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case1ー6.アメリの忙しい一日(1)


 ウィラードとの婚約が再度結ばれてからというもの、アメリは忙しい日々を送っていた。結婚の準備など、何かとやることが多いのだ。


 銀の(はさみ)という文具屋の店主は本当にいい仕事をしてくれた。ほんの一ヶ月足らずでキャサリンからウィラードを取り戻してくれた時には、彼女の腕前に心から感動したものだ。


 それなりにお金はかかったけれど、これからの未来のことを考えればそんなの瑣末事(さまつごと)だった。


「アメリ、今日も彼の元へ行くのかい?」


 アメリが身支度を整えて玄関へ向かった時、父であるレイクロフト伯爵に声をかけられた。


「お父様!」


 アメリは表情をパッと明るくして、父に駆け寄った。そして、満面の笑みを浮かべる。


「ええ、そうよ。わたくし、ウィラード様との結婚が待ちきれないの。早く一緒に住みたいわ」


 ウィラードとの関係が戻ってから、アメリは花嫁支度の合間を縫って、毎日のように彼に会いに行っている。今日もお手製の焼き菓子を持って彼の家へ行くつもりなのだ。


 すると、父は喜びと切なさが入り混じったような顔でこう言った。


「アメリが幸せそうで本当に嬉しいよ。でも、可愛い愛娘がこの家を出ていくとなると、父親としては寂しい気持ちでいっぱいだ」


 レイクロフト伯爵と親子関係になってからまだ四年ほどしか経っていないが、彼は再婚相手の子である自分を心の底から愛してくれていた。元々幼い頃から可愛がってもらっていたのもあり、今となっては実の親子のように仲が良い。


 アメリは父を見上げながら柔らかく微笑んだ。


「わたくし、お父様の子どもになれて本当に幸せよ。お母様と再婚してくれて、本当にありがとう」


 実の父親は最低な男だった。多くの女と浮気をし母を(ないがし)ろにした挙げ句、暴力まで振るってくるクズ野郎だった。あの男は心臓発作で呆気なく死んだが、当然の報いだと思った。


 それに比べてレイクロフト伯爵は優しくて素晴らしい人だ。昔から母の知り合いだった彼に拾われなかったら、今頃どうなっていたかわからない。


「私もだよ、アメリ。小さい頃から可愛がっていた君が、こんなに立派なレディになるなんて。幸せになるんだよ」


「はい、お父様」


 父に見送られた後、アメリはジール侯爵家へと赴いた。


「ウィラード様」


「アメリ、今日も来てくれたんだね」


 ウィラードはアメリの訪問を喜び、顔を柔らかく綻ばせていた。彼は再婚約してからというもの、心を入れ替えたように優しくしてくれる。


「これ、お口に合うと良いのですけれど」


 アメリがお手製の焼き菓子を手渡すと、ウィラードは嬉しそうに微笑んだ。


「いつもありがとう。君のお菓子は絶品だから、とても嬉しいよ」


「今日はこのお菓子に合う茶葉も持ってきましたの。ぜひ一緒に召し上がってくださいな」


 そしてメイドに紅茶を入れてもらった後、ウィラードはアメリと向かい合って座りながら菓子と茶を楽しんでいた。


「とても美味しいよ。この香りが何とも素晴らしいね」


「良かったです。また作ってきますね」


 アメリがにこりと笑顔を返すと、ウィラードは不思議そうな顔で問いかけてくる。


「君は食べないのかい?」


 その問いに、アメリは眉を下げて苦笑した。


「結婚式に向けて減量中ですの。一番美しい姿をあなたに見てもらいたくて」


「今のままでも十分綺麗だよ、アメリ。でも、そう思ってくれる君の気持ちがとても嬉しい」


 そう言う彼は愛おしげな目でこちらを見ていた。


 その後しばらく歓談を楽しんでから、アメリはジール侯爵家を後にした。そして帰宅後、一度自室に戻り少し休んでいたところに、メイドが茶と軽食を運んできた。


「アメリ様、お茶をお持ちいたしました」


「ありがとう、メアリー」

 

 メアリーは最近入ってきたメイドだ。急な欠員が出たため、急遽募集をかけ雇ったらしい。彼女はとても優秀で、アメリが嫁ぎ先に連れていきたいと思っているほどである。


「アメリ様。部屋を掃除していたらこの小瓶が落ちていたのですが、こちらはアメリ様のものでございますか?」

 

 そう言ってメアリーは手のひらサイズの小瓶を差し出してきた。瓶の中には白い粉が入っている。見覚えのあるそれに、アメリはわずかに目を見開いた。


 確かに金庫に仕舞っていたそれが、なぜ部屋に落ちていたのか。アメリは不可解に思いながらも、メアリーに微笑みを返す。


「ええ、そうよ。拾ってくれてありがとう」


「大切なものなのですね。見つかって良かったです」


 メアリーはこちらの反応を目ざとく拾ったようで、笑顔でそう言ってきた。


 彼女はこれが何かわかっていない。わかるはずがない。そう思い、アメリは少しだけ彼女に説明してやることにした。


「これは、ウィラード様の為に特別に作ったものなの。とてもいい香りがするから、お菓子やお茶の隠し味に入れるのよ」


「左様でございましたか。アメリ様は、本当にウィラード様のことを愛していらっしゃるのですね」


 メアリーがそう言ったとき、従僕のリチャードが部屋を訪ねてきた。


「お嬢様、少々よろしいでしょうか。結婚式のことでご相談が」


 リチャードはアメリが男爵令嬢時代から仕えてくれている青年だ。乳母の息子でアメリと年齢も近く、幼い頃から兄妹のように育ってきた。有能で信頼の置ける人物である。


 「結婚式のこと」はリチャードと二人だけで話したいため、一度メアリーを退室させる。


「メアリー。もう下がっていいわ」


「はい。それでは失礼いたします」


 そしてメアリーが去った後、リチャードは声量を落として話し始めた。


「例の件、準備が整いました」


 その報告に、アメリは満足したような笑みを浮かべる。とうとうこの時が来た。


「ありがとう、リチャード。あなたは本当に優秀ね」


「お褒めに預かり光栄です。実行は今夜にでも可能ですが、いかがなさいますか?」


「今夜で構わないわ。掃除は早いに越したことはないもの」


 アメリは手のひらの中の小瓶を見つめながら、にこりと微笑む。もう、手の荒れは綺麗に治っていた。


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