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おまけ △※◎の怪

オカルトといえば、外せないこの話題……。

 コンビニの駐車場で、店内から届く灯りに照らされ、くっきりと浮かび上がった手形に、稲田(いなだ)が顔を(しか)めた。


「くそー、これ何汚れだよ」


「霊障汚れじゃないか」


 三隈の声に、稲田が項垂れる。


「なんだ、霊障汚れって。洗剤で落ちるのか、これ」


 指で手形をなぞろうとした稲田は、寸前で躊躇(ためら)って止めた。


「……やっぱり塩とかかな」


「消臭剤も効くらしいぞ」


 はぁと息を吐き、ガードパイプに腰掛けた稲田が、車を見つめながら袋から取り出したおにぎりをむしゃむしゃと食べ始める。


 隣に腰掛けた三隈は、同じように車を眺めながら総菜パンに噛り付いた。


 先程まで纏わりついていた恐怖心は、今は何処か充実感に置き換わっている。強い恐怖を受けた後は、いつもこうだった。


「食べたら余計に腹減ってきた。追加で丼でも食おうかな」


 おにぎりを二つ食べ終えた稲田が、店内を振り返り言った。


「好きなだけ食え」


「おー」


 店内に取って返した稲田は、菓子の通路に姿を消した。


 ──丼を食うんじゃないのか。


 少々の呆れを込めて見ていた三隈が視線を外そうとした時、店内から出てきた客が、稲田の車を見やり足を止めた。


 随分と奇抜なファッションをしている。言わば、ヒッピーファッションのような出で立ちだ。年の頃は五十を過ぎた辺りか。格好から考えるに、若く見えているだけで、もう少し上なのかもしれないが。


「凄い手形だねぇ」


 男が言った。


「あぁ、はい……」


 話し掛けられるとは思っていなかった三隈は、咄嗟にそう答えてから、曖昧に笑顔を浮かべた。


 夜中のコンビニというのは、店員も客も何処か独特の雰囲気を持っているものだ。


「それって、お洒落なの?」


 妙に食いついて来る男に内心警戒しつつ、三隈は一瞬迷ってから「心霊スポットに行ってきたんですよ」と答えた。


「心霊スポット?」


 男は、妙な顔をして首を傾げる。


 その時、スマートフォンがメッセージの受信を報せた。見れば、稲田から『ごめん、腹痛くなった。ちょい待ってて』とメッセージが来ていた。


 ──早く戻って来いよ。


 多分ヘルプ。とメッセージを返そうとした三隈は、興味深そうに手形を見つめる男を改めて見てから、画面を消した。


 ──別に、どうということはない。


「ここからだいぶ行った先の自然公園に、幽霊が出る吊り橋があるんです。そこで遭った幽霊にやられたんですよ、その手形」


 三隈は、男の反応を見ながら言うと、手形を指さした。


 男は相槌を打ちながら、手形を眺めている。感心したような声を上げた。


「へぇ、人間が死んだ後に魂というものが変質すると聞く幽霊かい。あれ、正体は掴めてないんだっけ」


 何やら考え事をしながら妙な事を言う男に、三隈はメッセージアプリを開き、テキストボックスに残ったままの『多分ヘルプ』を送ろうとした。しかし、男が笑顔を浮かべながら三隈の横に腰掛け、顔を覗き込んだことで、慌てて画面を消した。


「その心霊スポットっていうのを、教えてくれないかい?」


 男は言う。


「は、はぁ……」


 三隈は、一度店内をちらと見やってから、自分の知る心霊スポットを幾つか話し始めた。


 男はどれも興味深そうに耳を傾け、時折質問を挟む。


「成る程。心霊スポット……いや、幽霊というものに興味が湧いてきたな」


 そう言う男の横顔を見る内、三隈は奇妙な感覚に襲われた。


 ──ズレている。


 男の横顔が、僅かにズレている。何処がどう、とはっきりとは言えないが、男の横顔は奇妙だった。


 くるり、と自動ロボットのような動きで、男が三隈を見た。


「君って心霊スポットに詳しいんだね。一緒に来てくれないか」


「……は?」


 戸惑う三隈の手を取った男は、強い力で駐車場を進み始めた。


「え、いや、ちょっと……!」


 三隈の言葉にも反応せず、ぐんぐんと進む。駐車場を出れば車道があり、その先は鬱蒼(うっそう)とした森だ。


 三隈は手にしていたスマートフォンを操作し、メッセージアプリを開いた。『多分ヘルプ』というメッセージを送信する。


 その時、より速度を上げた男の手に強く引かれ、三隈はスマートフォンを取り落とした。ガツンッという音がしてスマートフォンが駐車場に落下する。


「ちょっと、アンタ何なんだ……!」


 三隈の声に、男の首がくるりと後ろを向いた。──首、だけだ。


「一緒に行こう。君は貴重なサンプルだ」


 男は進む。腕に込められた力は信じられないくらいに強い。


「は、離せ……!」


 車道に出る。森が迫る。


 ──くそ、なんなんだ。


「何やってんだ、あぁ⁉」


 その時、背後から足音が駆けてくると、伸びて来た手が三隈の腕を掴んだ。


「稲──」


「何やってんだテメェ⁉ 離せよ!」


 稲田が三隈の腕を引き、男から引き剥がそうとする。しかし、ビクともしなかった。


 男が、不思議そうに稲田を見やった。首はもう殆ど一周回ってしまいそうだ。


 息を飲んだ稲田が、ポケットから取り出した札を、男の頭に叩きつけた。


「ぱ……?」


 奇妙な声を発した後、男はパッと消えた。


 辺りは、木々がざわめく音と、三隈と稲田の荒い息しか聞こえない。辺りを見回した稲田が、三隈を見つめる。


「今の……何」


「……判らん。だが、助かった……」


 だぁあ、と稲田が呻き、息を吐く。


「全然、多分じゃねぇじゃん。超ヘルプだったじゃん、お前」


「あぁ──」


 答えかけた三隈の視界が、強い光で満たされた。キィン、という音が耳を揺らす。


 顔の前に手を翳した三隈は、指の隙間から、確かに見た。


 ──円盤。


 強く発光していた円盤は、森の中から上空に浮き上がると、瞬きのうちに空の彼方へ消えた。


 三隈と稲田は、呆然と円盤が飛び去った空を見上げた。


「え……なに、もしかして……宇宙人?」


 稲田の声が滑稽に響く。


「宇宙人……」


 ハッと自身の腕に目を落とした三隈は、眉根を寄せた。


「くそ、かなりしっかり触られたぞ。地球にない細菌に感染したらどうする」


 稲田の力ない手が、三隈の頭を叩いた。


「いや、その心配かい。宇宙人って……。これってお前に掛かってる呪いのせい? というか、呪いって宇宙人呼べんの? もう、今日は訳判らん」


 そう言って、頭を抱えながら駐車場まで引き返そうとした稲田が、その場で佇む三隈を振り返った。


「どしたの」


「……お前、手、洗ったよな」


 一瞬足を止めた稲田は、思いっきり顔を顰めた。


「洗ったって! レジで会計してたら『多分ヘルプ』ってメッセージ来て、外見たらお前が知らん奴に引っ張られてたから超特急で追い掛けたんだろ! 感謝しろよ!」


「有難う。今日は色々と助かった」


 三隈の言葉に、稲田は奇妙な顔を浮かべると、口を曲げてから「おう」と答えた。


「ま、お前がキャトられなくて良かったわ」


「アブダクション、な」


「そうだっけ。あ、というか会計の途中だった。……何かアイスでも食べたくなったな。ん?」


 稲田が、駐車場に転がるスマートフォンに気が付き、拾い上げた。


「これ、お前のじゃない? うわ、画面にヒビ入ってるじゃん」


 稲田からスマートフォンを受け取った三隈は、小さく溜め息を吐いた。


「買い替えるか……。で、どのアイスにするんだ?」


「……は?」


「今日の礼にアイスくらいなら奢る。──会計中のは、自分で買え。俺はスマホを買い替えないとならないからな」


 三隈の言葉に、稲田がニッと笑った。


「たけぇリッチなやつにしたろ」


「好きなものを買え」


 ぶらぶらとコンビニへと戻りながら、稲田が心配そうに三隈を見やった。


「というかさー、お前やっぱりあの家引っ越した方が良くない? 結局あの人形(ひとがた)のせいで色んなもの引き寄せてるんじゃないの。俺だったら即行引っ越すけど」


 稲田の言葉に、三隈は首を振った。


「引っ越さない。俺はオカルトマニアだからな」


 うへぇ、と呻いた稲田が「そうかい」と答えた。



ここまでお読み頂き有難うございました。

約5000文字のお話を5話くらいの連載で、と始めた『オカルトマニア』ですが、書いているうちに楽しくなってしまって、気が付けば想定よりずっと長くなってしまいました。

怖さの中に滑稽さや不思議さもあり……夢野が思うオカルトの楽しさを詰め込んでみたつもりです(そして大好きなバディもの……のつもりでもあります)

お楽しみ頂けましたでしょうか?

お一人でも「楽しかった!」と思って下さる方がいらっしゃいましたら幸いです。

また何処かでお会い出来ますように。


2025年8月14日

夢野かなめ

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