case2.プロローグ
マイソン子爵家の次女イリスは、汗だくになりながら屋敷中を駆け回っていた。
汗がひっきりなしに吹き出てくるのは、休まず走っていたせいではない。屋敷が燃えているせいだ。
「ハッ……ハアッ……火事よ……! 火事よ! 皆、逃げて!!」
今はまだ真夜中で、使用人たちは眠っている時間帯だ。イリスは、自分が皆を逃さなければならないという強い使命感に駆られていた。
イリスの声で異変に気づいた使用人たちは、悲鳴や叫び声とともに大慌てで屋敷の外へと逃げて行く。
イリスは屋敷の広さを呪いながら、隅から隅まで声をかけていった。
「ハァ……ハァ……。これくらいで、いいかしら……」
火の手が上がってすぐに屋敷中に声をかけて回ったので、もうほとんどの使用人たちは逃げ延びているはずだ。
気づけばすぐそこまで火の手が迫ってきていたが、しかしまだ、やらなければならないことがあった。
「イリス様もお逃げください!!」
メイドに腕を掴まれたイリスは、悲壮感に溢れた表情でこう訴える。
「でも……でも、まだお姉様が!!」
イリスにはアニーという瓜二つの双子の姉がいる。
姉とは幼い頃からずっと助け合って生きてきた。とても仲良しで、大好きな姉だ。姉は自分よりもずっと賢く、ずっと強かった。
「この火の手ではもう無理です! さあ、早く!!」
「お姉様を見捨てろって言うの!?」
イリスはメイドに言い縋ったが、その言葉が聞き入れられることはなかった。
そうしてイリスは、メイドに半ば強制的に手を引かれ、燃え盛る屋敷から脱出するのだった。




