case4ー8.証拠集め(2)
エレノアたちがロイド伯爵家に着いたのは、夜の二十時を過ぎた頃だった。
警察の突然の訪問にロイド伯爵夫妻は大層驚いていたが、捜査の一環とあっては彼らも断れなかったようで、渋々ながら中に入れてくれた。
挨拶もそこそこに、エレノアは早速トムの自室に案内してもらった。
部屋の中はやや荒れ気味で、お世辞にも綺麗とは言えない状態だ。まだ息子を失ったばかりで遺品を整理する気にならず、亡くなった当時から手つかずにしてあるらしい。
夫妻が一旦部屋を去ってから、エレノアは部屋の中を物色し始めた。
ゴミ箱を漁ると、書き損じた恋文が大量に見つかった。すべてアンナに宛てたもののようだ。
「エレノア、一体何を確かめに来たんだ? この部屋なら既に捜査済みだ。特に気になるようなものは出てこなかったぞ?」
バークレーは訝しげな表情を浮かべながら、扉の前で腕を組んで立っていた。
そんな彼に構わず、エレノアは部屋を調べ続ける。寝台の下、戸棚の中、カーテン、そして、書斎机の中。
書斎机の引き出しを漁ると、便箋の束と万年筆が出てきた。
ゴミ箱に捨ててあった恋文は、この便箋で書かれたもののようだ。そして遺書に使われていた紙も、恐らくは同じ便箋だろう。罫線の色や幅が一致している。
エレノアは便箋の束を手に取ると、一番上の紙を注意深く、角度を変えながら観察した。筆圧が強かったのか、最後に書かれた文章がはっきりと見える。
その文章を読んで、エレノアはニヤリと笑った。
「バークレー、確定だ。彼は自殺なんかじゃない。これは間違いなく殺人事件だ」
「何か見つけたのか!?」
驚いて机の近くに寄ってきたバークレーに、エレノアは便箋の束を手渡した。
「お前たち警察は甘いな。こんな肝心な物を見落とすとは」
バークレーはエレノアの真似をしながら注意深く便箋を観察する。
「遺書に使われた便箋だろ? これがどうしたって――」
そこでバークレーがハッと目を見開く。ようやく彼も気づいたようだ。
バークレーは便箋を見つめながら呆然とした様子でつぶやく。
「つまり、犯人は……」
「ああ。お前の想像通りだ。だが、この部屋にあるべきものが一つ見つからなかった。それだけ夫妻に確認してから帰る」
エレノアはそう言うと、トムの自室を出て夫妻が待っている応接室へ向かった。
バークレーと共に部屋に入ると、夫妻は不安げな顔で警察二人に視線を向けた。エレノアは今、バークレーの部下として若い男の刑事に変装しているのだ。
相手の警戒を解くよう、人好きのする笑顔を浮かべながら夫妻に声をかける。
「夜分にすみませんでした。もう引き上げますが、その前にひとつだけ質問をさせてください」
「な、なんでしょうか」
夫妻の表情には緊張が走り、一体何を聞かれるのかと身構えていた。エレノアは笑顔を保ったまま、しっかりと二人を見据える。
「ご子息が亡くなってから警察が最初に捜査に来るまでの間、ご子息の部屋の中の物を何か捨てませんでしたか?」
「……いいえ」
「そうですか。おかしいですね……てっきり、白い粉が見つかるかと思っていたのですが」
その言葉に、夫妻の顔から一気に血の気が引いていった。その反応が、何よりの答えだ。
一方のバークレーは、何がなんだかわからないというような表情をしている。エレノアは彼への説明は後回しにして、夫妻に落ち着いた声で話しかけた。
「ご子息は自殺ではなく、誰かに殺された可能性が高いと考えております。ご子息の無念を晴らすためにも、正直に話していただけませんか」
「そ、そんな!!」
「自殺ではなかったのですか!?」
夫妻は揃って悲鳴に近い声を上げた。
夫人に至っては、顔が真っ青な上、全身もわなわなと震えており、今にも倒れてしまいそうだ。息子の死だけでもショックが大きいのに、それが他殺とあらば無理もない。
ロイド伯爵は夫人を支えながら、意を決したように話し出した。
「確かに、捨てました。白い粉の入った袋を。息子は……違法麻薬に手を出していました」
「なっ……!」
驚いたのはバークレーだ。
警察は学校に麻薬が広がりつつあることを知らない。まさかトムが麻薬を乱用していたとは思いもしなかっただろう。
エレノアはバークレーを視線で制してから、ロイド伯爵に事実確認を行う。
「あなた方は、ご子息が麻薬に手を出していたことを隠したかった。バレたら家名に傷がつきますから。だから解剖を断り、早々に葬儀を終わらせた。そして、ご子息の部屋に隠されていた麻薬を捨て去った。違いますか?」
「……刑事さんが仰った通りです。大変、申し訳ありませんでした」
ロイド伯爵は素直に自分たちの隠蔽を認め、深く頭を下げた。
「一ヶ月ほど前から息子の様子がおかしくなり始め、麻薬に手を出していることに気が付きました。何度も止めたのですが、もはや手のつけようがなく……でもまさか、こんなことになるとは……」
最後の方は声が震えていた。ロイド伯爵は悲痛な表情を浮かべ、俯きながら額を手で抑えている。
「正直に話していただきありがとうございます」
エレノアが礼を言うと、夫人が青い顔のまま声を上げた。
「息子は……息子は一体誰に殺されたのでしょうか!?」
苦痛に歪んだ夫人を落ち着かせるように、エレノアは静かに、ゆっくりとした声で続けた。
「誰に、というのは、犯人が確定してからお話しいたします。今お伝えしておきたいのは、ご子息の本当の死因は恐らく溺死ではない、ということです」
解剖をすれば、間違いなくトムの遺体から薬物が検出されるだろう。夫妻はそれを恐れ、解剖を断った。
しかし、それがかえって本来の死因から遠ざかる原因になってしまったのだ。
「正確な死因を確かめるために、ご遺体をもう一度調べたいのです。ご協力いただけませんか?」
「調べるって……息子の遺体はもう埋葬が終わっていて……」
困惑するロイド伯爵だったが、何かに気づいたようにハッと目を見開いた。
「刑事さん、まさか……!」
「はい。その、まさかです」
察しの良い伯爵に、エレノアは力強い視線を向け頷いた。




