case6ー2.拷問で得た情報(1)
後日、エレノアは首都アマンにあるウェストゲート家の屋敷を訪れていた。
「先日ぶりですね、ウィリス様。本日はお時間をいただきありがとうございます」
応接室に通されたエレノアは、対面に座るウィリスに挨拶を述べた。彼は柔らかな笑みを浮かべ、その金色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「いえ。エレノア様にお会いできて、私としては嬉しい限りなのですよ。本当はお店に伺えればよかったのですが、わざわざ当家までご足労いただき申し訳ありません」
「面会をお願いしたのはこちらなんですから、出向くのが当然です。むしろ、迎えの馬車まで手配していただき恐縮です」
「せっかくなら、素顔のエレノア様とお会いしたかったので」
恥ずかしげもなくサラリとそう伝えてくる彼は、爽やかに笑っていた。
エレノアは今日、素顔でこの場にいる。変装せず出歩くと目立つので、普段は誰かしらに扮することが多いのだが、公爵家の馬車が店から屋敷まで運んでくれたので、その必要もなかったのだ。
「それで、知りたい情報とは?」
メイドが紅茶を運び終わり人払いが済んだ頃合いで、ウィリスが本題に入るよう促してくれた。エレノアは紅茶を一口含み、喉を潤してから話し始める。
「実は、少々厄介な問題が起きまして」
「厄介な問題?」
ウィリスは眉根を寄せ、その整った顔立ちに警戒の色を浮かべた。エレノアはひとつ頷き、言葉を続ける。
「ええ。オーウェンズ病院に関することです」
それからエレノアは、セレーナがオーウェンズ病院の患者であったエイデン・ティンダルという男に無理やり婚約させられた件について説明した。
ウィリスは話の途中、エイデンの暴挙に対して非常に不快そうな表情をしていたが、口を挟むことなく黙って最後まで聞いてくれた。
「――ということがありまして。この一件だけ見れば、セレーナがただ厄介な男に目をつけられただけに思えます。ですが、聖女と違法麻薬の件が、どうも引っかかるのです」
聖女アンナ・スミスによって、ロゼク国立高等学校に違法麻薬グリーンベルが広まった、あの事件。
アンナは、学校に麻薬を広めろと指示したのはアレン・オーウェンズだと証言した。そして、何者かによって、オーウェンズ病院の薬品庫に麻薬が持ち込まれていた。
もちろん、アレンはアンナにそんな指示などしていないし、麻薬も病院のものではない。誰かがオーウェンズ病院を嵌めようとしたのは明らかだ。
しかし、証言者のアンナが獄中死を遂げたため、真相は闇の中に葬られてしまった。
最初エレノアは、違法麻薬の売買を行っていたジョン・ラッセルが黒幕なのだと思っていた。大方、自分の罪を他人に着せようとしたのだろう、と。
しかし奴は、アンナの死も、オーウェンズ病院のことも、本当に知らない様子だった。
その後も黒幕がわからないまま、ジョン・ラッセルの逮捕によりひとまず危機は去ったかと思われたが、そんな矢先にセレーナの一件だ。
今回の婚約騒動も、もしかしたらオーウェンズ病院を貶める策略の一環なのではないか。そんな考えが頭に過って仕方がない。
「ただの偶然かもしれません。ですが、念には念を入れておきたく。今日伺ったのは、ジョン・ラッセルから聞き出した情報をお教えいただきたかったからです」
エレノアがすべての説明を終えると、ウィリスは渋い顔で腕を組みながら、ううんと唸った。
「なるほど、事情はわかりました。ですが、あいにくエレノア様にとって有益な情報は何も。奴はオーウェンズ病院の存在すら知りませんでした。そして、アンナ・スミスに会ったのは一度きりで、彼女や彼女の家族の死にも関係がないと答えています」
ウィリスの拷問は、口を割らない者はいないと言われるほど苛烈らしい。彼が直接拷問をして聞き出したのなら、ジョンの証言は全て本当なのだろう。
では一体、黒幕は誰なのか。
「アンナの死についてジョンに尋ねたということは、ウィリス様もあれは他殺だとお考えで?」
アンナが逮捕された翌日、彼女は獄中で首を吊り亡くなった。そして、彼女の両親もまた、自宅で首を吊り亡くなっている。
彼女らは口封じのために何者かに殺されたのではないか。エレノアはそう考えていた。
すると、ウィリスが首を縦に振り、エレノアの考えに同意する。
「警察の上層部にちょっとした伝手がありまして、そこから詳しい話を聞いたんですが、アンナ・スミスが亡くなった留置室も、スミス夫妻が亡くなった自宅も、他殺と考えられる証拠が何一つとしてなかったようです」
ウィリスはそこで一度言葉を切ると、わずかに眉を顰めた。
「しかし、スミス家に遺書は残されていませんでした。自殺する前日まで、彼女の両親に特に変わった様子はなかったそうです。それどころか、嬉しそうに娘の話をしていたとか」
一連の情報を聞いたエレノアは、顎をつまみ思案する。
亡くなった現場には他殺の証拠がない一方、スミス夫妻が自殺する理由が見当たらない。そうなると、考えられるのは――。
「誰かがプロの殺し屋を雇った、といったところでしょうか」
エレノアの仮説に、ウィリスは「私もそう思います」と頷いた。
この国の殺し屋は、アーレント元公爵が起こしたフェリクス皇太子暗殺未遂事件によって、かなりの数が捕まった。残っているのは、実力のない雑魚か、馬鹿な案件には手を出さないプロ中のプロ。中間層がごっそり抜けたせいで、二極化が起きているのだ。
今回のスミス家の死が殺し屋によるものだとしたら、黒幕はかなり腕の立つ熟練の者を雇ったのだろう。素人では完全に証拠を消し去ることは難しい。
ウィリスは顎をつまみながら、思案顔で口を開く。
「そこまで綺麗な仕事ができるのは、ほんの一握りでしょうね。死神の使徒、雀蜂、影の軍団、あとは……」
「幽霊」
エレノアがポツリとこぼすと、ウィリスは相当驚いたのか、目を大きく見開いた。
「本当に実在するんですか? てっきり都市伝説的な存在かと……」
この国には、通称幽霊と呼ばれる殺し屋が存在する。しかし、誰もその姿を見たことがないという。その上、幽霊への依頼方法も不明。ウィリスの言う通り、噂上の人物であった。
しかし――。
「私は一度、とある依頼の最中に、幽霊と出くわしたことがあります。確かに幽霊と呼ばれるに相応しい……全く気配のない、存在感のない相手でした。あれには狙われたくないものです」
エレノアが過去を思い出しながら静かに語ると、ウィリスはいつになく険しい顔をしていた。裏の番人であるウェストゲート家が制御しきれない存在がいることに、危機感を覚えたのかもしれない。
「すみません、脱線しましたね」
エレノアはそう言って話を戻した。




