case6ー1.浮かない彼女
「……というわけなの」
エイデン・ティンダルに関するすべての事情を話し終えたセレーナは、浮かない表情で紅茶をすすっていた。カップの縁を指でしきりになぞり、落ち着かない様子だ。
ここは、文具屋「銀の鋏」の応接室。セレーナの向かいに座るエレノアは、彼女の依頼を受け、まず何から着手するか思案していた。
セレーナが突然店に訪れたときは驚いたが、彼女がまさかこんな面倒事に巻き込まれているとは。そういえば、セレーナが患者から頻繁に花をもらって困り果てていると、この前アレンが言っていた。
「事情はわかった。アレンはこの事を知っているのか?」
エレノアがそう問うと、セレーナはカップを握る手にきゅっと力を込めた。そして、視線を落としたまま首を横に振る。
「兄さんには絶対に言わないで。余計な心配をかけたくないの」
「わかった。ミカエルとマリアには話しても問題ないか?」
「ええ。仕事に必要な相手になら、二人以外でも構わないわ。ただ、口が堅い人でお願い」
普段は喧嘩腰で突っかかってくるセレーナだが、今日は声に覇気がない。精神的に参っているようだ。好きでもない男に無理やり結婚を迫られたら、誰だって滅入るだろう。
「今回の依頼、料金はタダでいい。いつも世話になっている礼だ」
「そういうわけにはいかないわ。私だってそれなりのお給金をもらってるんだから。ちゃんと払えるわよ」
セレーナはようやく頭を上げ、渋い顔をこちらに向けてきた。赤茶の大きな瞳がよく見える。
セレーナの顔立ちは平均よりもかなり整っており、男性から好かれるのもよく分かる。これまでに何人もの男が彼女にアタックし、そして散っていったらしい。理由は無論、セレーナには想い人がいるからだ。
「じゃあ、割引価格にしよう。代わりに、私への態度をもう少し軟化してくれると助かる。何を勘違いしているのか知らないが、私とアレンはただの患者と医者だ。お前の恋敵じゃない」
エレノアが肩をすくめてそう言うと、セレーナはキッと眉を釣り上げる。
「そう思ってるのはあんたと兄さんだけよ! 全く……あんたが兄さんをどう思ってるのかなんて知りたくもないけれど、こっちはいい迷惑なの! ああ、兄さんがあんたなんかに出会わなければ……!」
セレーナは鬼の形相で怒鳴ってきたかと思えば、百面相のように表情が変わり、最後には悲壮感漂う表情で頭を抱えてしまった。いつもの調子に戻った彼女に、エレノアは微笑をこぼす。
「フッ。普段のお前に戻ったな。相当落ち込んでいる様子だったから心配した」
エレノアが素直にそう伝えると、セレーナは途端に顔を赤らめ、照れ隠しのように勢い良く言葉を返してくる。
「べ、別に落ち込んでなんかないし! 余計なお世話よ! でもまあ……心配してくれて、その……ありがと」
最後の方は消え入るような声だったが、セレーナは感謝の言葉を伝えてくれた。恥ずかしいのか、視線を思いっきり逸らしている。顔が見事に真っ赤だ。
セレーナは、普段はエレノアに対し冷たい態度を取ることがほとんどだが、たまにこうして素直になるところがある。こういうところが、とても可愛らしい。
「それにしても、また随分と面倒な男に好かれたものだな」
セレーナに言い寄る男――エイデン・ティンダルがやったことはただの脅迫だ。
いくら爵位が上とはいえ、無理やり婚約を結ばせるなど許される行為ではない。正直なところ、エレノアは内心かなり腹立たしく思っており、どうやってその男を懲らしめてやろうかと思案しているのだ。
「本当に、ね」
セレーナは苦笑すると、再び表情を曇らせ、軽く俯いた。
「私、別にその人と何度も接点があったわけじゃないの。処置したのも一回くらいで……。だから正直、とても……怖い」
いつもは凛としている彼女が、かすかに震えている。兄に心配をかけないよう、これまでたった一人で悩んでいたのだろう。一人で抱え込まず、この店を頼ってくれて本当に良かったと思う。
「セレーナ」
エレノアが優しく呼びかけると、セレーナはその声音に驚いたように顔を上げた。その赤茶の瞳は、丸く見開かれている。
「必ずなんとかする。だから安心しろ」
セレーナの瞳をしっかりと捉え力強く宣言すると、彼女はきゅっと唇を結んだ。わずかに瞳が揺れている。
「……ありがとう、エレノア」
泣き笑いを浮かべそう言った彼女は、前金を支払ってひとりオーウェンズ病院へと帰っていった。
* * *
その日の夕食時。
エレノアが双子に諸々の事情を話すと、まずマリアがエイデン・ティンダルへの怒りを露わにした。
「はあ!? 何なのよその男!! とんだクソ野郎じゃない!」
マリアは肉汁たっぷりのステーキ肉にフォークをドンと突き刺しながら叫んだ。すると、ミカエルがナイフで上品に肉を切りながら静かな声で妹を窘める。
「マリア、口とお行儀が悪いよ。確かに、この世に存在する価値もない男だとは思うけれど」
ミカエルも相変わらず辛辣だ。彼も彼で、心の内に静かな怒りを抱いているらしい。
エイデンを懲らしめたい気持ちは二人とも同じのようだ。
「二人はエイデンのことを詳しく調べてくれないか? 私は少し気になることがあってな。別の方向から調べてみようと思っている」
「わかりました」
「わかったわ!」
力強く返事をした二人の金色の瞳には、やる気の炎が燃えていた。
そして夕食後。
エレノアはとある人物に電報を送った。裏社会の番人であるウェストゲート家が嫡男、ウィリスだ。電報の内容は、知りたい情報があるから少し時間をくれないか、というもの。
今回の婚約騒動は、どうも怪しい。エレノアはウィリスから情報を仕入れつつ、慎重に事を進めるつもりだった。




