case3ー1.嵐の来訪(1)
とある穏やかな日のこと。
エレノアは珍しく双子と一緒に店番をしていた。
基本的に店番は二人に任せているのだが、今日は特段やることもなかったので、二人と雑談をするために店に出ている。いつも通り客は来ず、三人でただただ楽しく会話を重ねていた。
しかし、そこに突然、嵐がやって来た。
「邪魔をする」
その声は低く、それでいてよく通る声だった。
入ってきた長身の男は、ブロンドの美しい髪に透き通る薄紫色の瞳をしていた。その輝きは、まるでアメジストの宝石のようだ。
年齢は二十歳くらいだろうか。非常に端正な顔立ちで、切れ長の瞳は鋭い光を帯びている。そして服装を見る限り、高貴な身分であることは明らかだった。
彼の後ろには、薄茶髪の従者らしき人物もいた。歳はまだ二十代後半ほどに見えるが、顔がなんとも疲れ気味で、苦労人を絵に描いたような印象だ。気の強い主人に振り回されている哀れな従者、といったところか。
エレノアは一瞬でそこまでの情報を読み取ったが、それ以上頭を働かせる暇がなくなってしまった。双子が客に向かって思い切り殺気を放ったからだ。
二人はまるで姉を守るようにエレノアの前に素早く移動すると、各々服の中に隠し持っている武器に手を伸ばしかけた。
そんな双子の頭を、エレノアは後ろから軽くポンと叩く。
「ミカエル、マリア。やめなさい」
「姉さま……」
「でも……」
振り向く二人は、とても不安そうな表情を浮かべていた。
彼らがこのような行動を取るに至った理由は、恐らく目の前にいるこの若いブロンド髪の男だ。
武を極めた者特有の雰囲気。一分の隙もなく、背中を見せればすぐさま斬られそうな、ピリピリとひりつく感覚。
双子は男の放つ気に当てられたのだろう。
エレノアは二人の頭を撫でながら、その不安を拭い去るように、優しく「大丈夫だ」と声をかけた。
するとブロンドの男が、嘲笑を浮かべながら言葉を放ってくる。
「随分な挨拶だな。店に入って、いの一番に殺気を向けられるとは思わなかった」
当然と言えば当然だが、相手の不興を買ってしまったようだ。
エレノアは双子を隠すように二人の前に出ると、男に向かって申し訳無さそうな表情を作る。
「どうやら二人は、貴方様が相当な武芸の達人だと察して、本能的に反応してしまったようです。店主として、失礼をお詫びいたします」
そうやって返事をしているうちに、ブロンドの男と脳内に記憶している人物とが結びついた。
ひと目見た瞬間、どこかで見たことがあるなと思ったが、どうしてすぐに気が付かなかったのか。これは何とも厄介な人物が訪ねてきたものだ。
エレノアは内心頭を押さえながら、この高貴なお方を即刻帰らせるべく、続けて口を開く。
「そして、重ねて謝罪を。当店は、お客様のような高貴なお方がいらっしゃるような場所ではございません。どうかお引き取りください」
「ほう? この店は客を選ぶのか?」
男が目を眇めてそう言ってきたので、エレノアはにこりと笑みを浮かべてやった。
「選びますとも。まさか、お客様は神様だとでもお思いですか?」
「おい! 先程から無礼が過ぎるぞ!!」
声を上げたのは後ろにいた従者だ。自分の主人にこんなナメた態度を取る人物に、初めて出会ったのだろう。相当いらついている様子だ。
一方、当の主人はあまり気にしていないのか、表情ひとつ崩していない。しかし、一歩も引く気はないらしく、強い眼差しでこちらを見据えてくる。
「悪いが、お前に依頼を受けてもらうまで、帰る気はない」
やはり彼はこちらの本業のことを知っているようだ。だがこの男が持ってくる依頼なんて、厄介なものに決まっている。面倒事はゴメンだ。
この困った客に、エレノアはやれやれと大きく溜息をついた。そして後ろを振り返り、しゃがんで双子と目線を合わせ、微笑む。
「ミカエル。今日の夕飯は、お前が作るビーフシチューが良いな」
「へ?」
急に脈絡のないことを言われ、ミカエルはポカンと口を開け目を丸くしていた。隣のマリアも、不思議そうに二人の会話を聞いている。
「どうしても食べたい。作ってくれるか?」
「そ、それは、もちろんですけど……」
「ありがとう。じゃあ、マリアと一緒に買い出しに行っておいで」
ミカエルは今の言葉で、エレノアが二人をこの場から遠ざけようとしていると察したようだ。すぐにまた不安そうな顔に戻ってしまった。
「……姉さまは……?」
エレノアは、不安げに見つめてくるミカエルの頭を優しく撫でた。
「私は大丈夫。さあ、行っておいで」
「わ……わかりました。行こう、マリア」
物わかりの良いミカエルは、すぐにマリアの手を引いて店の裏に入っていった。
「さて、と」
エレノアは立ち上がり、再び客に向き合った。
話だけ聞いてやれば、少しは満足するだろうか。
どうしても依頼を受けなければ帰らないと言うなら、最悪、依頼を受けるふりをして、あとで失敗したと報告するしかない。
そして、双子が店の裏口から出ていく音が聞こえたタイミングで、エレノアは口を開いた。
「立ち話もなんです。奥へどうぞ」
そうしてエレノアは、二人の男を応接室へと招いた。
ブロンドの若い男は、長くスラリと伸びる足を組み、エレノアの対面で悠然と座っている。一方従者の方は、主人の後ろで姿勢良く立って控えていた。
「さて。こんなしがない文具屋の店主に、一体何の依頼を受けて欲しいと言うのでしょう、フェリクス殿下」
エレノアが名を言った途端、ブロンドの男――この国の皇太子、フェリクス・ヘイスティングスの片眉がピクリと動いた。
「知っていたのか」
皇太子とはいえ、彼の顔を知る一般市民はあまりいないだろう。お目にかかれる機会がないからだ。
エレノアも、以前皇城で仕事をした時に一瞬見かけたくらいだったので、思い出すのに時間がかかってしまった。




