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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨沢雫@3/5「つまらない女」発売
case6.嫉妬と自尊心は身を滅ぼす

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case6ー1.浮かない彼女


「……というわけなの」


 エイデン・ティンダルに関するすべての事情を話し終えたセレーナは、浮かない表情で紅茶をすすっていた。カップの縁を指でしきりになぞり、落ち着かない様子だ。


 ここは、文具屋「銀の(はさみ)」の応接室。セレーナの向かいに座るエレノアは、彼女の依頼を受け、まず何から着手するか思案していた。


 セレーナが突然店に訪れたときは驚いたが、彼女がまさかこんな面倒事に巻き込まれているとは。そういえば、セレーナが患者から頻繁に花をもらって困り果てていると、この前アレンが言っていた。


「事情はわかった。アレンはこの事を知っているのか?」


 エレノアがそう問うと、セレーナはカップを握る手にきゅっと力を込めた。そして、視線を落としたまま首を横に振る。


「兄さんには絶対に言わないで。余計な心配をかけたくないの」


「わかった。ミカエルとマリアには話しても問題ないか?」


「ええ。仕事に必要な相手になら、二人以外でも構わないわ。ただ、口が堅い人でお願い」


 普段は喧嘩腰で突っかかってくるセレーナだが、今日は声に覇気がない。精神的に参っているようだ。好きでもない男に無理やり結婚を迫られたら、誰だって滅入るだろう。


「今回の依頼、料金はタダでいい。いつも世話になっている礼だ」


「そういうわけにはいかないわ。私だってそれなりのお給金をもらってるんだから。ちゃんと払えるわよ」


 セレーナはようやく頭を上げ、渋い顔をこちらに向けてきた。赤茶の大きな瞳がよく見える。


 セレーナの顔立ちは平均よりもかなり整っており、男性から好かれるのもよく分かる。これまでに何人もの男が彼女にアタックし、そして散っていったらしい。理由は無論、セレーナには想い人がいるからだ。


「じゃあ、割引価格にしよう。代わりに、私への態度をもう少し軟化してくれると助かる。何を勘違いしているのか知らないが、私とアレンはただの患者と医者だ。お前の恋敵じゃない」


 エレノアが肩をすくめてそう言うと、セレーナはキッと眉を釣り上げる。


「そう思ってるのはあんたと兄さんだけよ! 全く……あんたが兄さんをどう思ってるのかなんて知りたくもないけれど、こっちはいい迷惑なの! ああ、兄さんがあんたなんかに出会わなければ……!」


 セレーナは鬼の形相で怒鳴ってきたかと思えば、百面相のように表情が変わり、最後には悲壮感漂う表情で頭を抱えてしまった。いつもの調子に戻った彼女に、エレノアは微笑をこぼす。

 

「フッ。普段のお前に戻ったな。相当落ち込んでいる様子だったから心配した」


 エレノアが素直にそう伝えると、セレーナは途端に顔を赤らめ、照れ隠しのように勢い良く言葉を返してくる。


「べ、別に落ち込んでなんかないし! 余計なお世話よ! でもまあ……心配してくれて、その……ありがと」


 最後の方は消え入るような声だったが、セレーナは感謝の言葉を伝えてくれた。恥ずかしいのか、視線を思いっきり逸らしている。顔が見事に真っ赤だ。


 セレーナは、普段はエレノアに対し冷たい態度を取ることがほとんどだが、たまにこうして素直になるところがある。こういうところが、とても可愛らしい。


「それにしても、また随分と面倒な男に好かれたものだな」


 セレーナに言い寄る男――エイデン・ティンダルがやったことはただの脅迫だ。


 いくら爵位が上とはいえ、無理やり婚約を結ばせるなど許される行為ではない。正直なところ、エレノアは内心かなり腹立たしく思っており、どうやってその男を懲らしめてやろうかと思案しているのだ。


「本当に、ね」


 セレーナは苦笑すると、再び表情を曇らせ、軽く俯いた。


「私、別にその人と何度も接点があったわけじゃないの。処置したのも一回くらいで……。だから正直、とても……怖い」


 いつもは凛としている彼女が、かすかに震えている。兄に心配をかけないよう、これまでたった一人で悩んでいたのだろう。一人で抱え込まず、この店を頼ってくれて本当に良かったと思う。


「セレーナ」


 エレノアが優しく呼びかけると、セレーナはその声音に驚いたように顔を上げた。その赤茶の瞳は、丸く見開かれている。


「必ずなんとかする。だから安心しろ」


 セレーナの瞳をしっかりと捉え力強く宣言すると、彼女はきゅっと唇を結んだ。わずかに瞳が揺れている。


「……ありがとう、エレノア」


 泣き笑いを浮かべそう言った彼女は、前金を支払ってひとりオーウェンズ病院へと帰っていった。



* * *



 その日の夕食時。


 エレノアが双子に諸々の事情を話すと、まずマリアがエイデン・ティンダルへの怒りを露わにした。


「はあ!? 何なのよその男!! とんだクソ野郎じゃない!」


 マリアは肉汁たっぷりのステーキ肉にフォークをドンと突き刺しながら叫んだ。すると、ミカエルがナイフで上品に肉を切りながら静かな声で妹を窘める。


「マリア、口とお行儀が悪いよ。確かに、この世に存在する価値もない男だとは思うけれど」


 ミカエルも相変わらず辛辣だ。彼も彼で、心の内に静かな怒りを抱いているらしい。


 エイデンを懲らしめたい気持ちは二人とも同じのようだ。


「二人はエイデンのことを詳しく調べてくれないか? 私は少し気になることがあってな。別の方向から調べてみようと思っている」


「わかりました」


「わかったわ!」


 力強く返事をした二人の金色の瞳には、やる気の炎が燃えていた。


 そして夕食後。


 エレノアはとある人物に電報を送った。裏社会の番人であるウェストゲート家が嫡男、ウィリスだ。電報の内容は、知りたい情報があるから少し時間をくれないか、というもの。


 今回の婚約騒動は、どうも怪しい。エレノアはウィリスから情報を仕入れつつ、慎重に事を進めるつもりだった。


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