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王子様の距離感がおかしすぎる

 あ、王子様だ!


 比喩でもなんでもなく、我が国のオーガスト王子が護衛二人に囲まれて向こうからやって来る。


 貴族学院に入学して三日目。

 二学年上に王子様が在籍しているのは知っていたので、いつかお目にかかれたらラッキー!と思っていた。


 さりげなく、一緒にいるリズとアネットに目線を送ると、彼女たちも気がついていた。

 ドキドキしながら進み、すれ違おうとした時……。


「やあ、シャルロッテ。学院には慣れたかな?」

「は? はい! 恐れ入ります」

 私? 私に言ってる? 何で私の名前を知ってるの?

 待って、私、王族へのマナーなんて知らない! 直答(じきとう)していいの?


「そんなに(かしこ)まらないで。綺麗な黒髪だね。新月の闇夜のようだって言われない?」

「お、恐れ(なが)ら……」

 絹糸のような黒髪ならまだしも、私のふよんふよん癖っ毛にそんな事言う人はいません!

 と思ったら髪をひと房摘ままれる。

「ふふっ」

 さ、触った! 私の髪に!

「じゃあ、またね。シャルロッテ」

 髪から手を放して去って行く。


 安心して身体中の力が抜けた。

「な……何だったの」

「シャルロッテって、殿下の知り合いだったの?」

「まさか!」

 私はしがない田舎の男爵家の長女だ。


「じゃあ、殿下って黒髪フェチなのかしら?」

「本人は輝かんばかりの金髪だものね~」

「うーん、そうなのかなぁ」

 納得いかないけど、他には思いつかない。

 不敬にならないよう小さな声で話す私たちを、周りの二、三年生が睨みつけていた。



 14歳になった私は、三日前に貴族学院に入学した。

 私には弟も妹もいるので、家に縛られる事は無い。

「貴族学院で勉強して、仕事でも結婚でも自分の道を見つけなさい」

と、両親が送り出してくれたのだ。

 今は親元を離れて女子寮暮らし。


 上級のマナーを身につけてどこかの貴族の家でメイドになるとか、計算・経理を学んで事務員になるとか。結婚するなら、パン屋かケーキ屋としたら美味しい物が食べられそう……。はっきり言って、平民に毛が生えたレベルの貴族の私の夢はショボい!

 とにかく、安くない学費を払ってもらったのだから、これから三年間、元を取るくらい勉強して自立を目指すぞ!



 ……と思ったのに。

「シャルロッテの魔力は風属性なんだね。中々筋がいいよ」

「恐れ入ります……」


 何で一年生の魔術の授業に殿下が紛れ込んでるんです?


「もっと指先に力を集中して。で、風以外に属性は無いの?」

「恐れ乍ら……」

 私だって、領地の農業に使える土属性や水属性が欲しかったわ!

「光属性とか、闇属性とか、時間属性とかは?」

 何その激レア属性!


 つまらなそうに帰っていく殿下(&護衛二人)に、「あいつら何しに来た……」と遠い目になった。



 お昼に、食堂で昼食を食べていたら横を通った女子生徒の持ってたコップの水が頭に掛けられた。

 呆然とする私。あわててハンカチで拭いてくれるリズとアネット。その人は、何も言わず去って行く。


 わざとだ。


 理由なんて一つしか思いつかない。

「殿下に目をかけられていい気になるんじゃないわよ」

ですね。めんどくさーい!



 教室に戻って、念のため近くにいた男子生徒たちに

「私って、一目惚れされるタイプ?」

と聞いてみたら

「「「 無い 」」」

と、即答だった。


 男子たちはそのまま「3年のあの人が色っぽい」「2年の清楚なあの人がいい」とマドンナ談議に突入する。

「そんなだからモテねーんだよ」

と、内心くさっていたら

「別格なのは2年のクリステラ・エコール様だよな」

と心臓に悪い名前が聞こえた。


 クリステラ・エコール公爵令嬢。オーガスト殿下の婚約者だ。

 最高の家柄と女神の美貌に優秀な頭脳を持つと評判の完璧な淑女。

 チラッとお見かけした事しかないけど、男子たちが憧れるのも納得の気品だった。あの方に嫌われたく無いなぁ。


 

 という私の気持ちとは裏腹に、今日も殿下がやって来た。授業で魔法陣を書いている私を、興味深く見ている。

収斂(しゅうれん)の魔法陣だね。他に何の魔法陣を書いたの? こっちは拡声の魔法陣か。どれも良く書けてるよ。シャルロッテの風魔法にピッタリだ」

「恐れ入ります」

「魅了の魔法陣は無いの?」

「恐れ乍ら……」

 私に魅了されたって事?

「じゃあ、洗脳とか支配の魔法陣とか」

 違った! と言うかそんな違法魔法陣を授業で教えるか!


 つまらなそうに帰る殿下にデジャブ。



 そして、校舎の外を歩いていたらミミズが頭に降って来た。

「ん? なんか頭に落ちた」

「ミミズですわ。ずいぶん細い」

「わあ本当。王都って土が痩せてるのかしら」

「やだわ、シャルロッテ。ミミズを落とした令嬢が持てるサイズがここまでだったのよ」

「なるほど!」

 丸々太ってうねうね元気なミミズを持ち歩くのは無理だったのだろう。

 田舎貴族にミミズのダメージは無いが、地味に鬱陶しい。



 それからも殿下の意味不明な突撃は続き、私は更に上級生たちに嫌われまくった。


「あのね、気を悪くしないで欲しいんだけど……」

 そして、私にとんでもない噂が流れている事を知った。


 私の父と義母は昔から不倫の関係にあり、それを知った母は自害。邪魔者が消えて、義母は父との間に生まれた私の弟と妹を連れて再婚。私は学院に追い出され、王子の優しさに縋り付いているのだ……と。


「何それ? 確かにうちは再婚だけど、私の母が亡くなったのは私が赤ちゃんの時で、義母と再婚したのは私が三歳の時。弟が生まれたのはその後なのに、どうやって不倫するの? ってか、その設定の小説を読んだ事ある!」

「やっぱり? 私も、どっかで聞いた事がある話だなぁと」

「やだ、パクリ?」

 

 一年生の皆は大笑いしてくれたけど、上級生は信じているんだろうなぁ……。


 ちなみに実際はこうだ。

 私が赤ちゃんの時に、母が心の病で自害。赤ん坊を抱えた父は、夫を亡くして実家に戻って来た遠縁の娘に子供の面倒を見てくれないかと頼む。遠縁の家は、父より娘の方が五歳も年上なので醜聞にならないだろうと快諾。亡くなった夫との間に子供が無かった娘は、私を実の娘のように愛情を注ぎ、優しく厳しく育てる。そんな娘に父は惹かれていきプロポーズ。娘は、私の本当の母になれる!とプロポーズを受ける。そして結婚後、弟と妹が生まれた。

 どこをどう聞けば噂のような話になるんだろう……?



 そして、相変わらず殿下に付き纏われ、上級生に嫌味や嫌がらせをされる日々。


 ストレスが半端ないのに、今日は更に殿下からご忠告を受けた。

「君は学院で浮いているそうだね。皆と協調できるようにならないといけないよ。学院は友好的な関係を作る場でもあるんだからね」

 善意100%の笑顔で。元凶に。

  

 憤懣(ふんまん)やるかたない思いで女子寮への道を歩いていると、道端にバケツが転がっていた。

 アルミニジウムのバケツだ。


 アルミニジウム→安い→壊しても私のお小遣いで弁償できる

 アルミニジウム→軽い→蹴飛ばしても私の足はノーダメージ


 一瞬で脳内で計算して、バケツを道の真ん中に置いて思いっきり蹴り上げた。

 バケツの描く放物線にちょこっとスッキリして、私は少しへこんだバケツを拾い上げて園芸小屋に持って行ったのだった。




 翌朝、登校した私は殿下の護衛に同行を求められた。

 無茶苦茶怪しいが、断る事は出来ないのでしぶしぶ護衛さんの後を付いて行く。


 着いたのは、王族専用室の前。

 たとえ学園が燃え落ちてもこの部屋は残るだろうと言われてる、魔導壁と魔導ガラスで作られた超頑強な部屋だ。

 逆に、この部屋で拷問されても外に声が聞こえる事は無い、と言われている……。


 護衛さんのノックに返事があり入室を促されるが、嫌な予感しかしない。

 そんな事を思っている間にもドアは開かれ、押されるように中に入った。

 内鍵を掛ける音がやたら大きく響いた気がする。


 

 窓を背に、大きな机の向こうに座った殿下が迎えてくれた。

 逆光に金髪が輝いています。

 そして、殿下の右に護衛が二人、左に一人……って、私を連れてきた人が加わって二人。合計四人。これは、護衛以外の仕事があるという事ですよね。はぁ。


 おへそに力を入れて、殿下を睨みつける。絶対に目を逸らすもんか。

 

「シャルロッテ。君は死罪と決まった」

 嫌な予感は大当たりでした。

「昨日の君の行いは看過出来ないものだった。心当たりはあるか?」

「……バケツ、ですか?」

 「恐れ入ります」と「恐れ乍ら」以外で殿下と初めて話したのが「バケツ」だよ……。

「自覚はあるようだな。自分の凶暴性に」

 はあっ? バケツを蹴飛ばしたら凶暴ですか?

 いや落ち着け。寮でやけ食いでシチューをおかわりして三杯食べたのはバレてない。

「そして、人間離れした食欲」

 バレてた!


「あのー、バケツを蹴飛ばしたくらいで凶暴という事は無いと思います」

「淑女は蹴飛ばさない」

「紳士も、バケツを蹴飛ばしたからと殺そうとしないと思います」

「これは、国家存続のためなのだ」

 この人、大丈夫?


「50年前、魔王が倒された事を知っているだろう」

「は……はい。勇者に倒されたんですよね」

 いきなり話が飛んで、訳がわからない。


「倒される時、魔王は自分の血を無差別に人の体内に送り込んだんだ。その血が入ったある者は、魔王の血が覚醒して人の血を求めて人々を殺して処刑された。ある者は血が覚醒せずに、普通に結婚して子供を生んで人生を全うした。またある者は、魔王の血が覚醒した事により人の血を求める自分を抑えきれなくなり、心の病となって自害した」


 なんか、話が見えてきた。

「つまり、私の母は魔王の血が覚醒しなかった人の子供で、母はその血が覚醒して心の病になって自害した。そして、私も魔王の血を引いている。と殿下は思っているのですね」

「ああ、君が魔王の血を覚醒していないか、私は密かに監視していた」

 全然「密かに」じゃあねーよ!


「そして、君は凶暴性に目覚めた」 

 いや、あ ん た の せ い で キレたんですけど!?、なんて言ったら「やはり凶暴だ」と言われるから言わないけど。


「あのですねえ、ちょっと訂正していいですか?」

「なんだ」

「私の母の心の病って、『産後鬱』なんですよ」

「サンゴウツ?」

「出産の後、気持ちが沈んでしまう病気です。知らなかったら覚えてください。私の父のように後悔する事になりますよ」

 殿下は何も言わない。本当に知らなかったなこいつ。


「病気の証拠の日記もあります。ぼかして『心の病』と言っていたのは、出産のせいで母が死んだと幼い私の耳に入らないようにです」


 10歳になった時、父と義母が詳しく教えてくれた。母が悪いわけじゃなく、私が悪いわけじゃない。産後鬱という病気なんだと。

 母の残した日記には、私の将来を夢見ながらも母親として力不足を嘆く文章が綴られていた。 


 それを、勝手に人の血に飢えた魔王にするんじゃねーよ!


「し、しかしお前は劣悪な環境のせいで歪んで育ったとパトリシアが!」

 ほーう。そのパトリシアさんが不倫説を流した元凶ですね。


「パトリシアさんから何を聞いたか見当は付きますが、私の両親は不倫なんてしてませんよ。無理なんです。義母は最初の結婚で遠方に嫁いで夫を亡くして帰ってきて、妻を亡くした父に赤ん坊だった私の世話を頼まれたんですから。出会った時点で二人とも独身なんです」

「独身……?」

「はい。二人は完全に『よくあるヤモメ同士の再婚』です。これが劣悪な環境だったら、国中劣悪だらけです」

「………」


「母の病気の事も、父の再婚の事も、私がなぜ学院で浮いているかも、殿下は全然調べていらっしゃらない。どうして調べればすぐにわかる事すら確認しないで、私を殺そうと決めたんですか?」

「………」

「私を殺してから間違いだと分かったら、パトリシアさんのせいにするのですか? それとも、国家存続のために揉み消すのですか?」

「………」

「もしかして、王家は今までもそうやって邪魔な人を魔王のせいにして殺してきたのですか?」

「!」

 空気が変わった!

 殿下の合図で四人が剣を抜く。

 (あお)りすぎた? でも、こちとらさんざん迷惑をかけられた上に勝手に殺す算段されて、怒っていいのはこっちなんだよ!

 

 殺気を放つ殿下と護衛たちに、ぎこちないながらも無理矢理笑って、黙って後ろの窓を指差す。

 (いぶか)しげに振り返った彼らの目に入ったのは、窓に張り付いて部屋の中を覗いている沢山の生徒達だった。


 さすがは魔導ガラス。これだけの人数の気配も見事にシャットアウトだ。

 私の視線で気づかれないよう、後ろを見ないように見ないようにと必死に殿下をガン見してた甲斐があった。


 王族専用室と言う事に安心して、結界を張らなかったのは失敗でしたね。

 今までの会話は、風魔法で学院中に聞かれてますよ。ええ、万が一に備えて、学院のありとあらゆる場所に拡声の魔法陣を隠しておきましたので。

 生徒や教師だけじゃなく、売店や食堂で働く人や裏門を通る出入りの業者さんにも一部始終が聞かれてま~す。


 驚きすぎたのか、殿下たちは固まっている。私に剣を振り下ろす事は無いようだ。

 私は、膝が笑いそうになるのを必死でこらえて歩き、内鍵を開けて部屋から逃げた。






  


 ーーーーという事があって、王家に睨まれたのでもう結婚も就職も無理だと思うので、学院を辞めて領地に帰りたいです。


 と、書いた長い手紙を読んだ両親が王都に飛んできて、なぜか今三人でエコール公爵家の応接室にいます。


「王都に着いたばかりでお疲れのところをお呼び立てして申し訳ない」

 本当、すごい情報網だ。両親が着いたと思ったらすぐに公爵家の遣いが来た。


 目の前にいるのはエコール公爵様。あれ? 公爵だからエコール閣下って言うんだっけ? うーん、マナーの授業をもっとちゃんと受けておけば良かった。

 とにかく、エコール公爵家と言えば、あの方!

「殿下の監視の仕方は他の者に誤解を招くと注意していたのですが、力及ばず申し訳なかったですわ」

 そう、殿下の婚約者の麗しのクリステラ様! はぁ、うっとり……。

 こちらこそ不愉快な思いをさせてしまって申し訳ないのに、女神です!


「オーガストのやらかしには、ちゃんと責任を取ってもらう。無実の令嬢を殺害しようとしたんだ。代わりに奴の命をよこせとは言えないので、誠意を見せる金額を支払ってもらうつもりだ。もちろん、ご両親の不倫の噂を流した者からも十分に搾り取らせてもらう。楽しみに待っていてくれ」

 言ってる事は紳士なのに、空気が怖いです………。

「そして娘クリステラとオーガストとの婚約は破棄。魔王の血を極秘にしていた事と、この50年間の全ての不審死に王家が関わっていないかを追求」

 いや、関わってない証明って難しいのでは? って、分かってて言ってますね。

「これで、王家の求心力は地に落ちるだろう。まあ、あんな無能が王子をやってられるのがおかしかったんだ」

 こっそり同感です。

「遠からず、王家は()げ替えられる」

 うーん、雲の上の世界すぎて、どうでもいいです。


「そこで、立て役者のシャルロッテ嬢には我がエコール公爵家のメイドになってもらいたい。いずれは侍女に」

「こっ、公爵家のメイドなんて無理です!」

 こちとら生まれも育ちも田舎の男爵家ですよ?

「もちろん、メイドとしても淑女としても一人前になるための勉強はしてもらう。一人前となったら、結婚相手の面倒も見るつもりだ」

 結婚……? もう無理だと諦めてた……。公爵家出入りのパン屋さんだと美味しそう!

 思わず笑顔になってしまう。


「ご両親のお考えはいかがかな」

 父も義母も首がもげそうなくらい頷いている。

「嬉しいわ。よろしくね、シャルロッテ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 思いっきり深く頭を下げる。


 皆に嫌われて、殺されかけて、もう絶望的だと思った人生だったのに……!

 膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。





「仕事は来月からでいいわ。色々あって疲れたでしょう。家に帰ってご家族とゆっくりと過ごして、ご両親に甘やかされてらっしゃい」


 というお言葉に甘えて、学院を退学した私は両親とのんびり楽しく田舎に向かっている。




 王都では、王家と対峙して打ち負かした女傑として日毎に私の名が広まってるなんて夢にも思わずに。


「アルミニウム」を「アルミ二ジウム」に変更しました!

異世界にある軽くて安い素材と思ってください。


(「じうむ」を変換したら「痔有無」になった……)


⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂


2025年5月21日  日間総合ランキング 

14位になりました(o^^o)

ありがとうございます!


続編希望の方は感想欄を読んでね!

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