case2ー9.答え合わせ(2)
「バークレー警部曰く、ここ最近で少女が行方不明になる事件はなかったんですよね? だとすれば遺体の正体は、行方不明になっても事件にならない人物だと考えられますが……」
ミカエルはそこまで言うと、考え込むように黙ってしまった。肝心のその人物が思いつかないのだろう。
すると、マリアが兄の意見に疑問を呈する。
「うーん……でもお兄さま。そんな人、いる? この街にも浮浪者や孤児はいるけれど……そんなに数は多くないし、都合よく自分と似た体格の人を見つけられるかしら?」
「そうだよね……」
妹の指摘に、ミカエルは難しい顔になりながら同調する。彼が黙って考え込んでいたのは、やはりマリアと同じ疑問を抱いていたからのようだ。
再び行き詰まってしまった彼らに、エレノアは一言だけ助言した。
「隣国ノスキア」
「「……っ! 内紛から逃れてきた難民!!」」
双子は揃ってハッと目を見開き、見事にピタリと声を合わせて正解を言い当てた。流石、賢い二人だ。
エレノアは微笑みながら「上出来だ」と二人を褒めると、そこから少し説明を加えた。
「裏取りしたわけではないから確証は得ないが、その可能性が高いだろう。双子は標準的な体格だ。この街に流れてきた大量の難民から自分に似た体型の女を見繕うくらい、それほど難しいことではなかったと思う」
現在、この街には多くの難民が流れてきており、路地裏には若者から年寄りまで寄る辺のない人々で溢れかえっている。当然、そこには戦争孤児も多く含まれる。その中から少女が一人消えても、誰も気に留めないだろう。
恐らくアニーは、難民が流れ込んできた時点で「自分の死の偽装」の計画に使えるめぼしい人物がいないか、あらかじめチェックをしていたはずだ。でなければマイソン子爵が殺害された直後、咄嗟に身代わりの少女を連れてくることなどできない。
「ですが、姉さま。アニーはどうやってその難民の少女を屋敷まで連れてきたのでしょうか? なにか甘い言葉で唆して屋敷についてこさせてから、銃で殺して火を付けた、とか? 確か、火災発生とほぼ同時刻に、使用人が銃声を聞いたんですよね」
エレノアが彼の疑問に答える前に、マリアが口を開いた。
「でも、アニーがその少女を連れてきたのは、きっと真夜中よ? 寝ているところを急に起こされて、はいそうですかって、ついて行くかしら?」
マイソン子爵の殺害時刻が二十一時半から二十二時頃。そして、火災発生時刻が翌日の深夜二時頃。アニーが難民を屋敷に連れてきたのは、その間の時刻ということになる。当然、路地裏の難民たちは皆寝静まっていただろう。
そして、マリアがさらに自分の見解を述べる。
「それに、難民の少女を銃で殺したとは限らないわ。屋敷につれて来た時に生きていたら、声とかで使用人にバレちゃう可能性があるもの。あらかじめ外で殺してから運んだのかも。あ、でもその場合、死体を運ぶのに男手が必要ね……」
「それなら家令の男がいるよ、マリア。使用人の中で唯一姉妹の味方だった、家令の男が」
自分の助言がなくても答えを導き出していく彼らを見て、エレノアは思わず微笑んだ。その後も双子は二人で議論を重ねていたが、どうやらそこで行き詰まってしまったようで、おずおずと尋ねてくる。
「お姉さま。外で殺したら流石に周りの難民が気づくわよね……? ただの素人が物音を立てずに殺すなんて、できないでしょうし……」
「難民の少女に『ついて来い』と言うにしても、誰かしらにその会話を聞かれるはずです。一体どうやって、アニーは少女を自分の部屋まで連れてきたんでしょうか……?」
マリアの言う通り、外で殺すといくら真夜中とはいえ周囲の人間が騒ぎ立てるはずだ。物音で誰かしら起こしてしまうだろう。会話をする場合も然り。それくらい路地裏には難民が密集している。
そして、マイソン子爵殺害が露呈する翌朝までに身代わりの死体を用意できなければ、アニーの計画は失敗に終わる。時間のない中で難民の少女を起こし、自分についてくるよう交渉するのは現実的ではない。無理に連れ帰るのも叫ばれて終わりだ。
二人に尋ねられたエレノアは、自分の見解を述べ始めた。
「難民の少女は、アニーが連れ去ろうとした時点ですでに亡くなっていたんじゃないかと、私は考えている。ここ最近は寒波の影響で冷え込みが厳しい。着の身着のままたどり着いた難民が、ここで何日も生き延びられる確率のほうが低いだろう」
アニーはイリスの犯行を知った後、皆が寝静まった頃合いを見計らって、自分が目星を付けておいた難民の少女の居場所へ家令と共に向かった。
しかし、その時すでに少女は冷たくなっていた。あるいは、もっと前に亡くなっていて、アニーはその事を知っていた可能性もある。
いずれにせよ、アニーにとって少女の死は非常に好都合だっただろう。そのおかげで、難民たちが身を寄せ合って眠る中、物音を立てずこっそりと少女を屋敷まで運ぶことができたのだ。
そしてその間、イリスはアニーに指示され、寝静まる屋敷に油を撒いて回った。
一人で身代わりの死体の手配から放火の準備までするのは流石に骨が折れるが、こうして手分けをすれば容易かろう。
アニーは帰宅後、少女の遺体を物置部屋に運び込んでから、父親の部屋にあった拳銃で少女の顎を撃ち抜いた。これには「アニーが自殺した」と見せかけるためと、万が一にでも身元が照合されないよう歯を砕く、という二つの理由があったのだろう。
その後アニーは、物置部屋を放火。そして混乱に乗じて行方をくらませ、しばらくの間、身を潜めた。
一方のイリスは、物置部屋の放火と同じタイミングで父親の部屋に火を付けた。
それからイリスは屋敷中に声をかけ、使用人たちを逃がして回った。姉の部屋へ向かったのが一番最後だったのは、そこに助けるべき人がいないと、あらかじめわかっていたからだろう。
それでも火の手が強い姉の部屋へわざわざ向かおうとしたのは、それが妹として自然な行動であるからだ。大好きな姉の心配もせずさっさと逃げるのは、周囲の目には不自然に映る。
そして、使用人の誰かに「姉は物置部屋にいる」と印象付けたい側面もあったのだろう。実際、メイドの一人が姉の部屋に向かうイリスと出くわしている。これも全て、アニーの思惑通りだったのかもしれない。
事件の概要は、おおよそこんなところだろう。
その後、双子はローリーに事情を話し、助力が得られないか相談した。そもそもアニーが身を潜めていた場所も、最初からローリーのところだったのかもしれない。
そしてローリーは、使用人として雇うという形で彼女たちを守ることに決めた。ヘンストリッジ子爵家の全員が事情を知っているのか、ローリーしか知らないのか、それはわからない。
しかし仮にローリーしか事情を知らないとしても、幸い彼女たちは瓜二つの双子だ。片方が使用人として表舞台に立っている間、もう片方は部屋に隠れていれば良い。
「まあ、全ては情報から導き出した推測に過ぎない。だが事件の真相を知るのは、当人たちだけで十分だ」
エレノアがそう言って自分の見解を締めくくると、マリアが少し物悲しそうな表情で口を開いた。
「この事件の真相を暴いても、誰も幸せにならない。だから今回お姉さまは、バークレー警部に協力しなかったのね」
「ああ。彼女たちは自分たちを虐げてきた父親に自らの手で鉄槌を下し、そして自由を掴み取った。それで良いじゃないか」
マイソン子爵は親としては最低の部類だろう。子を自分の道具としか思わず、個人としての尊厳を無視する。エレノアはそういう人間がこの世で最も嫌いだった。
しかしこの時代、子を自分の所有物や政治の駒だと考える親は少なくない。
いかに自分の子を条件の良い相手と結婚させ、家を繁栄させるか。そればかりに執着する親が一定数いるのは事実だ。エレノアもこの仕事をしていて、酷い親を嫌というほど見てきた。
一方で、親から子を守る法律は、この国にはまだ存在しない。
「双子は罪を償うべきだ」と言う者もいるだろう。しかし、正論だけで生きていくには、この世界はあまりにもつらく厳しい。
それに、憎き父親亡き今、アニーとイリスがこれ以上罪を犯すことは、きっとないはずだ。もしそんな危険性をはらむ人物なら、ローリーが匿ったりはしないだろう。
二人の未来は前途多難ではあるだろうが、どうかローリーの元で少しでも幸せな日々を過ごして欲しい。
「ですが姉さま。よく『アニーが自分の死を偽装した』なんて発想に行き着きましたね。そんな可能性、思いつきもしませんでした」
ミカエルが心底感心した様子でそう言うので、エレノアは目を眇めてニヤリと笑いながら、気まぐれにこう返してやった。
「昔、自分も似たような事をしたことがあってな」
「「ええっ!?」」
エレノアは双子に自らの過去を話していない。触れて欲しくないのを察してか、二人も自分たちから聞いてくることはない。だからエレノアから急に過去の話が出てきて驚いたようだ。
双子は昔の話を聞いてもいいと解釈したのか、その後しばらくエレノアを質問攻めにした。しかしエレノアは、それ以上答えることはしなかった。
二人に自分の過去を明かすつもりは、今のところまだない。




