case4ー9.賢い女(1)
数日後、エレノアは再び刑事に扮し、バークレーと共にロゼク国立高等学校を訪れていた。
場所は温室。
エレノアはテーブルに座り、バークレーはその斜め後ろあたりに腕を組んで立っている。
「何でしょうか。話って」
エレノアの向かいに座る少女、アンナ・スミスは、そう言いながら以前のようにお茶を差し出してきた。
カップを手に持ち香りを嗅ぐと、前回とは異なる爽やかな香りがする。一口含むと、それがすぐに普通のダージリンティーであることがわかった。
「今日は普通のお茶なんですね」
「どういう意味ですか?」
アンナは穏やかな表情で首を傾げた。聖女の微笑みと優しげな雰囲気は崩れていない。
そんな彼女に、エレノアはフッと笑って答える。
「以前、メアリーという女生徒があなたの元に相談に来たでしょう。彼女、実は警察の人間でして」
「…………」
彼女は表情を変えなかったが、何か声を上げることもしなかった。
「あなたが麻薬入りの茶を生徒たちに振る舞っていたことはわかっています」
エレノアが続けてそう言うと、アンナは驚いた表情を見せた後、必死な顔で弁明してきた。
「麻薬入りって……そんなことあるはずが……! 私はただ、いただいたお茶が美味しかったから、皆さんに振る舞っていただけです。信じてください、刑事さん!」
アンナはさり気なくエレノアの手を握っている。今の言葉も、表情も、恐らくすべて計算し尽くされた演技だろう。
エレノアはスッと手を引きアンナの手から逃れると、一度微笑んでみせた。
「まあ、その話は後ほど。まずはトム・ロイド伯爵令息のことについて、お話ししましょう」
「トム様のことは、既に警察の方にお話しいたしましたが……」
「あれから色々と捜査に進展がありまして。いくつかご質問させてください」
アンナは「わかりました」と言うと、再び穏やかな表情に戻った。
さあ、ここからが本番だ。ここから、アンナを追い詰めなければならない。
「学校に潜入していたメアリーから報告がありました。アンナさん、あなたはトム卿の遺体発見現場で仰ったそうですね。『どうして自殺なんか』と。遺体を見ていないのに、なぜ自殺だとわかったんですか?」
アンナのその発言が、彼女を疑った最初のきっかけだった。
エリザベスによると、アンナはいつも始業ギリギリの時間に学校に来るらしい。しかしアンナはあの日、始業より三十分以上も早く学校に着いていた。
それだけなら、偶然その日は早く学校に来たのだろうということで、それほど疑いは持たなかったかもしれない。
しかし彼女は、周囲に大勢の生徒や警察がいるあの状況で、トムは自殺だと言い切った。
エレノアには、その行動がまるで、その場にいる全員に自殺だと思い込ませようとしているようにしか見えなかったのだ。
エレノアの問いに、アンナは少し困った顔で答える。
「前にもお話ししましたが、トム様が遺体で発見される前日に、私は彼の告白を断りました。だからそのショックで自殺してしまったのだと、自然とそう考えたのです。現場の様子や周囲の人たちの話から、池で溺れて亡くなられたようだとわかり……入水自殺されたのかと」
「なるほど」
彼女の話は筋が通っていて、そこに付け入る隙はない。しかし、この回答は想定内だった。
「あなたが入水自殺だと仰ったトム卿の死因ですが、実は溺死ではありませんでした。つい先日、ご遺体を調べ直しまして」
「調べ直すって、彼はもう埋葬されて……」
アンナはそこまで話してから、何かに気づいたようにハッと目を見開いた。
「まさか……墓を掘り起こしたんですか!?」
「ええ」
エレノアが肯定すると、アンナは信じられないというように眉を顰め非難してきた。
「なんてことを……! 警察はそんな酷いことをなさるんですか!?」
「酷い? 真実が明らかにされず無念のまま土の下で眠るより、余程良いと思いますが。ロイド伯爵も進んで協力してくださいましたよ」
ロイド伯爵家へ調査に訪れた日、エレノアは最後にトムの遺体を調べ直す許可を取った。それから墓を掘り起こし、彼の遺体を解剖に回したのだ。
「彼の死因は、違法麻薬グリーンベルの過剰摂取による中毒死でした。あなたが生徒たちに飲ませていた麻薬と同じです」
「まさか……私を疑っているんですか?」
アンナは顔を強張らせながらも不快感を露わにした。エレノアを軽く睨みつけながら、彼女は反論する。
「先程も言いましたが、麻薬なんて何のことかさっぱりで……トム様がご自分で入手されて、過剰摂取して自殺した、という可能性はないのですか?」
「確かにトム卿は、ここで出される茶だけでは飽き足らず、追加で麻薬を購入していたようです」
エレノアが調査した信者の一人は、売人から違法麻薬を直接購入していた。
トムもその信者と同様、自身でグリーンベルを購入していたのだろう。ロイド伯爵が捨てた白い粉がそれだ。
そして、アンナは恐らく、トムが売人からグリーンベルを買っていたことを知っていた。違法麻薬を所持し生徒にばらまく彼女が、売人と繋がっていないとは考えにくい。
「だったら、どうして私が疑われなければならないのですか? 結論はもう出ているようなものではありませんか」
納得いかない、というようにアンナが眉根を寄せる。そんな彼女に、エレノアは静かに告げた。
「今回の事件は、自殺ではなく、他殺なんですよ。確実にね」
「え……? でも、遺書が残されていたんですよね? 新聞に書いてありました」
「ええ。その遺書こそが、今回の事件が他殺であるという動かぬ証拠になりました」
エレノアはそう言って、現場に残されていた遺書をテーブルの上に乗せた。




