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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case5.利用された男

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case5ー12.大捕物(1)


 翌日の夜。


 マリアは国立劇場の地下で、ヴィオレッタと小声で談笑していた。二人は捕まってからというもの、すっかり意気投合し、今や友人同士になったのだ。


 ここは、地下ホールに繋がる控室である。 


 控室といってもかなり広く、囚われの少女の他には、ジョンの手下たちが何人もいた。もうすぐ競売会が始まるらしく、見張り役以外は慌ただしく動き回っている。


 マリアたちを合わせて、少女は全員で十名だ。本当なら、マリアが埠頭で逃がした五人がいるはずだったのだろう。


 マリアは「エレノアをおびき寄せる餌」なので今日売られる予定はないのだが、他の場所に監禁する余裕もなかったのか、少女たちとともにここにいる。


「でもまさか、マリアがあの噂のお店の関係者だっただなんて。年頃の令嬢なら、銀の(はさみ)の噂は一度は耳にしたことがあるんじゃないかしら」


「すごいのはお姉さまで、わたくしとお兄さまは、ただの助手みたいなものなんだけれどね」


 もうすぐ売られるというのにどうしてこんなに楽しそうに話をしているのかと、他の少女たちは怪訝そうな顔で二人を見つめている。


 この場に連れてこられてすぐの頃は、ヴィオレッタが怯える少女たちを励まそうと頻繁に声をかけて回っていた。しかし、少女たちは聞く耳を持たず、その上、手下たちに大人しくしていろと銃で脅されたため、仕方なく諦めたのだ。


 それ以降、二人は隙あらば小声でお喋りを続けている。


「マリアも十分すごいわよ。あんな身のこなしができるんだもの。あなた、今いくつなの? 私と近そうだけど」


「十一歳くらいよ」


 曖昧な回答に、ヴィオレッタは首を傾げた。


「……くらい?」


「わたくし、元々孤児だから、正確な年齢はわからないの」


 マリアが苦笑すると、ヴィオレッタの表情がみるみるうちに凍りつく。


「……ごめんなさい、配慮が足りなかったわ。立ち居振る舞いが洗練されているから、てっきり貴族の生まれかと……」


 そう言うヴィオレッタはかなり気まずそうだ。マリアは同情など不要だと言わんばかりに笑い飛ばす。


「いいえ、気にしないで。立ち居振る舞いが綺麗に見えたのなら、それはお姉さまのおかげね。一般常識も、マナーも、武器の使い方も、全てお姉さまが教えてくれたの。わたくしのお姉さまは本当にすごいのよ!」


 マリアはそう言って、えっへんと得意げに胸を張る。


 マリアとミカエルは、物心がつく前に両親に捨てられ、それから二人三脚で必死に生きてきた。姉に出会わなければ、二人ともとっくに死んでいただろう。四年前のあの日、姉に出会えたのは本当に奇跡でしかない。


 これまでの日々を思い出しながら、マリアは遠い目をして言う。


「それにね、今がすっごく幸せだから、過去のことは気にしてないの。本当の両親はいないけれど、大好きなお兄さまとお姉さまがいてくれるから」


「そう。いい人に巡り会えたのね」


 そう言うヴィオレッタは、優しく微笑んでいた。


 姉に拾われてからは各国を転々としていたので、マリアには友達ができなかった。ここ一年ほどはこの国に居着いているが、親しくなったのは年上のおじ様やおば様ばかりだ。


 そのためマリアは、同年代の友達ができて、無性に嬉しい気分だった。


「ねえ、ヴィオ。今度一緒にお買い物に行かない?」


 ヴィオレッタの顔を覗き込みながら唐突にそう提案すると、彼女は少し驚いたように目を丸くした。


「え……? いいけれど……」


「決まりね! ドレスを見に行きましょう! 約束!」


 友達と街へお買い物。生まれて初めての素敵な約束に、今から胸がときめいて仕方がない。


 しかし、満面の笑みのマリアに反して、ヴィオレッタの表情は曇っていた。


「……本当に、ここから出られるかしら」


 ポツリとこぼしたヴィオレッタは、ハッとしたように目を見開いた。思わず口から出てしまった、という様子だ。


 彼女は慌てて弁明してくる。

 

「マリアを疑っているわけじゃないの。きっと助けが来るって信じてる。ただ、その……今さらになって、少し怖くなってきてしまって」


 伏し目がちな彼女は、かすかに震えていた。強い子だなと思っていたが、やはり年頃の少女だ。今までは気丈に振る舞っていただけなのだろう。


「大丈夫よ。もうすぐお姉さまが来てくれるから」


 マリアはそう言うと、ヴィオレッタのオレンジ色の瞳を見据え、力強く宣言する。


「それに、万が一助けが来なくても、絶対にわたくしが守るから安心して」


「マリア……」

 

 マリアはもし助けが来なかった場合、自分一人でこの場をどうにかするつもりだった。


 上では(じき)に新作オペラの公演が始まる。少しでも騒ぎを起こせば勝ちだ。


 ジョンの一味を全員捕まえることは難しくとも、少女たちを守り切ることはできると踏んでいた。


 するとその時、ジョンが控室に入ってきた。


「おいお前ら、始めるぞ」


「「はい、ボス!」」


(さあ、いよいよね。お姉さまならきっと、買い手が揃うタイミング――競売会の開始とともに現れるはず)


 姉には全幅の信頼を置いている。もちろん万が一のことは考えているが、正直なところ彼女が来ないはずがないと思っていた。


 程なくして、地下ホールの方向から司会の声が聞こえてくる。


「さあさあ、皆様方! 本日もとっておきの商品をご用意しております! ぜひとも最後までお楽しみください!!」


 続けて聞こえてくるのは、歓声と拍手。思ったより多くの買い手が集まっているようだ。少女を買って、一体どうしようというのか。


(……気持ち悪いわ。反吐が出る)


 心の中で悪態をついていると、ジョンの手下二人が、一人の少女の両脇を抱えて彼女を引きずっていく。


「嫌! 離して!! やめて!!」


 少女は泣き叫びながら抵抗するが、男二人に敵うはずもなく、あれよあれよとホールの方へ連れて行かれてしまった。


 ヴィオレッタはその光景を見ていられなくなったのか、目を逸らして唇をぎゅっと噛み締めている。


 連れて行かれた少女がホールの壇上に上がったのか、再び大きな歓声と拍手が聞こえてきた。しかしその音の中に、男の足音が混じっている。それも一人ではない。大勢だ。


「ヴィオ、大丈夫。来たみたい」


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