case3ー7.二人目の依頼人(4)
しばらくの間、エレノアは今後の対応について思考を巡らせた。そして、脳内でこれからの計画を組み立てた後、アレンに向かって口を開く。
「アレン。彼女は皇太子の婚約者、オリヴィア・アーレント。治療を頼めるか?」
彼は患者の正体を知り、わずかに驚いた様子を見せたが、すぐに力強く頷いた。
「もちろんだよ」
「昨日、お前が治療しようとしていた男が、皇太子フェリクスだ。関わるなと言ったのは私なのに、結局巻き込んでしまってすまない」
こんな厄介事にアレンを巻き込みたくはなかった。妹のセレーナにもあとで確実に叱られるだろう。
しかし今のこの状況で、アレン以上に信頼できる人物が他にいなかった。彼を巻き込むのならせめて、病院の警備は万全なものにしなければならない。
エレノアの言葉に、アレンは「ああ、なるほど」とこぼした後、気にしてないというようにニコリと微笑んだ。
「君が謝るようなことじゃない。それに、治療は僕の領分だ。僕はただ、目の前の命を救うだけだよ」
いつもの調子のアレンに、エレノアは少し心が軽くなった。
「ありがとう、アレン。オリヴィア嬢がオーウェンズ病院にいることは極秘扱いにしてくれ。そうした方が、お前たちに危害が加わる可能性が低くなる」
「わかった」
そしてエレノアは、双子に視線を向け指示を出す。
「マリア、ミカエル。お前たちはオリヴィア嬢の護衛と病院の警備を頼む。誰も死なせるな」
「わかったわ」
「わかりました」
彼女たちは二人とも力強く返事をしてくれた。
双子から離れるのは少し心配だが、エレノアがオリヴィアに付きっきりになるわけにもいかない。こちらはこちらで、やらねばならないことがたくさんある。今は二人の力を信じるしかない。
「姉さまは、この後どうするんですか?」
ミカエルにそう問われ、エレノアは自分の計画を彼らに伝えた。
「オリヴィア嬢に成りすまし、このままアーレント公爵家へ向かう」
「「ええっ!?」」
双子は息ぴったりに驚きの声を上げた後、すぐに不安そうな表情を浮かべた。
オリヴィアの命が狙われている以上、悠長な手段は選んでいられなくなった。今のこの状況では、元凶であるアーレント公爵を叩くしかない。
エレノアは、アーレント公爵家に潜入し、その罪を暴くことで今回の事件にケリを付けるつもりだった。彼女の公爵令嬢としての立場を守ることは出来なくなったが、背に腹は代えられない。
双子は抗議したそうにこちらを見ていたが、彼らが口を開く前にアレンの険しい声が飛んできた。
「危険過ぎる。相手は自分の娘を殺そうとしているんだ。君が代わりに狙われることになるんだよ?」
エレノアもそんなことは当然わかっていた。しかし、脳裏にオリヴィアの声が蘇る。
『お、ねが、い……で、んか、を……たす、けて……』
オリヴィアは自分が死ぬかもしれない状況の中でも、自分のことではなく、愛する男のことを救ってくれと言っていた。それも、赤の他人であるエレノアに向かって。
彼女にとっては家族ですら敵だった。赤の他人に頼るしかないほど、敵に囲まれていた。
(昔の自分と、よく似ている)
そんな彼女が救いを求めて伸ばしてきた手を、ここで掴まないでどうする。オリヴィアが目覚めた時にフェリクスが死んでいようものなら、彼女に合わせる顔がない。
「オリヴィア嬢は私に助けを求めた。その願いを無下にすることはできない。それにもう、依頼を受けると約束している」
アレンに力強い視線を返すと、彼はエレノアの意思が固いことを悟ったのか、やれやれというように眉を下げた。
「わかった。でも、くれぐれも気をつけて」
エレノアはひとつ頷くと、まだ不安げな様子の双子に微笑みかける。
「私は大丈夫だ。心配するな」
そして二人の頭を優しく撫でながら、続けて言う。
「アーレント公爵家に向かう前に、まずはウェストゲート卿に会ってくるよ。ミカエルとマリアだけでは護衛と警備の両方をこなすのは大変だ。ウェスト商会の協力を取り付けてくる」
ウェスト商会は私的な傭兵団を抱えている。商売ごとには何かと危険がつきものだからだ。それが裏稼業ともなれば尚更だ。
ウェスト商会の傭兵団は腕利きの優秀な人材が揃っているので、彼らの応援があれば病院に危険が及ぶことはまずないだろう。
それからアレンと双子たちは、オリヴィアを連れて病院に向かう準備を始めた。双子は各々武器を装備し、アレンはオリヴィアを担いでから外套で彼女のことを隠す。
「じゃあエレノア、気を付けて。無茶はしないように」
「ああ。そっちは頼んだ」
そしてアレンたちが応接室を出て店の入口に向かうと、ジェシカもその後について行こうとした。
「おい、侍女。お前は残れ」
「へ?」
振り返ったジェシカは、その顔にこれでもかというほど疑問符を付けていた。どうしてそんな事を言われたのか、本気でわかっていないようだ。
そんな彼女に、エレノアは呆れ顔を向ける。
「お前だけいなくなったら公爵に不審がられるだろうが。お前は私と一緒に屋敷に戻るんだ。くれぐれも私が偽物だと顔に出すなよ」
その言葉でジェシカはようやく理解したようだった。が、すぐさま顔を青くしてふるふると首を横に振る。
「そ、そんな……! 私には無理です……! 絶対無理……!」
確かに小心者のジェシカには荷が重いかもしれないが、彼女を連れ帰らないわけにもいかない。
エレノアは彼女に力強い視線を向け、発破をかけた。
「お前がオリヴィア嬢を仕留め損なった件については、私が公爵を言いくるめるから安心しろ。自分の家族を救いたいのなら、アーレント公爵を潰すしかない。私と共に戦え」
「…………っ!」
弱々しかった彼女の瞳が、大きく見開かれた。
エレノアに一縷の希望を見出したのだろう。もしかしたら家族を救えるかもしれない、自分も公爵から解放されるかもしれない、と。
そしてジェシカは、覚悟が決まった顔になった。
「は、はい! 頑張ります!」
「よし。ではまずウェストゲート公爵家へ向かう。準備をしてくるから少しここで待っていてくれ」
エレノアは二階の自室に行くと、急いでオリヴィアに変装した。
アーレント公爵家もウェストゲート公爵家も、屋敷は首都のアマンにある。そのため、まずウェストゲートの屋敷に寄った後、そのままアーレント家に向かう予定だ。ちなみに首都のアマンは、ここから馬車で一時間ほどの位置にある。
支度を終えたエレノアは、応接室に戻った。
「どうかしら、ジェシカ。おかしいところはない?」
オリヴィアの声音でそう言うと、ジェシカはひどく混乱した様子で言葉を漏らした。
「お嬢様……? え……? お嬢様は先ほど病院に運ばれたのでは……? え、幻覚……?」
「オリヴィア様に変装したのだけれど、どうやら問題なさそうね」
「!!」
ジェシカはようやく理解したようで、感動したように目を輝かせた。
「すごい! どこからどう見てもお嬢様です!!」
ひとまず声と容姿は問題ないようだ。ドレスは流石に同じものを用意できなかったが、汚れてしまい途中で買って着替えたという事にでもすればいい。
それからエレノアは、ジェシカにローブを手渡した。
「顔を見られないよう、このローブを着てフードを被ってちょうだい」
万が一、オリヴィアとその侍女がウェストゲート公爵家に向かうところを誰かに見られたら厄介だ。そうなれば、ウェストゲート卿に迷惑がかかる。
エレノアもジェシカ同様にローブを羽織りフードを目深に被ると、彼女を連れて馬車に乗り込んだ。
そしてエレノアは道すがら、アーレント公爵家の家族構成や使用人の名前と特徴、オリヴィア嬢の性格などを事細かにジェシカから聞きながら、ウェストゲート卿の元に向かったのだった。




