稲田がこわごわと見やる。


「……三隈? 何で植物に話しかけてんの」


「主導権を握る」


「しゅ、主導権……?」


 三隈はキッチンへ戻ると、戸惑う稲田を無視し、小ぶりの真鯛を見下ろして首を傾げた。


「どう調理するか。俺は魚を捌いたことは学生時代にしかない。というか、真鯛ってどう調理すればいいんだ。焼くか?」


 真鯛のトレーを持ち上げようとした三隈の手を、稲田が止めた。


「それは、俺がやる。一体どういうことなのか話してくれよ」


 稲田は器用に真鯛を調理し始めた。小ぶりだが、ある程度の物は揃ったキッチンで、慣れた様子で料理を進めていく。


 三隈は壁に寄り掛かり、ちらと窓際の鉢に目をやってから、稲田の後頭部を見つめ話し始めた。


「あれはガジュマルの木だって言ったろ。ガジュマルにはキジムナーが宿ると言われているんだ」


「キジムナー? それって、あれだ……沖縄に居る妖怪だよな」


「あぁ。だから〝幸せを呼ぶ木〟と呼ばれてる。普通はガジュマルといっても古木に宿る筈なんだけどな。あんな観葉植物サイズの木に宿るとは、少なくとも俺は聞いたことがない」


 料理の手を止めた稲田が、目線を上げて鉢を見やった。


「で、なんで魚の目玉をお供えしてるの?」


「キジムナーの好物らしい」


「うへぇ……」


 魚の目玉はライトの明かりを受けてぬらぬらと光を返している。


「別に、人間でも魚の目玉を食べるやつはいるだろ。俺は食べないけど」


 三隈はキッチンを離れると、卓の上を片付けた。稲田が散らかした菓子の袋をまとめてゴミ箱に捨てる。部屋に醤油の良い香りが漂い始めた。


「まぁ、その幸せを呼ぶキジムナーが正体なら、ひとまず安心か」


 冷凍庫から取り出した保存容器に入った白米を電子レンジに入れた稲田が、ほっと息を吐いた。じっとそれを見やり、稲田がその視線に気が付くまで待った三隈は、薄く笑った。


「まぁ、本当にキジムナーかは判らないけどな。それを装ってるだけかもしれないし。キジムナーは木を傷つけたものを許さないとも聞くし」


 えぇ、と声を上げた稲田が、その場にしゃがみ込む。


「お前、公園のゴミ箱に捨てたりしたろ。やっぱり絞め殺されるんか」


「判らない。明日の朝あの目玉に変化があるかどうか、だな」


 お前なぁ、と三隈の頭を叩こうとする稲田の手の勢いはいつもより緩い。中途半端に髪を逆撫でて過ぎた。


 稲田が、手で目元を覆い小さく呻く。


「あぁ、もう、今日も泊ってくからな。ワイシャツも洗濯したし、明日何が起きても明後日の仕事に支障はねぇ」


「そうか」


「……いや、ちょっとは感謝くらいしろよ。一応お前のことを心配して残るんだけど」


 再び振るった稲田の平手は、三隈の頭を垂直に叩いた。痛い、と抗議した三隈は、ふと鉢に目をやり、指さした。


「もし、明日の朝、俺が死んでたら犯人はこいつだ。その時は火にくべろ。または沖縄までユタを探しに行け」


「……やっぱり、お前の方が怖ぇよ。ユタってなんだ」


「簡単にいうと、沖縄の霊媒師」


「……そう」


 稲田が長い溜息を吐いた。



 

 次の朝、ガジュマルの鉢に供えた魚の目玉は消えていた。


 勿論、三隈も稲田も魚の目玉は食べない。食べたのは生姜と共に醤油やみりんを入れて味を付けた、ふっくらとした白身だけだ。




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