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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case4.聖女様

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case4ー5.裏社会の不穏な動き


 翌日。


 店の応接室には予定通り、ウェストゲート公爵家長男、ウィリス・ウェストゲートの姿があった。


 父親と同じブロンドの髪と金色の瞳を持つ彼は、非常に紳士的で爽やかな好青年だ。


 ウィリスは姿勢良く一礼しながら、挨拶の口上を述べる。


「ご無沙汰しております、エレノア様。この度はお忙しいところ貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございます」


 あまりにも丁寧すぎる挨拶に、エレノアは苦笑する。


「ウィリス様。敬語はよしてください」


「いえ、エレノア様の本来のお立場を考えれば、私のような者がこうして話をするのも恐れ多いというものです」


「今はただのしがない商人ですよ。さあ、立ち話もなんです。どうぞおかけください」


 二人がソファに座ったところで、エレノアはウィリスに本題に入るよう促した。


「それで、話というのは?」


 エレノアが問うと、ウィリスは胸ポケットから一枚の写真取り出し、テーブルの上に置いた。そして、スッとエレノアの前に差し出してくる。


 その写真には、二十代半ばくらいの青年が写っていた。


 ゆるく癖のある少し長めの黒髪に、細い切れ長の目が特徴的だ。

 シャツとスラックスを着崩しており、まくった袖からは入れ墨が彫られた腕が覗いている。


「ここ最近、ジョン・ラッセルという男が裏社会に現れました。エレノア様に接触してくる可能性もあるので、あらかじめご忠告をと思いまして」


「この国の裏社会はウェストゲートが支配しているというのに、新参者とは珍しいですね」


 思いがけない話に、エレノアは片眉を跳ね上げた。


 裏社会はウェストゲート公爵家が牛耳っている。それ故に、他の一派が裏の秩序を乱すような事はまず起きない。そんなことをすれば、確実にウェストゲートに潰されるからだ。


 もちろんウェストゲート一強の現状に反発する敵対組織や商売敵も少なからず存在するが、表立って事を起こす馬鹿はいない。


 裏の人間は皆、ウェストゲートに許される範疇で仕事をしているのだ。


「元は他国の人間のようです。我々を良く思っていない半端者たちをまとめて、現在急速に勢力を拡大しています。主な事業は違法麻薬の密売。そして、人身売買をしているという噂も」


「それはまた……随分と愚かな男ですね」


 違法麻薬の密売も人身売買も、どちらもこの国では重罪だ。それを堂々とやるとは、そのジョン・ラッセルという人物は、この国の法を知らぬ者か、そうでなければただの阿呆だ。


「私が指揮を執りジョン・ラッセルを追っているのですが、奴はどうやら複数のアジトを日々転々としていて、毎日潜伏場所を変えているようです。今はアジトを一つひとつ潰しながら、奴を追い詰めようとしているところです」


「ウィリス様が直々に動かれているとは、既に問題が?」


 ウィリスはウェストゲート公爵の右腕だ。そんな彼が直接動いているということは、芳しくない事態に陥っていると考えていいだろう。


 ウィリスは眉根を寄せ、深刻そうに頷いた。


「はい。違法麻薬が貴族を中心にジワジワと広がり始めておりまして。種類は様々ですが、最も厄介なのがグリーンベルと呼ばれる麻薬です」


「グリーンベル? 初めて聞きますね」


「ええ。新種の麻薬です。問題はその効果で、服用した直後に接触した人物に異常な魅力を感じる、というものです。形状は様々で、錠剤やシート型、あとはお茶に混ぜて飲むタイプもあるとか」


 身に覚えのある症状に、エレノアは眉を顰めた。


 昨日の夕方、まさに自分が食らった症状だ。飲まされたのは麻薬の類だろうとは思っていたが、まさか目下問題になっているものだったとは。


 グリーンベルには「魅了」や「罠」といった花言葉がある。言いえて妙なネーミングだ。


「グリーンベルを悪用して貴族に取り入り、法外な値段で物を売りつける輩や、国家機密を聞き出そうとする諜報員も出てきている状況です。早急に対処しなければ、この国の秩序に関わります。非常に頭の痛い問題です」


 ウィリスはそう言うと、頭を軽く押さえて溜息をついた。思ったより事態は深刻のようだ。


 場当たり的に事態を収拾しても、ジョン・ラッセルという人物を捕らえない限り、また同じことが繰り返されるだろう。


「私もちょうど、ウィリス様にお話ししたいことがあったのです」


 エレノアがそう切り出すと、ウィリスは意外そうに目を丸くした。


「話? 何でしょうか?」


「今年に入ってから、ロゼク国立高等学校に平民の少女が入学しました。名前はアンナ・スミス。とある依頼の関係で、昨日その少女に会ってきたのですが……」


 エレノアはそこで一度言葉を切り、ウィリスをしっかりと見据えた。


「彼女は他の生徒に、そのグリーンベルという麻薬を茶として飲ませている可能性があります」


「っ!? それは本当ですか!?」


 驚き目を見開くウィリスに、エレノアは頷く。


「アンナは一部の生徒たちから聖女と崇められていて、彼女の信者たちは見事に目がキマっていました。かくいう私も、一杯飲まされてしまいまして」


「飲んだのですか!? グリーンベルを!?」


 またもや驚くウィリス。その顔には、心配と不安が入り混じっていた。


 過度に心配する彼に、エレノアは苦笑する。


「ええ。ですが服用したのが初めてでしたし少量だったので、禁断症状も軽くて済みました」


 その言葉に、ウィリスの表情が安堵で緩む。そしてエレノアは、真剣な表情に戻って続けた。


「ですがアンナの信者たちは盲目的に彼女を崇拝し、彼女にとても従順でした。何度も繰り返し麻薬を飲まされている可能性が」


 恐らくアンナは、悩みの相談に乗ると言って麻薬入りの茶を生徒に飲ませ、一人、また一人と信者を増やしていったのだろう。その目的はわからないが、このまま放っておくわけにもいかない。


 ウィリスは腕を組んで唸った。


「学校にまで広がっているとは……由々しき事態ですね。そのアンナという少女を急いで止めなければ」


「アンナ・スミスの件は私に任せていただけませんか? 今、生徒として学校に潜入しているので、私の方が何かと動きやすいかと」


 エレノアの提案に、ウィリスは厳しい表情になる。


「危険です。彼女は麻薬の売人……引いてはジョン・ラッセル本人と繋がっている可能性もあります。あなたを危険に巻き込むわけには参りません」


「婚約破棄の依頼にアンナ・スミスが関わっているのです。私としても、依頼を放棄するわけには」


 アンナが麻薬を使ってトムを操っているのだとしたら、エリザベスの依頼内容も変わってくるかもしれない。アンナを警察に突き出し、トムを正気に戻してエリザベスとの関係を修復する、という方向性もあり得るのだ。


 エレノアは明日にでも学校でエリザベスと話し、今後の方針を決めるつもりだった。


 ウィリスはしばらく難しい顔で考え込んでいたが、エレノアが引かないと悟ったのか、諦めたように溜息をついた。そして、真剣な表情で口を開く。


「わかりました。ですが、くれぐれもお気をつけください。これは私の勘ですが、恐らくジョン・ラッセルはあなたを狙ってくるでしょう」


「どうしてです?」


 エレノアが眉を顰めて尋ねると、ウィリスは少し前のめりになって続けた。


「婚約破棄の代行業を営むエレノア様は、裏社会の中でも特殊な位置におられます。貴族のパワーバランスを自在に操れる存在として、ジョン・ラッセルがあなたを自分の陣営に取り込もうとする可能性は十分に考えられます」


「なるほど……。ではそのジョン・ラッセルなる人物が接触してきた場合は、捕まえてウィリス様の元にお届けするようにいたします」


 口角を上げおどけた調子でそう言うと、ウィリスは眉を下げ思いっきり苦笑した。


「あまり危険な事はなさらないでください。私の心臓が保ちません」


 その後、少しの雑談をしたあと、程なくしてウィリスは帰る準備を始めた。テーブルの上の写真を胸ポケットに仕舞いながら、彼は思い出したように口を開く。


「そう言えば、私の父がまたエレノア様に結婚話をしたそうですね。しつこくて申し訳ありません」


「いえ、気にしておりませんよ」


 エレノアが苦笑してそう答えると、ウィリスも釣られて苦笑いをする。


「私もエレノア様を妻に迎えられればこれ以上の幸せはないのですが、あなたがもう二度と結婚なさらないことも重々理解しております。早く相手を探さなければならないのですが、エレノア様を知ってしまった今となっては、どうしても理想が高くなってしまって」


 ウィリスの父であるウェストゲート公爵は、エレノアと自分の息子を結婚させたがっている。


 一方で当の本人はエレノアに求婚してくることはない。今の言葉の通り、彼はエレノアが結婚を望まないことをよくよく理解しているからだ。


「私はそんなに大層な人間ではありませんよ」


「いいえ。四年前に初めてお会いしたあの日から、私はエレノア様に心を奪われ続けております」


 ウィリスの目は真剣で、その言葉に嘘はないとわかる。


 何の恥ずかしげもなくそんなセリフをサラリと言ってしまうのだから、なんとも困ったお方だ。


 エレノアが眉を下げて曖昧に笑うと、ウィリスは雰囲気を緩めた。


「そう言えば最近、フェリクス殿下もエレノア様を狙っているとか」


「相変わらず情報がお早いですね。面倒なので、殿下が飽きられるまで放っておこうかと思っています」


「それを聞いて安心しました。殿下に取られるくらいなら、私が奪ってしまおうかと考えていたので」


 ウィリスは目を眇めながら、おどけた調子でそう言った。


 この国の皇太子と女の奪い合いをしようなどと考える男は彼くらいだろう。将来この国の裏を掌握する立場にある彼は、ある意味怖いもの無しなのかもしれない。


 そしてウィリスは立ち上がり、来たときと同じように丁寧に一礼した。


「それでは、私はこれで。何かお力になれることがあればいつでもご連絡ください。すぐに駆けつけますので」


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