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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case3.お前を愛することはない

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case3.エピローグ


 エレノアはオリヴィアの変装を解き、オーウェンズ病院へと足を運んでいた。今は診察時間外で人もまばらなため、素顔のまま訪れている。


 オリヴィアの病室の前まで行くと、扉の前にミカエルとマリアがいるのが見えた。


 いつもなら寝ている時間だが、エレノアが仕事を終え帰ってくると思って、この時間まで起きてくれていたようだ。


 エレノアに気づいた双子は、表情をパッと明るくして近寄ってくる。


「姉さま!」


「お姉さま!!」


 抱きついてくる双子を、エレノアはしっかりと受け止めた。そして二つの頭を、両手で優しく撫でる。


「ただいま、ミカエル、マリア。二人とも、今回はよく働いてくれたな。ありがとう」


 労いの言葉をもらった双子は、嬉しそうに微笑んだ。しかし、すぐに不安そうな表情で見上げてくる。


「大丈夫? 怪我してない? 痛いところない?」


「問題ない。心配かけてすまなかったね」


「スノウさんたちも、みんな無事ですか?」


「ああ。計画は全てうまくいった」


 そこまで話すと、双子はようやく安堵の表情を浮かべた。そして、マリアが病院での出来事を話し出す。


「あのね、今日ね、彼女が目を覚ましたの! 今も起きてるわ!」


 エレノアはその報告を聞き、心底ホッとした。これでフェリクスに彼女を会わせることができる。


「状況は簡単に説明してあります。今日の作戦のことも。とても心配している様子だったので、ぜひ会ってあげてください」


「わかった。もう遅いから、ミカエルとマリアは先に休んでいなさい」


 双子にそう言い残しオリヴィアの病室に入ると、病床の枕元に座っていた彼女はすぐにこちらに視線を向けた。


「エレノアさん! フェリクス殿下は……」


 オリヴィアは、エメラルド色の瞳を不安そうに揺らしている。愛する男が無事かどうか、心配で仕方がなかったのだろう。


 エレノアは彼女の近くに寄ると、穏やかに微笑んだ。


「ご安心ください。作戦は全て成功しました。殿下も無事に皇城に着いたそうです」


 その言葉を聞いた途端、オリヴィアの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「そうですか……よかった……! ありがとう……ございます……!!」


 オリヴィアは涙を堪えるように眉根を強く寄せていたが、どうしても嗚咽が漏れてしまうのか、右手で口元を覆っていた。


 フェリクスの無事を誰よりも願っていた彼女だ。作戦成功の知らせに、ようやく安心できたのだろう。

 

 彼女が落ち着くのをしばらく待ってから、エレノアは優しく問いかける。


「お身体の具合はいかがですか?」


 するとオリヴィアは、指先で涙を拭ってから、右手で左腕をさすった。


「左腕に軽い麻痺が残ったくらいで、あとは何とも。アレンさんに言われました。エレノアさんの処置が適切だったから、ここまで軽い症状で済んだって。本当に、ありがとうございました」


「……お礼を言われるようなことは、何も」


 エレノアはわずかに目を伏せ、ゆるゆると首を横に振った。


 処置がもっと十分にできていたら。そもそも、事前に毒に気づけていたら。彼女が倒れることも、体に麻痺が残ることもなかったかもしれない。


 そう思うと、どうしても自分の行動に悔いが残ってしまう。


「お父様は、どうなりましたか?」


 オリヴィアの声で思考が引き戻される。


 彼女の視線は、一種の覚悟が宿ったような、とても力強いものだった。エレノアは彼女のその瞳をしっかりと見据えて、正直に答える。


「フェリクス殿下暗殺未遂の罪で連行されました。恐らく、死罪は免れないかと」


「そうですか」


「あなたの立場をお守りできず、申し訳ありませんでした」


 エレノアが頭を下げると、オリヴィアは苦笑した。


「いいえ、エレノアさんが謝るようなことではございません。父は罪を犯し、裁かれ、その報いを受ける。ただそれだけのことです」


「あなたは……本当にお強い人ですね」


 アーレント公爵家は間違いなく取り壊しとなるだろう。自分がこの先どういう未来を辿るのか、オリヴィアもわかっているはずだ。


 しかし彼女の瞳には、憂いや後悔のようなものは全く映っていなかった。


「フェリクス殿下が芯のある、とてもお強い方だったので……わたくしも彼を見習って、そうあろうと心がけていただけです」


 オリヴィアは想い人の名前を出して、少し寂しそうに笑っていた。彼女の表情からは、依然としてフェリクスへの深い愛情が伺える。


 そんな彼女に、エレノアは優しく微笑みかけた。


「フェリクス殿下が、あなたに会いたがっておられます」


「えっ!? そんなはずは……」


 オリヴィアは心の底から驚いたように目を丸くしている。「お前を愛することはない」と言っていた男が、まさか自分に会いたがっているなんて、普通は信じられないだろう。


 だが、オリヴィアはフェリクスの真意を聞くべきだ。すれ違ったまま離ればなれになるのは、あまりにも悲しい。


「数日後に殿下をここにお連れしますので、そのおつもりで」


「わ、わかりました……」


「それでは、私はこれで失礼いたします。ゆっくりと体を休めてくださいね」


 そうしてエレノアが病室を出ると、ちょうどアレンが姿を見せた。彼はわかりやすく安堵の表情を浮かべながら話しかけてくる。


「全部終わったんだね。本当にお疲れ様。一応、診察してもいいかい?」


 てっきりオリヴィアの様子を見に来たと思ったのだが、どうやら違ったらしい。


「ああ。ありがとう」


 毒を飲まされそうだから解毒剤を用意してほしいとアレンに頼んだ時、珍しく彼に本気で止められた。


 アレンは基本的にエレノアの行動に口出しすることはない。自分がその立場にないと思っているからだ。

 

 しかし今回ばかりは、医者として反対せざるを得なかったのだろう。彼には相当な心配をかけてしまった。

 

 アレンはエレノアを診察室に連れて行くと、いつものように触れる許可を取ってから、聴診器で体の音を聴いていた。


「目眩や吐き気は?」


「ないよ」


「手足がしびれている感覚はない?」


「ああ、大丈夫」


「よかった。毒は問題なさそうだね。それよりも、寝不足の方が深刻そうだ。ここ一週間、ろくに寝てないんだろう?」


 アレンにじっと見つめられ、エレノアはサッと視線を逸らした。図星なので何とも気まずい。


 そんなエレノアに、彼はやれやれというように眉を下げた。


「仮眠室に空いてるベッドがあるから、帰るのが面倒ならそこを使ってくれてもいいよ。ミカエルくんとマリアちゃんも、今頃そこで寝てると思う」


「ああ……そうしようかな」


 ここから店まではさほど遠くはないが、今から帰るとなるとそれはそれで面倒だった。仮眠室に行ってさっさと寝ようと立ち上がったところ、後ろから女の声が聞こえてくる。


「エレノア。終わったんですってね」 


 振り返ると、アレンの妹セレーナが、診察室の入口で腕を組んで仁王立ちしていた。彼女はその大きな赤茶色の瞳でこちらを見据えながら、口をへの字に曲げている。


「セレーナ……アレンを巻き込んですまなかった。思う存分怒ってくれて構わない。詫びならいくらでもする」


 エレノアが謝罪すると、セレーナはぷいっと顔をそむけた。


「今回は、兄さんが先に首を突っ込んだって聞いた。だから、別に怒ってない」


 実際はそんなことはないのだが、恐らくアレンがセレーナに言い聞かせたのだろう。自分から首を突っ込んだから、エレノアを怒らないように、と。


 するとセレーナは、気まずそうに視線を泳がせてから小声でぼそっと言った。


「病院、守ってくれてありがとう」


 いつも当たりの強い彼女からまさか礼の言葉が飛んでくるとは思わず、流石のエレノアも呆気にとられた。


 咄嗟に何も返せないでいると、セレーナは沈黙に耐えかえたのか、顔を真っ赤にして「それだけっ。じゃあねっ」と言って立ち去っていった。


 エレノアは彼女の背を見送ってしばらく経ってから、ようやく口を開いた。


「……なんだ、あの可愛い生き物は」


「ごめんね。僕の妹、素直じゃなくて」


 目を丸くしているエレノアに、アレンはそう言って苦笑していた。




* * *




 アーレント公爵が捕まってから数日。


 取り調べの末、皇太子暗殺計画に関わった者たちが芋づる式に捕らえられていった。その数は、末端まで含めると百を超えたという。


 しかし結局のところ、ブレデル侯爵家は全くの無関係だったようだ。


 ブレデル侯爵は、自身の孫である第二皇子アレックスを次期皇帝に仕立て上げようと画策しているとの噂が立っている人物だ。フェリクスもその噂を知っていて警戒していたようだったが、アーレント公爵の証言からも何も出てこなかったらしい。


 皇城ではまだまだ取り調べが続いており、公爵たちの刑罰が決まるのはしばらく先になるそうだ。



 そしてこの日、エレノアはフェリクスを連れてオリヴィアの病室へと訪れていた。


「失礼します」


 二人が中に入ると、オリヴィアはフェリクスを見た途端、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。


「で、殿下……」


 急に泣き出したオリヴィアを見て、フェリクスは申し訳無さそうに彼女から視線を逸らした。

 フェリクスがオリヴィアにしてきたことを考えれば、彼が後ろめたさを感じるのも当然だ。


「泣くほど会いたくなかったか?」


 フェリクスが掠れた声でそう問うと、オリヴィアはブンブンと首を横に振った。


「ち、違います……もう、二度とお会いできないかと思っていたので、う、嬉しくて……」


 オリヴィアは、次から次に溢れ出てくる涙を右手で懸命に拭っていた。本当は両手で顔を抑えたいのだろうが、左腕に麻痺が残っていてそれが叶わないのだろう。


 動きが鈍い左腕を見たフェリクスは、すぐさま強い悔恨の表情を浮かべた。


「オリヴィア……守れなくて、すまなかった」


「そんな顔なさらないでください、フェリクス殿下。殿下が生きていることが、わたくしの一番の幸せなのですから」


 彼女は泣きながら、満面の笑みを浮かべていた。


(この場に部外者は不要だな)


 エレノアはそう思い、二人を残して病室を後にした。



 その後、二人が何を話したのかはわからない。


 しかし、次に見たフェリクスとオリヴィアの顔は清々しいほどに晴れやかで、二人の時間が有意義なものだったことは、一目瞭然であった。


 こうして、皇太子暗殺未遂に関する一連の事件は、幕を閉じたのだった。


ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!


エレノアの情報が少しずつ出てきました。

彼女は一体何者なのか、どんな過去を持つのか、物語を通して暴いていく予定です。

ぜひそのあたりも予想しながら、楽しんでいただけましたら幸いです。


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