case3ー12.準備
フェリクスに謁見した、その日の真夜中。
エレノアはアーレント公爵家を抜け出し、ブレデル侯爵家の屋敷に忍び込んだ。
一晩かけて屋敷中をくまなく探したが、やはり証拠品は見つからなかった。出てきた物といえば、生誕祭の準備物に、第二皇子アレックスへの豪勢なプレゼントくらいだ。
ブレデル侯爵が皇太子暗殺計画に関わっているかは今のところわからない。証拠が出てこないのは、単純に彼が無関係だからということも十分あり得る。
とは言え、証拠が集められなかった以上、やることはひとつ。生誕祭での計画を成功させることだ。
エレノアは来る生誕祭までの間、昼はオリヴィアとして屋敷で過ごし、夜中は部屋を抜け出して計画のための準備に奔走していた。
空いた時間に少し仮眠を取るくらいで、ほぼ不眠不休だ。しかしこういうことには慣れているので、それほどつらくもなかった。
そして、生誕祭前日の夜遅く。
エレノアはオーウェンズ病院を訪れていた。今は病棟も寝静まっている時間帯なので、変装はせず素顔のままだ。
薄暗い待合に行くと、一人の青年がぽつんと椅子に座っていた。ウェスト商会の若旦那、スノウ・ホークスだ。
スノウはこちらに気がつくと、いつものようにニコリと笑って手を振ってきた。
「姐さん、お疲れ様っす」
「スノウ。すまないな、こんな夜遅くに」
「いえいえ。旦那にも姐さんに協力するよう言われてるんで」
エレノアが彼の隣に座ると、スノウはここ数日の病院の様子を説明してくれた。
「俺もたまに様子を見に来てましたが、特に変わったことはなかったですよ。彼女がここに入院していることは、恐らく誰にもバレてないと思います」
「そうか、良かった」
夜間も傭兵団の人間が交代で見回りをしてくれているそうだ。警備体制については、スノウが院長のアレンと相談しながらうまく取り仕切ってくれたらしい。
「で、姐さん。俺はいつどこで何をすれば良いんです?」
スノウは変わらず微笑みを浮かべながら、話を本題に移してきた。
今日は彼に頼みがあってここに呼び出したのだ。わざわざ場所を病院に設定したのは、この後アレンに用があるからである。
エレノアは一枚の紙を懐から取り出し、スノウに手渡した。
「作戦の詳細はここに書いてある。お前には危険な役目を任せることになってすまない」
スノウは紙を開き一瞥すると、すぐにニッと笑ってみせた。
「大丈夫っすよ。俺、これでも結構強いっすから」
「ありがとう、助かる」
用件が終わったエレノアは、話もそこそこに立ち上がった。これからアレンに会った後、早々に屋敷に戻らなければならない。
「悪い、そろそろ行くよ」
「双子ちゃんたちの寝顔、見ていきます? 件のお嬢さんの病室で眠ってますよ」
スノウの魅力的な提案に一瞬迷ったが、護衛としてオリヴィアについているなら、双子の眠りも浅くなっているだろう。いくらエレノアが物音を立てずに近づいても、わずかな気配で起きてしまうかもしれない。
「いや、起こしてしまいそうだからやめておく」
「二人とも姐さんのことをすごく心配してたんで、終わったらたくさん甘やかしてあげてください」
「ああ、そうするよ。じゃあ、また明日」
エレノアはそう言ってスノウと別れると、そのまま院長室へ向かった。ノックをして部屋に入ると、アレンは執務机で書類仕事をしているところだった。
彼は書類から顔を上げこちらに視線を向けると、すぐに心配そうな表情になる。
「顔色が悪いね。何日寝てないんだい?」
エレノアの目の下には確かにクマが出来ていたが、今は綺麗に化粧で隠してある。疲労感を出していたわけでもない。普通の人間なら、エレノアが寝不足であることなどわからないだろう。
しかし彼は、相手がどんなに隠していても、その不調を見抜いてしまう。医者としてはこれ以上にない才能だ。
「別に、数日くらい寝なくても死なない」
エレノアがなんて事ないようにそう言うと、アレンは困ったように眉を下げていた。
「答えになってないよ、全く」
「大丈夫だ。心配しなくとも、明日で全て終わる」
「正直、明日が来るのが不安で仕方ないよ。これ、頼まれてたもの」
アレンはそう言って机から紙袋を取り出し、エレノアに差し出してきた。
「ありがとう。助かった」
紙袋に手を伸ばし掴むも、アレンはそれを離そうとしない。そして彼は、しかめっ面で苦言を呈した。
「こんなものを使わずに済む方法はないのかい? 全くおすすめはできない」
「これが最善なんだ。で、オリヴィア嬢の様子は?」
「……すぐ話を逸らすんだから」
アレンは盛大に溜息をつくと、紙袋からようやく手を離してくれた。そして、少し気を取り直したように表情を緩める。
「大丈夫だよ。容態も安定しているし、目覚めるのも時間の問題だと思う」
オリヴィアの容態が急変していないことに深く安堵する。彼が大丈夫だと言うのなら、これ以上に安心できることはない。
「そうか。事件が片付いたらフェリクス殿下を連れて来るつもりをしているが、良いか?」
「うん、もちろん。彼の健康状態も気になっていたしね」
「色々と巻き込んでしまって、すまないな」
エレノアが謝罪すると、アレンは眉を下げて苦笑した。
「迷惑はいくらかけてくれても構わないんだけど、心配はかけないで欲しいかな」
エレノアが明日やろうとしていることを考えると、医者として彼が心配するのも無理はないのだろう。しかし、彼がいくら止めようが明日の計画を変更するつもりはなかった。
エレノアは肩をすくめて苦笑を返す。
「私からすれば、これくらいのことで心配しないでくれ、と言いたい」
「僕からすれば、これくらいのことじゃないんだよ」
アレンはじとりとした目でこちらを見つめながら、やれやれと溜息をついていた。
エレノアが祖国を捨てる決意をしたあの日を境に、自分を案じてくれる存在ができた。
ミカエルにマリア、それにこの男――。
「ありがとう。心配してくれて」
エレノアは素直な気持ちを伝えた。
あの日までは、案じてくれる人間などいなかった。だから、純粋にその存在がありがたい。
するとアレンは、穏やかな微笑みを返してきた。
「今は心配するくらいしか僕にできることはないからね。何かあれば全力で治療するから、くれぐれも生きて帰ってきて」
「わかった。明日で決着をつけてくるよ」
エレノアはそう返事をすると、もう一度アレンに礼を言ってから病院を後にし、屋敷に戻るのだった。




