case6ー6.お仕置き(2)
エイデンは恐怖のあまり声も出ず、ただ体をブルブルと震わせている。騎士団で銃くらい扱うだろうに、いざ自分に向けられるとこの有り様とは情けない。
エレノアはその場にしゃがみ込むと、彼の髪をぐいと引っ張り無理やり上を向かせた。相手の瞳をしっかりと捉え鋭く睨みつけながら、地を這うような、殺意のこもった冷たい声で言う。
「いいか、よく聞け。お前が怪我をさせたあの男は、間違いなくこの大陸一の腕を持つ医者だ。お前の命はな、あいつの指一本分の価値もないんだよ、クソガキ」
「あ……あ……ああ……」
「わかったら二度とセレーナとアレンに近づくな。もちろんこの病院にもだ。なんならこの街にも立ち入るな」
エイデンは恐怖心が上限を突破したのか、口を金魚のようにパクパクとするだけで、まともに声も出せない様子だった。今にも気を失いそうになっている。
エレノアは彼の髪を離し、額にゴリッと銃口を当てた。
「返事は?」
「ひゃ、ひゃい……」
エイデンが消え入るような声で返事をしたとき、アレンの制止が入った。
「エレノア、そのくらいに」
アレンに視線を向けると、彼はゆっくりと首を横に振った。もう十分だということだろう。
ここは彼の病院だ。エレノアとしては物足りなかったが、彼が止めるなら仕方ない。
「チッ。行け」
エレノアが顎で出口を指し示すと、エイデンはすぐさま立ち上がろうとした。しかし腰が抜けて足に力が入らないのか、うまく立てないようだ。
今すぐ逃げ出したい様子の彼は、四つん這いでバタバタと手足を動かしながら、なんとか出口に向かって行った。そしてようやく立ち上がったかと思うと、ヨロヨロとよろけながら色んなところにぶつかり、何度も転けた挙げ句病院から出ていった。
エントランスには静寂。
医師や看護師たちは拳銃を持っているエレノアに怯えた視線を向けていたが、エイデンを追い返してくれたことに感謝もしている様子だった。一部の者たちは、ホッと安堵の表情を浮かべている。
すると、この場を仕切り直すように、アレンが皆に声をかけた。
「みんな、怖かったのに対処に当たってくれてありがとう。事件の対応は僕に任せて、みんなは仕事に戻って。あ、誰か修理業者に連絡をお願いできるかな? エントランスを直さないとね」
アレンの穏やかな声が、彼らに更なる安心感を与えたようだ。院長の命令を聞いた医師や看護師たちは、サッと自分たちの持ち場に戻っていった。良い信頼関係を築いているらしい。
それにしても、今日が休日で本当に良かった。外来患者がいたらこの騒ぎでは済まなかっただろう。入院患者がいる棟は少し離れているから、騒動に気づいた者は少ないはずだ。
エレノアは拳銃を仕舞い、セレーナとアレンの元へ向かった。
「セレーナ。よく耐えたな。もう泣いていいぞ」
セレーナに優しく声をかけると、彼女の目には途端に涙が浮かんだ。婚約を迫ってきた相手が病院で大暴れし、兄が怪我を負ったのだから、彼女としては相当怖かっただろう。
セレーナの大きな瞳に溜まった涙は今にも零れ落ちそうだったが、彼女は唇をぎゅっと噛み締め、泣くのを我慢した。
「……っ! 今は泣いてる場合じゃない! 兄さんの手当が先!」
既にその目に怯えはなく、いつもの凛とした彼女に戻っていた。強い子だ。
「兄さん、早く処置しましょう。止血しないと」
二人は処置室に向かうとのことで、エレノアもついて行くことにした。セレーナはアレンを患者用の椅子に座らせ、テキパキと処置を施していく。
が、アレンの様子を見ていて驚いたことがあった。
「お前……痛くないのか?」
彼は腕に突き刺さったガラス片を取り除くときも、傷口を消毒するときも、その傷を縫われているときも、一切表情を変えなかったのだ。麻酔はしていない状態で、である。
目を丸くして尋ねるエレノアに、アレンはほんの僅かに表情を強張らせた。そして、答えにくそうに視線を泳がせた後、感情を誤魔化すように苦笑する。
「……僕、生まれつき無痛症なんだ。痛みを感じないんだよ」
「そうだったのか」
無痛症という症状があることは知っていたが、実際の患者は初めて見た。そもそも症例数が極めて少ない疾患だったと記憶している。
それにしても、先程のアレンの反応は少しおかしかったように思う。あまり聞かれたくない話だったのだろうか。
そんなことを考えていると、アレンが話題を変えるかのように口を開いた。
「そんなことより、エレノア。君、手は大丈夫? さっき、思いっきり彼を殴っていたよね。骨に異常はない?」
「ああ、それなら問題ない。そんな素人みたいな殴り方はしていないからな」
エレノアがさらりとそう答えると、アレンは「そっか」と言って苦笑していた。
その後、程なくしてアレンの治療が終わった。彼は右手を開いたり閉じたりしているが、特に動作に支障はないらしい。神経に傷がつかなくて本当に良かった。
一方セレーナは、兄の治療が終わりようやく安堵できたのか、その場でボロボロと泣き始めた。精神的に限界だったのだろう。
「兄さ……ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで……」
彼女は泣きながら、兄に向かってただひたすら謝罪をしていた。自分のせいで怪我をさせてしまったと、己を強く責めているようだ。
アレンが必死に慰めているが、セレーナは一向に泣き止む気配がない。これは落ち着くまでに時間がかかりそうだ。アレンもそう判断したのか、こちらに声をかけてくる。
「ごめん、エレノア。もし時間が許すなら、どこかで待っていてくれないかな? 後で詳しい事情を聞かせて欲しい」
「わかった。屋上にいるから、セレーナが落ち着いたら来てくれ。急がなくていい」
アレンにそう告げると、エレノアは病院の屋上へと向かうのだった。




