case6ー3.拷問で得た情報(2)
「アンナやスミス夫妻の死が他殺だったとしても、殺し屋を特定することは難しいでしょう。アンナに麻薬をばらまくよう指示した人間がわかればいいのですが……」
アンナは「多額の報酬を得るために学校に麻薬を広めた」と言っていた。実家の借金を返すために金が必要だったのだと。
彼女一人でジョンとコネクションを作り、麻薬を入手できるとは思えない。誰か指示役がいたはずだ。
(とはいえ、こうも手がかりが無くてはな……)
推理に行き詰まっていると、ウィリスが追加の情報を教えてくれた。
「アンナ・スミスに麻薬を広めるよう指示したのは、ジョンではなく別の人間であることは間違いありません。ジョンはとある商人に『報酬をくれるなら麻薬の販路を開拓する』という話を持ちかけられたそうです」
「とある商人?」
エレノアは片眉を上げた。その商人を辿れば、何か出てくるかもしれない。
そう思ったのだが、そんな都合の良い話はなく、淡い期待はすぐに霧散した。
「残念ながら、その商人を辿ることはほぼ不可能です。使えそうな情報は、商人が小柄な中年の男ということくらい。名前と商会名も聞き出せたのですが、調べてみるといずれも存在しないものでした」
「そう上手くはいきませんか……」
あからさまに残念がるエレノアに、ウィリスは申し訳無さそうな表情を見せる。
「ジョンが商人と会ったのは一度きり。どこか怯えていて弱々しい印象だったそうですが、ありきたりな顔だったのでよく思い出せない、と。そして商人との麻薬の受け渡し場所に行ったら、たったひとりアンナだけがいたそうです。それ以外の情報は、残念ながら」
「そうですか」
エレノアは眉根を寄せて考え込む。
ここまで手がかりが掴めないとなると、もはやアンナ・スミスを今一度洗い直すくらいしかできることがなさそうだ。
セレーナの件が誰かの陰謀でなくとも、アンナがオーウェンズ病院を陥れようとしていたことは間違いない。
アンナはこの街の出身ではなく、病院の患者でもなかった。無論、アレンやセレーナとの接点もない。そんな彼女が、一体なぜ「アレン・オーウェンズが麻薬を学校に広めろと指示した」などという証言をしたのか。
(アンナを調べ直すことで、その真相にたどり着ければ良いのだが……)
エレノアが渋面で小さく溜息をついたとき、ウィリスが不意に立ち上がった。
「役に立つかはわかりませんが、お見せしたいものがあります。少々お待ちいただけますか」
彼はそう言うと、一度部屋を出ていき、そしてすぐに戻ってきた。彼の手には束になった書類が握られている。
エレノアの対面に座り直した彼は、「どうぞ」と言ってその書類を差し出してきた。それを手に取って視線を落とすと、その内容に驚かされる。
「良いのですか? こんなものを見せていただいて」
それは、違法麻薬と人身売買の顧客リストだった。つまりは、ジョンの顧客リストである。
「構いませんよ。お貸しすることは難しいので、この場限りとはなりますが……でもエレノア様なら、この程度の情報量ならすぐに覚えてしまうのでしょうね」
顧客リストには貴族の名前がずらりと並んでおり、その数は優に百は超えそうだ。常人ならこの場で全て暗記するのは不可能だろうが、エレノアにとってはそれほど難しいことではなかった。
「少しだけ時間をいただきます」
エレノアは書類を黙々と読み込み、そこに記載されている名前を片っ端から記憶していった。
もしかしたらこの中に、黒幕に繋がる人物が混ざっているかもしれない。麻薬や人を買った顧客たちは既に逮捕されて牢の中だろうが、情報は多いほうが良い。
程なくしてすべての名前を暗記し終えたエレノアは、書類をウィリスに返しつつ尋ねた。
「ありがとうございました。その他に、ジョンは何か吐きましたか?」
「いいえ。残念ながら、エレノア様にお話しできるようなことは何も」
彼は申し訳無さそうに答えたが、どこか含みのある言い回しだ。
(聞き出せてはいるが、私に話せる内容ではないということか)
ウィリスはエレノアに対して非常に好意的かつ紳士的でとても親切だが、だからといって手の内をすべて晒してくれるわけではない。彼には彼の領分というものがある。仕方のないことだ。
「ジョンの身柄は、今もウェストゲート家が?」
「ええ。奴にはもう少し聞きたいことがあるので、まだ生かしています」
まだ、ということは、いずれ始末されるのだろう。あれだけウェストゲート家の庭を荒らしたのだ。あのウェストゲート公爵が許すとは思えない。
犯罪者の身柄を誰が押さえるのかという基準は、至って単純明快。相手が表の人間か、裏の人間か。ただそれだけである。
表の人間は警察か帝国軍に、裏の人間はウェストゲート家に捕らえられる。お互い不可侵な領域があるのだ。
もちろん、例外はある。皇太子暗殺未遂事件のような、国が捕えなければ面子を保てないような案件は、帝国軍が出てくることが多い。
「わかりました。長居してしまって申し訳ありません。そろそろ失礼いたします」
エレノアが別れの挨拶をして立ち上がろうとしたとき、ウィリスがふと思い出したように声を上げた。
「ああ、そうだ。エレノア様。フェリクス殿下の求婚は続いていますか?」
不意に聞かれた内容に驚き、エレノアは目を丸くした。彼の意図が読めず、なんと答えようかほんの一瞬迷ったが、素直に事実だけを伝えることにする。
「たまにお茶をしないかと誘われるくらいです。全て無視していますが」
「そうですか」
ウィリスはホッとした様子で表情を緩めたが、すぐに真剣な眼差しを向けてくる。
「殿下にどんな条件を提示されても、決して求婚は受けないでください。殿下は、あなたを利用する気かもしれません」
「利用……ですか」
正直なところ、今の自分に何か利用価値があるとは思えない。だが険しい顔のウィリスを見るに、何かしらの情報を掴んでいるのだろう。こちらにその情報を開示する気はないようだが。
「もし結婚を無理強いされた場合は、いつでもご相談ください。なんとかしてみせましょう」
ウィリスに真面目な顔でそう言われ、エレノアは苦笑する。
「皇族と揉めるとは感心しませんね。それくらい自分でなんとかしますよ」
いくら公爵家とは言え、皇族と揉めると流石に立場が悪くなる。いずれ裏社会のすべてを牛耳るウィリスであっても、それは避けるべきことだ。
しかし、彼は頑なだった。
「エレノア様をお守りするためなら、相手が誰であろうと関係ありません」
真っ直ぐにこちらを捉えてくる黄金色の瞳が、かえって申し訳無さを助長する。エレノアは曖昧に笑った。
「私にそこまでしていただく必要は……。今の私には、何も返せるものがありません」
「エレノア様に恩を売ろうとしているのではなく、私はただ、あなたに恩を返したいだけなのですよ」
ウィリスはそう言うと、柔らかい優しい笑みを浮かべたのだった。




