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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case1.断罪された女

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case1.エピローグ


 アメリが捕まり数日が経った頃。


 エレノアは店の裏でゆったりとパイプを吸っていた。レイクロフト伯爵家への潜入も終わり、ようやく一息つけたので、ここ数日はのんびりとした日々を過ごしている。


 フゥーっと吐き出した煙をただぼんやり眺めていると、裏口の扉が小さく開きミカエルが顔を覗かせた。


「姉さま。バークレー警部がお見えです」


「ああ、今行く」


 タバコの火を消して応接室へ向かうと、日に焼けた男がソファに腰掛け出された紅茶をすすっていた。


「よお、エレノア。今回も随分と大物を釣り上げたもんだな」


 この男はアルデン・バークレー。四十手前のくたびれた男だ。


 そして彼は、アメリと対峙したあの夜にエレノアが埠頭に呼びつけた警察の人間である。


 オルガルム帝国には警察という治安維持組織が存在する。といっても、ここ数年で作られたまだ新しい組織だ。


 従来は各地の領主がそれぞれ治安の維持に努めていたが、国の発展や都市化に伴い破綻しかけていた。そこで、現皇帝が体系的な組織を作り上げたのだ。


 バークレーは警部という立場にあり、そこそこの地位にいる。エレノアは彼と知り合ってからというもの、何かにつけて彼を便利に使っていた。


「あの女は洗いざらい吐いたか?」


 向かいのソファに腰掛けながらそう問うと、バークレーは満足そうに頷く。


「ああ。父親殺しの件までしっかりとな」


 そしてバークレーは、分厚い封筒をテーブルの上に置いた。


「今回の礼だ」


「へえ? 随分と報奨金が出たんだな」


 バークレーとはあくまで個人の関係であり、エレノアは警察そのものと協力し合っているわけではない。

 

 今回のように何らかの事件に関わった際も、警察には自らの存在は伏せている。エレノアも裏では人に言えないようなことをしているので当然だ。


 そのため、事件は全てバークレーが解決したことになっている。彼はエレノアのおかげでこうして何度も特別報奨を得ているのだ。


 エレノアはテーブルの上の封筒を手に取ると、中から札を一枚だけ抜き取った。そして、まだ分厚いままの封筒をバークレーに向かって投げ返す。


「どうして毎度受け取らない?」


 バークレーは眉間にシワを寄せながら怪訝そうに問うてきた。


 裏社会の人間の協力を得ている罪悪感からか、彼はいつも律儀に報奨金の半分をエレノアに差し出してくる。しかし、エレノアがそれをまともに受け取ったことは一度もなかった。


「それくらいの金額、私にとっては端金(はしたがね)だ」


 その言葉にバークレーは不愉快そうに顔を歪めた。


「ああ、そうかい」


「私に渡すくらいなら、お前の可愛い娘に使ってやれ」


「そうするよ」


 バークレーは封筒を素直にジャケットの裏ポケットに仕舞った。


 彼は妻子持ちで娘が一人いる。歳はミカエルたち双子と近く、十歳やそこらだ。そして彼は一人娘を大層溺愛している親バカなのである。


 すると、バークレーが心底不思議そうな顔で尋ねてきた。


「しかし、お前さんがこういう事件に首を突っ込むのは珍しいな。ウィラード卿やキャサリン嬢が殺されるのを見過ごせなかった、とかいうタマじゃねえだろ」


「ああ。正直あの二人がどうなろうが、別にどうでも良かった」


 エレノアがサラリとそう答えると、彼はより一層怪訝そうな顔になる。


「だったらどうして」


「この国はこれからミカエルとマリアが過ごしていく場所だ。ああいった危険人物は、排除しておくに越したことはない」


 ニヤリと口角を上げるエレノアに、バークレーは呆れたような反応を示した。


「相変わらず過保護だな」


「親バカのお前に言われたくはないがな。だが、アメリは人を殺すことに躊躇がない。ああいう人間はできればずっと牢にぶち込んでおいてくれると助かる」


 その言葉にバークレーはアメリの事を思い浮かべたのか、少し眉根を寄せた。


「それにしても恐ろしい女だったな。まさか周囲からの同情を得るために、二年近く演技をし続けていたなんて」


「同情というのは、人を操るには非常に便利な感情だからな。お前の娘にも教えておけ? 欲しい男ができたら、まずは涙を見せろとな」


「そんなこと誰が教えるか! もし万が一俺の娘に会っても、お前は絶対に何も喋るなよ! 一言もだ!」


 エレノアのからかいに、バークレーは怒ったように声を荒げた。相変わらず子煩悩な男だ。


 その反応にクスクスと笑っていると、バークレーはやれやれというように肩をすくめた。


「まあ、今回のことは感謝する。おかげで報奨金がたんまり入ってきた。また何かあればよろしく頼む」


 彼はそう言うと、挨拶もそこらにさっさと店を去っていった。


 そして、エレノアが新聞を読みながら椅子に座って店番をしていると、バークレーと入れ違うようにまた一人の男が店にやってきた。医者のアレン・オーウェンズだ。


「こんにちは、エレノア。君が店に出ているのは珍しいね」


 閑古鳥の鳴くこの文具屋に客が来ることはあまりない。来るとしても、婚約破棄代行の依頼人か、エレノアの仕事関係の人間くらいだ。そんな店に一日に二人も来客があるとは、今日はそこそこ珍しい日である。


「ミカエルとマリアは夕飯の買い出しに行ってる」


「なるほど」

 

 アレンを応接室へ案内しようと立ち上がると、彼がすぐにそれを制した。


「ここでいいよ。すぐに戻らないといけなくて」


 その言葉に、エレノアは彼の要件をすぐに察した。


「私が送り込んだ患者のことか?」


「うん。一応伝えておいたほうがいいかと思って」


 アメリが捕まった後、エレノアは警察の人間に変装しウィラードに事の顛末を説明した。そして、アレンが院長を務めるオーウェンズ病院で一度診てもらうよう勧めたのだ。


「ウィラード卿は無事だよ。一応経過観察は続けるけれど、それほど毒の摂取量が多いわけでもなかったからね」


「ありがとう、アレン。無理を言ってすまなかったな」


 エレノアが礼を言うと、アレンは少し困ったように眉を下げた。


「それは全く構わないんだけど。エレノア、君、また危ないことをしたね?」


 アレンはよく頭が切れる。アメリに関する事件や埠頭での銃撃事件を新聞か何かで知り、それに加えウィラードが患者として病院に来たことで、すぐにエレノアがそれらの事件に関与していると察したのだろう。


「さあ?」

 

 両手を広げ肩をすくめるエレノアに、アレンはまた困ったように笑った。

 

「僕は君の行動を止められる立場にないから、何も言えないんだけど。まあ君が無事で良かった。怪我がなくて安心したよ」


「ご心配どうも、先生。気持ちだけ受け取っておくよ」


 エレノアが微笑み返すと、アレンは「タバコは程々にね」と釘を刺してから宣言通りすぐに帰っていった。


 彼の背を見送った後、エレノアは再び新聞を広げ双子が帰ってくるまで時間を潰すのだった。


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