case5ー2.招かれざる客(2)
「お前、元は他国の人間なんだろう? それなのに、どうしてこの国の裏社会のことを気にするんだ?」
エレノアがそう問うと、ジョンはあっさりと答えた。
「別にこの国の奴らには興味ねえんだが……俺の元いた国は、何年か前に帝国に滅ぼされちまってな。まあ、その腹いせみたいなもんだ」
オルガルム帝国は戦争で領土を広げてきた国だ。帝国が滅ぼしてきた国は、小国も含めると両手でも収まりきらない。ジョンの故国は、帝国に飲み込まれた哀れな国のひとつというわけだ。
「お前はどこの国の出身なんだ?」
エレノアが何気なくそう問うと、ジョンは心底不思議そうな顔をした。
「もう国が滅んでるってのに、それ聞いて何になるんだ?」
「……それもそうだな」
エレノアはジョンの故国について、それ以上深くは聞かなかった。
黙るエレノアを見て質問が尽きたと思ったのか、今度はジョンが問いかけてくる。
「エレノア、そろそろお前の答えを聞いてもいいか? 俺とともに来るか、抵抗するか。さあ、どうする?」
試すように問うてくるジョンに、エレノアは間髪入れず答えた。
「それはもちろん後者だ」
「そうか。そりゃ残念」
ジョンがニヤリと口角を上げたと同時に、三人の手下たちがエレノアに向かって一斉に銃口を向けた。すぐに撃つような真似はしてこなかったが、いつでも射撃できるよう、指はしっかりと引き金に添えられている。
エレノアはやれやれと小さく溜息をついてから、ジョンたちを制止した。
「待て。ここは見ての通り文具屋でな。商品をダメにされては困る。やるなら外に出ろ」
「そんな心配はしなくていい。お前はこれから俺の女になるんだ。そうなりゃ、この店はもう不要だろ?」
「笑えない冗談だな」
本当はこの店を戦場にはしたくなかったが、こうなってしまっては仕方がない。エレノアは、これから破損するであろう商品を全てジョンに弁償させることに決めた。もちろん店内の修繕費もだ。
相手は四人。位置は店の入口付近。
ジョンの周りにいる手下の男三人は、揃ってその手に拳銃を持ち、エレノアに銃口を向けている。ジョンの両手には何も握られておらず、悠然と構えているが、武器を隠し持っていると考えていいだろう。
対するエレノアはカウンターの中にいた。屈むだけで銃の斜線が通らなくなるのは非常に好都合だ。
(体を動かすのは久しぶりだな)
エレノアは一度深く息を吸い、フッと短く息を吐いた。それと同時に、大きく横に飛び退く。
そして、空中で不安定な体勢のまま、両袖の中に隠し持っていた二本のナイフをサッと投げた。
手下の男たちは慌てて引き金を引いたが、もはやその斜線上には誰もいない。三つの銃声が聞こえてすぐ、男の鈍い叫び声が二つ上がった。
「ぐああっ!」
「いってえ!!」
二本のナイフは見事に手下二人の手に当たり、彼らが膝をつく音と、持っていた拳銃が床に転がる音がする。
一度カウンターに隠れたエレノアは、ホルスターから拳銃を取り出すと、間髪入れずにカウンター裏に置いてあったメモ用紙の束を投げ上げた。
バサッと宙に舞う紙に驚いたのだろう。残りの手下一名が、パンパンと連続で発砲してきた。
しかし発砲音から、攻撃してきているのは一人だけだということがわかる。どうやらジョンは静観しているようだ。
(随分と余裕だな)
エレノアは、発砲音が鳴り止み相手が弾切れになったところで再度動き出す。カウンターを一気に乗り越えながら拳銃を持った手下の手を正確に撃ち抜いたあと、銃口をジョンの頭部に向けた。
しかし、銃口を向けられた当の本人は、やけに上機嫌だ。
「ハハッ! やるねえ! 動けるとは聞いてたが、まさかこれほどまでとはな!」
手下たちは各々痛みに耐えながら傷を押さえ、その場に膝をついている。ボスに銃口が向けられている以上、彼らも下手な真似はできないだろう。
エレノアはよく通る声で四人に命令した。
「全員、両手を上げて頭の後ろに。ゆっくりとその場でうつ伏せになれ」
手下三人は大人しく指示に従ったものの、ジョンは一向に動こうとしない。腕も下ろしたままだ。
「この場で死にたいか? 別に私はお前をここで殺しても構わないが」
エレノアが鋭く睨みつけると、ジョンはなぜかフッと笑った。
「想像以上にイイ女だ。余計に欲しくなった」
空気は依然として張り詰めているのに、随分と似つかわしくない言動だ。
ジョンのふざけた受け答えに、エレノアは苛立ちを募らせた。この余裕はなんだ?
「この状況でまだ冗談を言えるとはな。恐怖で足が動かないなら、私が手伝ってやろう」
エレノアがジョンの足を撃ち抜こうとしたその時、彼は口角を思いっきり上げてニヤリとほくそ笑んだ。
「いや、その必要はねえ」
結果、エレノアは引き金を引くことができなかった。不意に窓の外に人影が見えたかと思うと、その人物がそのまま店の扉を勢いよく開けて入ってきたからだ。
ドアベルのカランという音とともに、張り詰めた空気をぶち壊すような脳天気な声が店内に響く。
「こんにちは、エレノアさん! 聞いて下さい! とっておきの情報を仕入れてきたんです! ……って、あれ?」
入ってきたのは、茶色い癖っ毛と子犬のような丸い瞳が目印の、頼りなさそうな若い男。
「ポンコツ情報屋」のポールだ。
エレノアの注意が逸れた一瞬の隙を見逃さず、ジョンはポールの首に腕を回し、いつの間にか取り出した拳銃を頭に突きつけた。
「ひいっ! エ、エレノアさん! この人、何なんですか!?」
「エレノア、大人しく銃を捨てろ。こいつが死んでもいいのか?」
ジョンは嫌な笑みを浮かべたまま、試すような視線を向けてくる。
これはとんだ邪魔が入ったものだ。エレノアは盛大に溜息をついた。
「はぁ……別に構わん」
「そ、そんなぁ! ひどすぎますよ、エレノアさん!!」
「うるせえ。人質は黙ってろ」
「ひぃっ!」
ポールの側頭部にゴリッと銃口を突きつけたジョンは、再びエレノアに問いただした。
「どうする、エレノア? 俺は本気でこいつの脳みそをぶちまけてもいいと思ってるぜ?」
(……本当に面倒なことになった)
ジョンの言葉に嘘はない。この男は、エレノアが指示に従わなければ本当にポールを殺すつもりだ。
店の中の状態を確認せず飛び込んできた阿呆を助けてやる義理はないが、店の中の掃除が大変になるのもそれはそれで嫌だった。




