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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case5.利用された男

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case5ー14.大捕物(3)


 目の前の青年は、爽やかな笑みをその整った顔にたたえている。


「やあ。こうして対面するのは初めてだね。会いたかったよ、ジョン・ラッセル」


「ウィリス・ウェストゲート……!」


 ジョンは殺意のこもった視線をウィリスに向け、ギリリと奥歯を噛みしめる。反射的に腰のホルスターから拳銃を抜こうとしたところ、再び銃声が聞こえ、今度は手を撃ち抜かれた。


「ぐあぁっ!」


 撃ったのはウィリスではない。この男以外にも、そこかしこから視線と殺気を感じる。恐らくウェストゲート家お抱えの精鋭部隊だろう。

 

「随分と我々の庭を荒らしてくれたね。本当に」


 痛みに耐えながら再びウィリスを見上げると、既にその顔から笑みは消えていた。代わりに、ゾッと悪寒が走るような冷たい表情を浮かべている。先ほどとはまるで別人のようだ。


「俺を見下ろすな……! この犬畜生が……!」


 貴族は大嫌いだ。たまたま貴族の家に生まれたってだけで、金も、地位も、権力も、全てを持ち合わせている。


(おかしいだろ、そんな世界……! 俺は認めねえ!!)


 ジョンはこれまでの憎しみの全てを、目の前の男にぶつけた。


「てめえらオルガルムが俺らの国を乗っ取ったせいで、居場所を失った奴らがどれだけいると思ってる! その上、お前らウェストゲートが裏社会まで牛耳りやがって……! 貴族の分際で、何様のつもりだ!!」


 その言葉で全てを察したのか、ウィリスの整った眉がピクリと動いた。


「……なるほど。君はベルガー王国の出身か」


 ベルガー王国は、三年ほど前にオルガルム帝国によって滅ぼされた国だ。


 そして今、旧ベルガー王国の民たちは帝国の統治下にある。


 国王の悪政に困窮していた平民や下級貴族たちは、オルガルム帝国に吸収された今のほうが豊かな生活を送れているため、その大部分が現状に満足している。


 しかし、高位貴族や裏社会の人間は違った。

 

 長らく富を独占していた高位貴族は、今までのように贅沢な暮らしができなくなり、帝国に強い反発心を抱いているという。


 ジョンにとって、正直それはどうでもいいことだった。今まで弱者を虐げてきたツケが回ってきただけで、ざまあみろという気分だ。


 問題は裏社会だ。帝国はベルガー王国を滅ぼした後、旧王国の裏社会の統治をウェストゲート家に一任した。


 そのせいで、これまで王国で自由気ままに生きてきた日陰者や爪弾き者たちは、非常に生きづらくなってしまったのだ。


 好き勝手商売することもできない。少し目立ったことをすれば、すぐにウェストゲートによって潰される。


 貧民街のゴミ溜めで育ったジョンは、自分の生まれを呪いながらも、王国の裏社会の中でみるみる頭角を現し、己の実力だけで一大一派を築いた。しかしそんな矢先、オルガルム帝国によってベルガー王国に終焉が訪れた。


 自力でゴミ溜めから這い上がってきたジョンにとって、自分の居場所が赤の他人に、それもよりによって貴族に踏みにじられるというのは、どうにも我慢ならないことだったのだ。


 すると、ウィリスが冷たく見下ろしたまま続けた。


「たとえ愚王の悪政が解消されて豊かな生活が送れるようになったとしても、裏社会がああも荒れていては民の平穏が守れない。だから我々が介入したまでだよ。君が居場所を失ったと感じるなら、それは表の秩序まで乱そうとする君自身のせいだ」


「俺の……俺のせいだと……?」


 ジョンは怒りのあまり、わなわなと震えた。こんなにも怒りの感情に支配されたのは、生まれて初めてかもしれない。


「君があの悪政の中で生き延びなければならなかったことは、少々同情する。しかし既に国は滅び、状況は変わった。君には表の世界でやり直すチャンスもあったはずだ」


 怒りを通り越して笑えてくる。


 こんなボンボンに何がわかる? 社会のゴミだと言われ続けてきた俺たちの、一体何がわかる?


「ハハ……そうか、そうかい……わかったよ。お前とは一生わかりあえねえってことがな」


 そしてジョンは、憎悪と殺意の視線をウィリスに向けた。


「あいつが……あいつが、絶対に俺たちの国を取り戻す……!」


「あいつ?」


「オルガルムから国を取り戻した暁には、絶対にお前たちを追い出してやる! 潰してやる!! 絶対に……絶対にだ!! ハハッ、ハハハァッ!」


 笑い転げるジョンの手を、ウィリスはギュッと踏みつけた。それも、撃たれた方の手だ。


「あいつとは誰だ?」


 ウィリスが鋭い声で聞いてくるが、そんなことで口を割れると思っているのだろうか。踏まれた手はもはや痛みを感じない。


「言うわけねえだろ、馬鹿が!」


 ジョンが嘲笑を浴びせると、ウィリスはやれやれというように溜息をついた。


「まあ、ここで話さなくてもいいよ。私の拷問は口を割りたくなることで有名でね。しっかり喋ってもらうから、そのつもりで」


「ハッ! やれるもんならやってみろ。世間知らずのお坊ちゃんがよ!!」


 そう言ってジョンは、目の前にあるウィリスの足に唾を吐きかけた。見るからに高そうな靴が見事に汚れ、ほんの少し気が晴れる。


 対するウィリスはわずかに顔を顰めたが、すぐさま何かを思い出したように口を開いた。


「ああ、そうだ。これだけは今聞いておこう」


 ウィリスはその場にしゃがみ込むと、ジョンの髪を思いっきり引っ張り、無理やり上を向かせた。そして、低く感情のこもらない声で言う。


「君はあの人に……エレノア様に触れたのか?」


「あ? お前らそういう関係?」


 思わぬ問いに、ジョンは目を丸くした。


 恋人同士なのか、ウィリスが一方的に惚れているのかは知らないが、実に愉快だ。ジョンは無意識に、ニタリと嫌な笑みを浮かべた。


「ああ……そりゃ悪いことしたなあ。あいつの肌は極上だったぜ……ハハハッ!」


「そうか、わかった」


 するとウィリスは無表情のまま、ジョンの髪をさらに引っ張り上げ、上半身を持ち上げる。ブチブチブチッと髪の抜ける音がした。


 ジョンは痛みに顔を歪めたが、視界の端に何か映ったと思った瞬間、左頬に衝撃が走り、体が軽く吹っ飛んだ。じわじわと口の中に血の味が広がって初めて、殴られたのだと理解する。


 そしてウィリスは、もう一度ジョンの髪を掴み上げた。


「君を楽に死なせはしない」


 その声は相手を絶望の底に叩き落とすような暗い響きがあり、その金色の瞳には一切の光が宿っておらず、まるで太陽を失った月のようだった。


(……なんだコイツは。なんだ、コイツの目は。コイツが貴族だと? 絶対にこっち側の人間だろうが……!)


 ジョンはウィリスに対して底知れぬ恐怖を感じ、全身が粟立った。しかしその時、ウィリスに思いっきり頭を地面に叩きつけられ、次第に意識が遠のいていく。


「私でさえあの人に触れることができないのに。本当に、憎らしいね」


 ぼんやりとそんな言葉が聞こえてきたと同時に、葉巻の煙の匂いが鼻腔をくすぐった。


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