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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case1.断罪された女

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case1ー10.埠頭にて(3)


「なっ……! 嘘でしょ!?」


 そう声を上げたのはキャサリンだ。


 彼女だけでなく周囲の男たちも驚いたように小さくざわめいている。エレノアとアメリだけが、静かな睨み合いを続けていた。


「金庫の中には心臓発作を引き起こす毒物も置いてありました。それは摂取すればすぐに死に至るものの体に目立った痕跡が残らず、それこそ解剖でもしない限り死因がわからないようなものでした。それ故に、当時は特に事件にもならずただの病死として扱われた」


 四年も前のことだ。流石に物的証拠は残っていなかった。だからこれは、状況証拠から導き出しただけの推測に過ぎない。しかし、アメリがこの罪を認めるかどうかで、彼女の刑の重さが大きく変わってくる。


「そして父親を殺してすぐに、あなたは懇意にしていたレイクロフト伯爵にこんな事を言ったのでしょう。父が突然亡くなってしまって、これからどうしていけばいいかわからない。誰か母と再婚してくれる人が現れないだろうか、と」


「まさか……伯爵家の人間になるために自分の父親を殺したっていうの……!?」


 流石のキャサリンも気づいたらしく、驚愕と侮蔑の視線をアメリに向けていた。対するアメリは、無表情で沈黙している。


「母親と旧知の仲だったレイクロフト伯爵は、昔からあなたを可愛がっていた。夫が亡くなり実家にも帰れない妻とその子供がどういう未来を辿るかは想像に難くない。心優しい伯爵は、あなた達を見捨てることなどできなかった」


 そこまで言ってから、エレノアは薄く口角を上げた。


「あなたは先程仰っていましたね。『子は親を選べない。だから自分の手でここまで来た。自分の相応しい居場所に、自分でたどり着いた。そして私は侯爵家の夫人になるのだ』と」


 この発言を引き出してくれたキャサリンには感謝していた。状況証拠しかないところに、アメリの自白とも取れる言葉が降って湧いたのだから。


「男爵家から伯爵家へ、そして最終的には侯爵家へ。あなたは見事に駆け上がっていった」


 エレノアが語り終えると、しばしの沈黙が流れた。


 キャサリンと男たちの視線はアメリに集中しているが、当の本人はその顔に何の感情も浮かべておらず、ただ無表情のままわずかに俯いている。


 そして、彼女からポツリと言葉がこぼれ出てきた。


「……浮気者なんて、この世に存在する価値などないとは思わない?」


 そう言う彼女は依然として表情を動かさない。


「あの男は母を蔑ろにし、あまつさえ暴力まで振るってきたクズだった。だから殺した。ただ、ゴミを掃除しただけ」


 その行為がまるで当たり前かのように。それがさも真っ当な理由であるかのように。淡々と彼女は語る。


「一度浮気した男は必ず繰り返す。ウィラード様だってそう。だから彼のことも殺そうとした」


 完全なるアメリの自白。それを勝ち取ったエレノアは、わずかに息を吐いた。


 エレノアが彼女とこれほどまでに長々と会話を続けたのは、ウィラード殺害未遂と父親殺しの言質を得るためだった。いつでも実力行使(こうし)で捕らえることはできたが、それではキャサリン誘拐でしか立件できない。


「落ち目のジール侯爵家も、わたくしなら立て直せるわ。だって、彼よりわたくしのほうが何倍も優秀ですもの」


「それに関しては私も同意します」


 ウィラードはそれほど成績が悪いというわけでもなかったが、やはり頭の出来はアメリよりも数段劣る。彼がもう少し聡明な男であったなら、そもそも公衆の面前で婚約破棄を言い渡すなど馬鹿な真似はしなかっただろう。


 すると、アメリの表情がようやく動いた。


「でも、あなたはわたくしよりももっと優秀だわ。本当、何者なのかしら」


 乾いた笑みを浮かべながらそう言う彼女は、疲れたように溜息をついていた。


「そこまでわかっていたのなら、どうしてわたくしを警察に突き出さなかったの?」


「殺害に関する決定的な証拠がなかったからです。毒物を所持しているだけでは弱かった。だからあなたに事を起こさせ、まずは現場を抑えることに」


 アメリが最後まで(しら)を切り通し自白しなかったとしても、最悪キャサリン誘拐の件で警察に引き渡す事ができる。だからウィラードに毒を盛っていることも、キャサリンを誘拐することもあえて見逃した。


 毒の小瓶を安全なものにすり替えられればよかったのだが、あの毒は特有の香りを持つので代わりを用意することができなかった。


 そのためウィラードにはしばらく毒を摂取し続けてもらっていたのだが、アメリを捕らえるために沈黙していた詫びとして、腕利きの医者であるアレンに彼の治療を頼んだのだ。


「アメリ嬢。あなたの最大のミスは、ウィラード卿を取り戻す際に第三者を頼ってしまったことだ。そしてその第三者を侮り、演技をするのを(おこた)った」


 アメリが自分でウィラードを取り戻すよう動いていたら、あるいはエレノアたちの前でも完璧な演技をしていたら、恐らく彼女は自分の計画を最後まで遂行できていただろう。


 しかし、エレノアを頼ったのが運の尽きだった。


「そうね。あなたの言う通りかもしれない。お父様やジール侯爵家に訴えかけて自分で取り戻すこともできたけれど、でもそれだと彼の心までは戻ってこなかったでしょう。それではダメだった。だって、愛し合っているように周囲から見えなければ、彼を殺した時に自分が疑われる可能性が高まるもの。だから、あなた達を頼ってしまった」


 アメリはどこか憑き物が落ちたように、遠くを見ながら静かに語っていた。そして、話し終えるとエレノアの方に視線を戻してくる。


「でも、あなたもミスを犯したわ。しがない文具屋の店主さん」


 そう言う彼女の表情には、余裕のある笑みが浮かんでいた。


「あなたは警察に頼るべきだった。まさか一人でこの場を切り抜けられるとお思い? それともわたくしがあなたを無傷で見逃すとでも?」


 そしてアメリは無表情に戻ると、何のためらいもなく男たちに向かって言った。


「この女を殺した者には、報酬として五百万シリカを与えるわ」


 その言葉に男たちは色めき立ち、一斉に武器を構え始めた。彼らが手に持つ銃や剣がエレノアを取り囲む。


 その様子に、エレノアはフッと嘲笑混じりの吐息を漏らした。


「私の命がたった五百万シリカとは、随分と舐められたものだ。でも、やはりあなたから金をせしめておいて良かった。銃弾もタダじゃないのでね」


 たかが十人程度。エレノアにとってはこの場を制圧することなど赤子をひねるに等しかった。


「殺しなさい!」


 アメリの声を合図に、男たちが雄叫(おたけ)びを上げて攻撃を仕掛けてくる。まずは銃を持っている三人が、エレノアの頭や体に向かって一斉に発砲した。


 しかし、エレノアはさらりと軽やかにかわす。


「おいおい、お前らは素人か? 私を取り囲んだ状態で撃ったら味方に当たるだろうが、馬鹿が」


 その言葉通り、男たちの銃弾は対面にいる仲間に見事命中してしまい、一度に三人が倒れた。


 拳銃は基本的に軍事用であり軍人しか手にすることがない。闇市場に出回るようになったのも近年になってからだ。


 そのため、無法者であっても銃の扱いに慣れている者は少ない。彼らが銃撃戦に不慣れなのも当然のことだった。


 次は剣を持った男たちが襲いかかってくる。


 エレノアは彼らの攻撃を避けながら器用に拳銃で彼らの手や腕を撃ち抜き、一気に四人の手から剣を落とさせた。負傷した彼らはもうこの場では戦力にならないだろう。


 銃から剣に切り替えた男三人も向かってくるが、最初にエレノアの元にたどり着いた男からいとも簡単に剣を奪うと、ほんの二振りで残りの二人も片付けた。


 剣を奪われた男が最後のあがきで再び銃を向けてきたが、その男が引き金を引く前に、エレノアは剣と銃をさっと持ち替え、男の手に銃弾をお見舞いしてやる。すると男は「ぐああっ」と鈍い声を上げ拳銃を落とした。


「雑魚は寝ていろ」


 最後のおまけに拳銃の台尻で男の頭を殴ると、彼は短い悲鳴を上げて気絶した。


 その場を鎮圧するまで、時間にしてみれば一瞬だった。


 すると、アメリとキャサリンが揃って信じられないというような表情で声を漏らす。


「冗談でしょ……?」


「何なの、あの女……」


 エレノアは退屈そうな顔で奪った剣を放り捨てると、コツコツと軽やかな靴音を響かせてアメリに近づく。


「キャサリン嬢を攫うだけならそれほど屈強な男は不要だと思ったのでしょうが、もう少しマシな男を雇っておくべきでしたね。まあ、それでも無駄金に終わったでしょうが」


 一歩、また一歩と近づくエレノアに、アメリはあからさまな恐怖の表情を浮かべていた。


「来ないで……来ないで……!」


 そして彼女は男が取り落とした拳銃をさっと拾うと、エレノアに向かって突きつけてくる。


「これ以上近づいたら撃つわよ!」


 エレノアは一瞬歩みを止めたが、片方の口角を上げすぐに一歩踏み出した。


「どうぞ?」


「う……うわぁぁぁあ!」


 追い詰められたアメリは、ヤケになった様子で乱雑に引き金を引いた。しかし銃弾はエレノアにかすりもせず、虚しい銃声だけが響き渡る。


 そして、アメリが何度目かの引き金を引いた時とうとう弾切れになり、彼女は絶望したような顔で荒く息をしていた。


「ハ……ハァ……ハァ……」


 エレノアはその時には既にアメリの眼の前まで来ていた。アメリの頭に銃を突きつけると、彼女は腰を抜かしたのかヘナヘナとその場に座り込む。


「アメリ嬢。もっと脇を締めなければ。そして相手をしっかり見なければ当たるものも当たりません。流石のあなたも、銃の扱いはご存知ありませんでしたか」


「あ……ああっ……」


 銃を向けられたアメリは恐怖でただただ打ち震えていた。そんな彼女にエレノアは冷ややかな視線を浴びせ、ゆっくりと引き金に手をかける。


 アメリは死を覚悟したように、ぎゅっと目を閉じた。


 カチッ。


「え……?」


 エレノアの銃は男たちを倒した時に既に弾切れになっていた。もちろんエレノアは、そのことはわかった上でアメリに銃口を向けていたのだ。


 驚いたような表情で見上げてくるアメリに、エレノアはにこりと微笑む。


「私は別にあなたを裁きに来たのでも殺しに来たのでもありません。そういうのは警察の仕事ですので」


 すると、図ったようなタイミングで遠くから複数人の男の声が聞こえてきた。あらかじめ呼んでいた警察官たちが到着したのだろう。


「あなたの所業については知り合いの警部に全て話してあります。そして、ここにいる全員があなたの自白を聞いています。ですので、取り調べではどうか正直にお話しくださいね」


 アメリにそう言った後、エレノアは銃をしまうと代わりにナイフを取り出し、キャサリンを縛っていた縄を切ってやった。そして、彼女の耳元でささやく。


「キャサリン嬢。今宵見たことは全て忘れたほうがあなたの身のためかと。そして、身の丈に合わない結婚は望まないほうが、きっと幸せになれますよ」


 用が済んだエレノアは、警察が到着して面倒事になる前にさっさとその場を後にした。


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