case1ー3.エレノアの見解
アメリの依頼を受けて一週間ほどが経った頃。
この日、エレノアたちは店の応接室で各々集めてきた情報を共有し合っていた。
「キャサリンって女、金と地位にしか興味がなくて簡単に落とせそうだわ! お姉さまなら楽勝だと思う!」
「ウィラードという男も、キャサリンの色仕掛けにやられただけのようなので、熱が冷めるのも早いかと」
マリアはソファに座ってにこにこと可愛らしく微笑みながら、ミカエルはエレノアに調査報告書を渡しながら真面目な顔でそう言った。
エレノアは受け取った報告書をパラパラとめくる。そこにはキャサリンの性格に始まり趣味嗜好から男のタイプまで、事細かに書かれていた。ウィラードに関しても丁寧にまとめあげられている。
上々の出来に、思わず頬が緩んだ。この兄妹は、いつもながらとても良い仕事をするのだ。
そして、エレノアは報告書のある部分で目を留めた。
どうやらウィラードはアメリとの婚約解消について、卒業パーティーのずっと前から両親と揉めていたらしい。話し合いは平行線で決着がつかず、愚かなウィラードは強硬策に乗り出し公衆の面前でアメリに婚約破棄を突きつけたというわけだ。
両親はもちろんキャサリンとの婚約に反対しており、現在もウィラードとキャサリンは正式な婚約には至っていない。
アメリの父親であるレイクロフト伯爵も今回の婚約破棄に関しては流石に激怒し、ジール侯爵家へ抗議文を送っている。
対するジール侯爵側は「息子を説得するから待ってほしい」と返事をしたが、可愛い娘を傷つけられたレイクロフト伯爵の溜飲は下がらず、両家はいまだ揉めている状態にあるようだ。
ジール侯爵は持病があり最近は社交場にもあまり出られていないという。そんな状態で息子の愚行が重なれば、相当弱り果てていることだろう。
「ありがとう。今回もいい仕事だ。よくやった」
エレノアが労いの言葉をかけると、双子は嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた。二人は同年代の子供が絶対にできないような事をいとも簡単にやってのけるのだが、こういう時は年相応の反応をするから何とも可愛らしい。
そして、エレノアは報告書を見ながら作戦を立てる。
「まだ正式に婚約してないなら話が早いな。まずはキャサリンを落としてから、ウィラードにアメリの元へ戻るよう説得しよう」
「お姉さま、わたくしたちにお手伝いできることはある?」
「いや、もう準備は済んでいるから問題ないよ」
エレノアは情報収集をしつつ、キャサリンに接触する準備を進めていた。
架空の人物になりすまし、キャサリンを惚れさせウィラードから引き離した後、姿を消す。今回やることは言わば結婚詐欺だ。金と地位に執着のある女ほど落としやすい相手はいない。この依頼は早々にカタがつきそうだった。
「でも、ウィラードも馬鹿な男よね。キャサリンみたいな見た目だけの女に騙されるなんて。あの女、頭も性格も悪いし、特に良いところないじゃない」
マリアは呆れたような表情を浮かべながら辛辣な言葉を言い放った。
アメリも見た目が悪いというわけではないのだが、キャサリンの方が目鼻立ちがしっかりしていて胸もありスタイルも良い。どちらが男ウケする容姿かといえば、それはキャサリンに軍配が上がるだろう。
すると、ミカエルが苦笑しながら妹を窘めた。
「マリア、口が悪いよ」
「あら、兄さまはそう思わないの?」
「いや、同意はするよ。ジール侯爵家は最近少し低調気味だ。それなのに伯爵家より子爵家の娘を選ぶのは理解に苦しむよね。頭が悪いとしか思えない」
兄も兄で辛辣で、エレノアは思わず笑ってしまう。だが彼の意見はもっともだ。
貴族の結婚では愛は二の次である。もちろん気が合えばそれに越したことはないが、社会的地位や財産の釣り合った相手と結婚することが何よりも重要になってくる。
それなのにここまで正常な判断が出来なくなるとは、いやはや愛とは恐ろしいものだ。
すると、ミカエルは妹からエレノアに視線を移してきた。
「姉さまの方は、何か収穫がありましたか?」
ミカエルに尋ねられ、今度はエレノアが双子に調査結果を共有した。話を聞き終えた二人は、怪訝そうな顔で思い思いの見解を口にする。
「うーん、お姉さまのお話だけ聞くと、あんまり変なところはないわね。でもだとしたら、店に来た時の彼女の様子がやっぱり腑に落ちないわ」
「レイクロフト伯爵はアメリ嬢のことを大層可愛がっているようなので当然実子かと思っていましたが、まさか再婚相手の子供とは。まあ、昔から知っていたなら可愛がるのもおかしくはないですが」
エレノアが仕込んだおかげもあり、双子は年齢にそぐわず得た情報から物事を推察することに長けている。特にミカエルは洞察力に優れ、頭の回転も早い。
「姉さまの見解は?」
「もう少し探らないと何とも。だが、面白いとは思わないか?」
エレノアは目を眇めながらそう問いかけた。対して、聞かれた双子はキョトンと首を傾げている。
「面白い?」
「何がですか?」
双子の反応に、エレノアは優雅に足を組み替えながらニヤリと笑う。
「男爵から伯爵へ。そして次は侯爵だ。トントン拍子の大出世」
双子はハッとしたように目を見開いた。
「まさか……すべてアメリ嬢本人が仕組んだことだと……?」
「情報不足でそこまではわからない。推理ですらない、ただの妄想だ。だがもしアメリがキャサリンのように地位に執着する女なら、ウィラードを取り戻そうとするのも頷ける」
エレノアの返答に、ミカエルは顎をつまんで考え込む。
「そんな欲深い女性には見えませんでしたが……」
確かに店で会ったアメリは「控えめで大人しそうな令嬢」という印象だった。ただ、女には往々にして裏の顔があるものだ。
ポツリとこぼしたミカエルの言葉を聞き、エレノアは少しおどけてこう言った。
「ミカエル。お前、女の涙には気をつけろよ」
「そうよ、お兄さま。悪い女に引っかかっちゃダメなんだから」
続けざまにマリアにもそう言われたミカエルだったが、彼はにこりと笑って躱してみせた。
「僕の好きな女性のタイプは姉さまのような方ですから、ご安心を」
「……なおさら心配だ」
エレノアが渋面になったところで、マリアが挙手をして兄に同調した。
「わたくしも! わたくしも、お姉さまみたいに強くて賢くてかっこいい殿方と結婚したい!」
双子は心から慕ってくれているが、たまに崇拝や陶酔に近いのではと思う時がある。自分が褒められた人間でないことは自分が一番良くわかっているので、エレノアは思わず溜息をこぼした。
「はぁ……二人とも、もう少しまともな人間を選びなさい」
エレノアはやれやれと呆れた顔でそう言うと、話を戻すように手を合わせてパンと鳴らした。
「まあ、ひとまず依頼をこなすとしよう。ミカエル、マリア。私はしばらく潜る。私がいない日は店を頼むよ」
「はい、姉さま」
「わかったわ、お姉さま!」
エレノアの指示に、双子は元気よく返事をした。




