case3ー8.ウェストゲート卿(1)
「やあエレノア、久しぶり。君が約束もなしに会いに来るのは珍しいね。それもまさか、オリヴィア嬢の姿で訪れるとは」
エレノアの対面に座る男は、その整った顔に微笑みを浮かべながら、穏やかな声でそう言った。
ここは、ウェストゲート公爵家の応接室。ジェシカは別室で待たせており、この部屋には彼と二人きりだ。
彼はウェストゲート公爵家当主、シルヴェスター・ウェストゲートその人である。今年で四十二歳だというのに、とても若々しく見えるお方だ。
ブロンドの髪は艷やかで美しく、掻き上げた前髪は丁寧にまとめられている。瞳は髪の色に似て金色に輝いており、はっきりした目鼻立ちは凛々しく怜悧な印象を与えている。
貴族の中には、金があるが故にブクブクと太っている人物も多い。しかし彼はスラリとした体躯の持ち主で、姿勢も非常に良く、実に紳士然とした人物だ。そして、エレノアが尊敬する数少ない人物でもある。
「ご無礼をお許し下さい、閣下」
「いや、構わないよ。君には大きすぎるほどの借りがあるからね。これくらい全く問題ない」
ウェストゲート卿が在宅していたのは幸いだった。
この屋敷には何度か訪れたことがあり、使用人たちもエレノアのことを知っている。そのため、取り次ぎもスムーズに済んだ。まあ、最初はオリヴィアが来たと思われて、使用人たちをざわつかせてしまったのだが。
「で、君がそんな格好をしているということは、かなり面倒なことに巻き込まれていそうだね。早速要件を聞こうか」
そう言うウェストゲート卿は、実に楽しそうに笑っている。実際、どんな面白い話が聞けるのかとワクワクしているのだろう。この人は、こういう人なのだ。
そうしてエレノアは、店で起きた出来事を全て話した。
昨日、フェリクスが店を訪れ、婚約破棄の代行を依頼してきたこと。
先ほどオリヴィアが店で倒れたこと。その首謀者は、彼女の父親のアーレント公爵であること。
そしてオリヴィアから聞いた、アーレント公爵の策略。
「なるほど。思ったより厄介な状況だね」
話を聞き終えたウェストゲート卿は、紅茶を一口含んでから続けた。
「皇太子暗殺未遂の件については、私も陛下に依頼されて調べていたんだ。でも、なかなか尻尾が掴めなくてね。これはアーレント卿を追い詰める好機だ。いくらでも力を貸すよ」
裏社会を牛耳る彼は、国中の情報網を抑えていると言っても過言ではない。そんな彼でも尻尾が掴めないとは相当だ。オリヴィアが言っていた通り、アーレント公爵はかなり用心深い人物らしい。
外部から調査して無理なら、やはり内部に潜入するしかないだろう。
「ありがとうございます。では、オーウェンズ病院に護衛を数名派遣していただくことは可能でしょうか」
「もちろんだ。傭兵団から何人か送っておくよ。それと、ウェスト商会の人間は好きに使うといい。スノウに話を通しておくから」
「お気遣い痛み入ります」
これでオーウェンズ病院の守りは万全だ。そして、スノウの協力も得られるのは非常にありがたい。やはりウェストゲート卿に会っておいて正解だった。
「欲しい情報はあるかい? わかる範囲で答えるよ」
ウェストゲート卿にそう問われ、エレノアはしばしの間悩んだ。
彼でさえ追い詰められない相手を、どう攻略するか。エレノアはまだ考えあぐねている。
屋敷に潜って何も証拠が出てこなければ詰みだ。策は何重にも施しておかねばならない。
「皇太子暗殺計画に関わっているのは、アーレント公爵家だけですか?」
エレノアが問うと、ウェストゲート卿は顎をつまんで少し難しい表情になる。
「これまでの調査結果からだとそう思っていたんだが、君からの情報で少し考えが変わった。ブレデル侯爵家を知っているかい?」
「ええ。確か、第二皇子アレックス殿下の母親の実家、でしたか?」
エレノアの答えに、彼はひとつ頷いてから続けた。
「そうだ。君がオリヴィア嬢から聞いた情報によると、アーレント卿はフェリクス殿下を暗殺し、自分の娘を第二皇子と結婚させたがっているそうだね」
「はい。元々はオリヴィア嬢を第二皇子と結婚させるつもりだったようですが、今は次女を充てがうつもりなのかと」
オリヴィアには十歳の妹、ローラがいる。アーレント公爵は、オリヴィアを口封じのために殺すと決めた今、ローラと第二皇子を結婚させるつもりなのだろう。
ウェストゲート卿は「だろうね」と言ってエレノアの意見に賛同した後、こう続けた。
「そしてブレデル卿のことなんだが……実は彼には、自分の孫であるアレックス殿下を次期皇帝に仕立て上げようとしている、という噂があってね」
「……利害が一致している、というわけですか」
「ああ。アーレント公爵家とブレデル侯爵家が共謀している可能性も、一応視野に入れておくべきだろう」
(もしアーレント公爵家に潜って何も証拠が出なければ、ブレデル侯爵家にも潜入してみるか……)
エレノアがそんな事を考えていると、ウェストゲート卿が思い出したように口を開いた。
「そう言えば、一週間後にアレックス殿下の生誕祭がブレデル侯爵家で開かれるんだ。五大公爵家は招待されているから、もちろんアーレント卿も来るはずだよ。そこで二人の動向が追えるかもしれない。あいにく、私は別件で行けないんだけどね」
アレックスの生誕祭はもちろん皇城でも開かれるが、ブレデル侯爵が最愛の孫の誕生日を祝いたいがために、毎年自分の屋敷でも開催しているらしい。
確かに生誕祭でその二人が接触していたら何かしらの情報を得られるかもしれないが、エレノアは別のアイデアを思いついていた。
「フェリクス殿下もご出席なさるのですか?」
「いや、体調も全快してないし、欠席なさると思うよ」
「そうですか」
エレノアが顎をつまみながら脳内で計画を練っていると、ウェストゲート卿は目を眇めてニヤリと口角を上げた。




