case4.プロローグ
平民出身の少女、アンナ・スミスは、いつものように陽の光と共に目を覚ました。
ふかふかの寝台。
立派な勉強机。
綺麗で清潔な部屋。
そして、三食美味しい料理が食べられる。
数ヶ月前までは考えられなかった、何不自由ない豊かな生活。
それもこれも、すべて「あの人」のおかげだ。
ここは、国内でもトップクラスの学校、ロゼク国立高等学校の学生寮である。アンナは平民であるが、「あの人」に才能を見出され、晴れてこの学校に推薦入学を果たしたのだ。
「あの人」に出会うまでは、泥沼の中を生きていた。
アンナの実家は借金まみれの鍛冶屋で生活は苦しく、明日の食事もままならない。幼い頃から両親の手伝いをしてきたせいで、子供らしい生活は送れなかった。
アンナは勉強が好きだった。
絵本の内容を両親に聞きながら文字を覚えた。文字を覚えたあとは、ゴミ捨て場に捨てられた本を拾ってきては読み漁った。
知識を蓄えたアンナのおかげで、鍛冶屋の経営は少しずつ持ち直していった。しかし、多額の借金を返しきるまでにはあと何十年もかかるだろう。
いつかは学校に行って、心ゆくまで勉強がしてみたい。
そんな夢を抱いてみるも、それが現実的でないことは頭の良いアンナにはわかっていた。
夢も希望も持てないそんな日々の中、アンナに転機が訪れた。
あの日は路地裏の広場で、子どもたちに文字を教えていた。学校に通えない似た境遇の子どもたちを集め、アンナはたまに勉強を教えることがあったのだ。
そこに偶然「あの人」が通りがかり、アンナの才能を見出した。
『独学でそこまで勉強ができるなら、学校に通ってしっかり学んでみなさい』
あの人はそう言って、アンナをロゼク国立高等学校に推薦入学させたのだ。
生きることに希望を持てたのも、すべて「あの人」のおかげ。
(だから私は、あの人のためなら何だってやるわ)
たとえそれが、他人を貶めるようなことだったとしても。
アンナはシワひとつない制服に着替える。髪をとかし、身なりを整え、鏡に向かって優しく微笑む練習をする。
そして、学校へと向かうのだ。
聖女の皮を被って。




