case5ー13.大捕物(2)
「え……?」
ヴィオレッタがきょとんとした顔をマリアに向けた時、慌てた様子の手下が一人、ホールの方から戻ってきた。
「ボス! 武器を持った見知らぬ男たちがホールに大勢現れました! 競売会どころじゃありません!!」
マリアはニヤリとほくそ笑む。
姉ならきっと、警察かウェストゲート家の応援を引き連れてくるはずだと踏んでいた。
手下が「見知らぬ男たち」と言っていたので、来たのはウェストゲート家お抱えの精鋭部隊だろう。警察なら制服を着ているからすぐにわかる。
襲撃報告を聞いたジョンは激しく舌打ちをし、控室にいた手下たちに命令を下した。
「お前ら! 武器を持って応戦しろ!!」
「「「はい、ボス!!」」」
手下たちは言われた通り銃や剣を手に持ち、ホールに向かって行った。控室に残っているのは、ジョンと幹部が十数名、そして囚われの少女たちだ。
(あれ……? どうして幹部ばかりこの場に残っているのかしら……? 偶然?)
マリアはこの一日で、彼らの会話などから誰が幹部なのかを把握していた。彼らはどうやらジョンと同郷の者らしく、付き合いも古いようだ。
するとジョンと幹部たちは視線で合図を交わし、武器を片手にホールと反対側の扉へと向かっていった。そちらの方向には、地上に繋がる出口しかないはずだ。
(まさかあいつら、仲間を見捨てて逃げる気……!?)
マリアがハッとして立ち上がった時、ジョンたちが向かっていたホール反対側の扉が勢いよく開いた。部屋に入ってきたその人物を見て、ジョンは驚愕の声を上げる。
「お前……!」
そこにいたのは、薄く笑みを浮かべたエレノアと、怒り狂い今にも噛みつきそうな勢いのミカエルだ。
「よう、ジョン。来てやったぞ。うちの子が世話になったな」
「僕の姉さまと妹に手を出しておいて、ただで済むと思うなよ……!」
「お姉さま! お兄さま!」
待ち望んだ人たちの登場に、マリアはパッと表情を輝かせた。対するジョンたちは、苦々しい表情を浮かべエレノアたちを鋭く睨みつけている。
「エレノア……てめえ……!」
「マリアを連れて行ったのが運の尽きだ。諦めろ」
ジョンと幹部たちの注意は完全にエレノアとミカエルに向けられていて、マリアへの警戒はゼロに等しい。マリアはその隙に手首の縄をスルリと解き、幹部たちの背後へと忍び寄る。
するとちょうどその時、エレノアからの戦闘許可が下りた。
「待たせたな、マリア。好きに暴れろ!」
エレノアが「好きに暴れろ」と言うことはあまりない。思う存分暴れられることに、マリアはニンマリと笑った。
「さあ、ダンスの時間よ! お兄さま、一緒に踊りましょう!!」
そう言いながら、マリアは目の前の男の股間を後ろから思いっきり蹴り上げた。
「〜〜〜っ!!!」
男は声にならない声を上げて悶絶している。その男の手からサッと銃を奪うと、手近な幹部たちの膝をいくつか撃ち抜いた。ざっと五人は倒せたようだ。
前方ではミカエルが幹部たちと交戦しており、既に三、四人は倒れている。幹部たちは揃ってミカエルを狙っているが、素早く動く彼に弾を当てられる者はいないようだ。
エレノアはというと、何人かの幹部を仕留めた後、いつの間にか囚われた少女たちの縄を解いていた。
(お姉さまがついていれば、人質に取られる心配もないわね。ホールの方はウェストゲートの精鋭部隊に任せておけばいいし)
これで思う存分戦える。残りはほんの数人だ。すぐにジョンをボコボコにしてやる。
そう思った矢先、ジョンが大声で叫んだ。
「全員戻ってこい!! こいつらを蹴散らせ!!」
その声がホールにいた一部の手下たちに届いたようで、彼らが揃って控室に戻って来る。背後から続々と手下がやってくるので、マリアはそちらの対応に回らざるを得なくなった。
(もう! あと少しでジョンをボコボコにできたのに!!)
目の前の敵を倒しながらチラリと後ろを見ると、幹部たちがジョンを逃がそうとしているのが目に入った。
「ボス! 行ってください!」
「ボスがいれば、何度だってやり直せます!!」
(まずい、逃げられるわけには……!)
パッとミカエルの方を見ると、幹部たちの相手に追われているのか、完全にジョンをスルーしている。そうこうしているうちに、ジョンは出口に繋がる扉から本当に逃げていってしまった。
「お姉さま! ジョンが逃げたわ!」
マリアが慌てて叫ぶと、エレノアは片手間に手下を倒しながらフッと笑ってみせた。
「問題ない。どうせ逃げられやしないさ。裏の番人からはな」
* * *
ジョンは地上の出口に向かって階段を駆け上がっていた。後ろからは、何発もの銃声が聞こえてきている。
(なんでだ……なんで場所がわかった……? 買い手の貴族が漏らしやがったのか……?)
人身売買が中止になったのは別に構わない。また仕切り直せばいい。
しかし、幹部連中を残してきた事が唯一の心残りだった。同郷で苦楽を共にしてきたあいつらをこのまま見捨てることは出来ない。一度態勢を立て直し、他の幹部や手下を集めてから、助けに戻るつもりだった。
裏を返せば、この国で集めた手下たちはどうでも良かった。言うなれば使い捨てだ。この国の人間など守ってやる義理はない。自分たちの国を蹂躙した、この国の人間など。
(クソッ、捕まっても絶対助けてやるからな……!)
幹部たちへの思いを胸に抱き、ジョンは一気に階段を上りきった。この廊下の先にある出口を抜けたら裏通りだ。入り組んだ路地裏を縫っていけば逃げ切れるだろう。
そしてジョンはそのまま廊下を走り抜け、出口の扉を開け外に出た。
しかし、その時。
パァンという破裂音とともに膝に激痛が走り、ジョンはその場に倒れ込んだ。
「ぐ……」
あまりの痛みにうめき声を上げることしかできない。歯を食いしばり、うつ伏せのまま腕だけで上半身を持ち上げて自分の足を振り返ると、膝から鮮血がダラダラと流れ出ていた。
膝を弾丸で撃ち抜かれたのだ。
焦りで状況を見誤った自分に歯噛みしていると、正面から靴音が近づいてくるのに気づき、ジョンはハッと前方を見上げた。
そこには、殺したくてたまらない貴族の顔があった。




