case3ー9.ウェストゲート卿(2)
「何か面白いことを考えているね?」
ウェストゲート卿にそう問われ、エレノアもニヤリとした笑みを返した。
「あくまで皇太子暗殺未遂の証拠が得られなかった場合の最終手段として、ですが。閣下が生誕祭にいらっしゃらないのが残念です」
「ハハッ。ぜひその場で見物したかったものだ」
彼はそう言ってからりと笑った後、すぐにこう尋ねてきた。
「では、君が潜入している間は、私は下手に動かないほうがいいかな? どうやら君に任せた方が早く片付きそうだ」
ウェストゲート卿は、皇帝から直々に皇太子暗殺未遂事件の調査を任されている身だ。エレノアが持ってきた情報でアーレント公爵家が黒と決まった今、本来ならすぐに動き出したいところだろう。
しかし、潜入中はどうしても連絡が取りづらく、密に連携するのは難しい。そんな状況の中で彼と同時に動けば、行き違いが起きそうだった。
「もし可能であれば、アレックス殿下の生誕祭が終わるまでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった。ではそうしよう」
ウェストゲート卿は非常に融通の利く人物だ。こういう時、柔軟に対応してくれるのはとてもありがたい。
そんな彼に感謝しつつ、エレノアは最後にひとつ質問を投げかけた。
「本日のアーレント公爵とフェリクス殿下のご予定をご存知ありませんか? アーレント公爵は皇城に出ているとオリヴィア嬢から聞いたのですが、公爵と殿下が会っていたかどうかだけでも知っておきたく」
父親に殺されかけたオリヴィアとして、アーレント公爵にどう接触するのが最適か。エレノアは店を出てから、ずっとその事を考えていた。
ウェストゲート卿と話をする中で大まかな方針は固まってきたが、今日のフェリクスたちの予定次第では、屋敷に戻ってからの対応が変わってくるのだ。
「アーレント卿は確かに今日皇城に出ている。だが殿下とは会っていないはずだ。殿下は恐らく執務室に籠もりきりだと思うよ。まだ体が本調子ではないから、公の場に出ることは控えておられる」
「ありがとうございます。十分です」
これで取り急ぎ必要な情報は手に入った。あとはその場の状況次第で、臨機応変に立ち回るしかない。
そろそろ御暇しようと思ったところ、ウェストゲート卿が少し心配そうな表情で言葉をかけてきた。
「エレノア。今回は君の嫌いな王族に関わることになる。……いや、今回の場合は皇族か。君が無理に請け負う必要はないんだよ?」
彼はエレノアの過去を知っている。それ故に、こちらを案じてくれているのだろう。
エレノアは、彼の心配を払拭するように微笑みを返した。
「お気遣い痛み入ります、閣下。ですが、救いを求めてきたオリヴィア嬢の手を振り払うことなどできません」
「そうか。なら止めないが、君はもう少し肩の力を抜いて生きたほうが良い。年長者の助言は、聞いておいても損はないよ」
彼からの意外な言葉に、エレノアは片眉を跳ね上げた。
「そんなに必死なように見えますか?」
「君の小さな背中で、すべてを背負う必要はないという話さ」
そう言う彼は、穏やかに笑っていた。
エレノアは、祖国を捨てたあの日から、必死に生きているつもりも、何かを背負っているつもりもなかった。
背負っているものを強いて挙げるとしたら、双子を拾った責任くらいだ。彼らが一人前になるまでは、成長を見届けようとは思っている。
それ以外に背負うものなど別にないつもりだが、他人から見ると違うらしい。
自分が無自覚なだけなのか、他人が勘違いをしているだけなのか、今のエレノアにはわからなかった。
「でもやはり、君はずば抜けて優秀だね。君が私の倅と結婚してくれたらどんなにいいかと毎日のように思っているんだが、やはり結婚する気は起きないかい?」
ウェストゲート卿には一人の息子と二人の娘がいる。
娘二人はすでに結婚してこの家を出ているが、長男のウィリスは次期当主として父を支えている。まだ二十三歳だというのに、すでにウェストゲート卿の右腕だという。それほど優秀な人物が跡継ぎなら、この家も安泰だろう。
ウェストゲート卿はその一人息子の嫁にどうかと、度々結婚話を持ちかけてくるのだ。もちろん、そのたびに断っている。
正直どこまで本気なのかわからない。このお方は、裏で何を考えているかわからない、気の抜けない人物なのだ。
エレノアは苦笑を浮かべて、もう何度目かわからない断りの言葉を口にする。
「せっかくのお話ですが、申し訳ありません。結婚はもう懲りごりですので」
「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれ」
こちらの答えなどわかりきっていただろうに、ウェストゲート卿はとても残念そうな顔をしていた。
エレノアはいよいよ立ち上がり、彼に別れの挨拶を告げる。
「では、そろそろ行きます。このお礼は、後日必ず」
「礼なんていいよ。むしろ私が借りを返しているようなものなんだから」
彼はそう言いつつも、少し考え込む仕草をする。そしてすぐに何か思いついたように口を開いた。
「でも、そうだな。久しぶりに、ミカエルとマリアを貸してくれると嬉しい」
ウェストゲート卿は、たまに双子を用心棒として雇うことがある。しかしそれは建前で、実際は双子を猫可愛がりしたいだけなのだと、以前言っていた。
彼も彼で相当武芸に秀でているので、そもそも用心棒など不要なのだ。子供が皆成人してしまって寂しいのかもしれない。
以前スノウが言っていた通り、双子のことを気に入ってくれているようで安心する。
「わかりました。二人に伝えておきます」
「ありがとう。エレノア、くれぐれも気をつけて」
「はい。こちらこそありがとうございました」
そうしてエレノアは挨拶を済ませると、ジェシカを引き連れ、敵地であるアーレント公爵家に向かうのだった。




