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姉が嫌だといったので妹の私が竜の国にお嫁に行った話

作者: ドヴァーキン


「竜の国に行くなんて嫌よ」


 姉がそう言ったので、妹である私にその役割は回ってきた。


 代々私たちの王国と竜の国は同盟関係にあった。私たちの国は金銀を竜の国に渡し、竜の国は勇敢な竜の兵士たちで王国を守ってきたのだ。


 その竜の国から今年は違う要求があった。


「是非ともそちらの王家の人間を我が息子の妃として迎えたい」


 竜の王国の使いはそう伝えたそうだ。


 そして、白羽の矢が立ったのが私と姉であった。


 末席ながら王族である私と姉。そのふたりのどちらかが竜の国に嫁として行くこととなり、姉はそれを拒否した。


 だから、私はこれから竜の国に行く。


 王族を送る豪華な馬車が竜の国に向けて進む。私を乗せて進む。


「やあやあ。ようこそ、竜の国へ!」


 国境では小型の竜の兵士がいた。小型と言ってもポニーぐらいはあるが。


 馬車の馬が本能的に竜を恐れて激しく嘶き、私は慌てて馬車を降りる。


「私たちは王国のものです。名はクラウディア。そちらの国のアウルス殿下との婚姻のために参りました。こちらは我々の国王から文です」


「おや? 竜語をお使いになられるのですか?」


「ええ。勉強してまいりました」


 竜たちが使う独自の言語である竜語。人間とかかわりのある竜ならこの言葉は不要だが、もしものためにと覚えてきたのだ。


「なんとも素晴らしい。竜王陛下からは丁重にお迎えするように言付かっております。王城までお送りしましょう。こちらへどうぞ!」


 国境警備の竜はそういうと待機していた彼より大きな竜を指す。その竜には人間を乗せるための籠が下げられており、それに乗れというように、その中型の竜が促す。


 私は恐る恐るその竜の籠に入ると、中型の竜が翼を広げて飛び上がった。


 空から見る竜の国はどこか不思議な感じがした。農耕を行っているのは竜の国が招いた人間の開拓団で、彼らは竜たちのために牛などの家畜を育て、その対価に黄金や宝石を得るのだ。


 だから、王城のバルコニーから見たような都市はほとんどない。


「もうすぐ着きますよ、王女殿下」


 中型の竜がそう言うと竜の国の王城が見えてきた。それは人間と竜がともにつくったという伝説もある、立派な城であった。


「ようこそいらした! 歓迎しましょう、クラウディア!」


 竜王は齢1000歳の老竜で、人間の言葉で私を出迎えてくれた。


 しかし、王座の間には竜王の妃である王妃や、他の王族の竜たちは見当たらない。そもそも妃になるべくしてきたアウルス殿下らしき竜も見当たらない。


「そなたには期待しておるぞ。さあ、卵のところへいかれよ」


「卵……?」


「むろん、そなたの夫となる我が息子アウルスの卵だ」


 どうやら竜の国では卵から生まれる前から王族としての権利があるらしく、妃になる私はまだ卵の中にいるアウルス殿下と一緒に過ごすことになった。


「どうぞお国の言葉で話しかけられてください」


 案内した執事の竜はそう言って大きな卵と私を置き、立ち去った。


「初めまして、クラウディアです、アウルス殿下」


 卵から返事があるわけではないが、私は言われたように卵に向けて話す。


「私の国では北部に運河があり──」


 王国のことをいろいろと話した。王国の歴史や産業、統治について。


「殿下が卵から出てこられたら、殿下の国の話も聞かせくださいね」


 とも、言っておいた。一方的に喋るのもなかなか辛い。


「昔、昔、あるところに──」


 おとぎ話も覚えているものを聞かせてみた。これでは妃ではなくお母さんだと思い、途中でやめてしまったが。


 いくつかの話を聞かせているうちに卵がゆっくりと色を変えてきた。


「そろそろお目覚めになります」


 竜の医師はそう言って立ち会うように私に求めた。


 殻が割れ、そこからおっとした表情で、既に小型の竜ほどはある幼竜が姿を見せた。その幼竜は私の方を見ると駆け寄ってきた。


「やあ、クラウディア! ずっと会うのを楽しみにしていたよ。君の話していた赤い頭巾の女の子の話、続きを聞かせてくれないかな?」


 アウルス殿下は最初にそう言ったのだった。流暢な人間の言葉で。


「僕は人間の言葉を覚えなければならなかったんだ」


 アウルス殿下は湯汲と最初の食事を終えると私にそう言った。


「竜王陛下は僕たち竜にも学問が必要であり、それは君たちの王国から取り入れるべきだと考えたんだよ。それでしっかりと言葉を学ぶために君を招いたんだと思う」


 竜は卵の中にいる時から言葉を学んで覚えるそうだ。


「それなら必要なのは妃ではなく、家庭教師でしたね」


「それでは扱いが不平等だと思うよ」


 そうか。竜の国では王子の妃になることは名誉なことなのだと私は思い直した。


「でも、そうだね。君からしたら異国の地に無理やり妃として行かされたわけだし……。家族が恋しくなったりしていない?」


「大丈夫ですよ。それより何故急に学問を取り入れたくなられたのでしょうか?」


「僕たちの母である王妃がずっと具合が悪いからだと思う。王妃だけじゃないよ。他の竜たちでも古参の兵士たちなどに具合がずっと悪いものたちがいるって」


「具合が悪い……」


「とりあえず見に行かなくちゃ。君も手伝ってくれるかい?」


「もちろんです」


 竜の国にもし質の悪い疫病などが流行した場合、それは王国の危機ともなる。


 竜の古参兵たちは質素な小屋の中で横になっていた。鼻ではなく、口で息苦しそうに呼吸をしていた。せき込むようなものも多い。


「アウルス殿下。念のために布で口と鼻を覆われてください」


「分かった」


 流行り病の多くは悪い空気が原因だという。それは患者から健康なものに移るため、マスクをするようにと王国の医師が言っていたのを思い出した。


 私とアウルス殿下は小屋の中をあれこれと見て回る。


「ふむ。少し冷えていますね。病人にはあまりよくない環境です」


「それなら暖炉を作らせよう。それでいいかな?」


「まずはひとつですね」


 小屋に暖炉が作られ、少しばかり古参兵たちの具合がよくなったと聞いた。


 しかし、まだ解決には至っていない。暖炉もあるし、医師の丁寧な看病も受けている具合の悪い王妃がいるのだ。


「母は老竜だから仕方ないのかもしれない」


 アウルス殿下の言葉にはそんなあきらめがあった。


「まだ諦めるのは早いですよ。私たちの国では長い病気になったとき療養のために空気のいい場所に行って療養に専念することがあります。それを試してみませんか?」


「なるほど! でも、どこら辺がいいのだろう? 僕たちは温かい土地が好きだよ」


「ならば温かい土地へ。地図を見せてください」


 なんと私が受け取った地図は王国の人間が作ったもので、とある重要な情報が記されていた。もっともこの地図を記したものにそのつもりはなかったかもしれないが……。


「ここだね。ああ。とても地面が温かいよ!」


「ええ。この近くには温泉があるそうです。温かく、湿度もある。病にはいい場所ではないでしょうか?」


 そう、地図には温泉の場所が記されていたのだ。


 人間でも病のときに天然の温泉に浸かると具合がよくなったという話を聞いたことがある。それに賭けてみた。これがだめなら、もう私にできることはない。アウルス殿下の期待には沿えない。


「さあ、お前。ゆっくりと浸かるんだ」


「ええ……」


 それから王妃がゆっくりと竜王とともに温泉を訪れ、湯につかり、体を癒した。


 その結果が届くのを私とアウルス殿下は王城で待った。


「王妃は具合がよくなったよ! 君のおかげだね!」


「よかったです」


 王妃の体長は回復し、竜の古参兵たちも次々に温泉を訪れているという。


「竜王陛下も凄く喜んでいる。国民もだよ。君は王国から受け取ったどんな黄金より素晴らしい。これからも僕たちに知恵を貸してくれるかな?」


「ええ。もちろん」


「ありがとう、僕の妃」


 アウルス殿下はそう言ってその大きな翼で私を包んだ。


 生まれたときにはポニーほどの大きさしかなかったアウルス殿下も今では立派な竜だ。とても大きく、私の何倍もある。


 私とアウルス殿下はそれからも竜の国で起きる問題にともに取り組んだ。




 しかし、私のことを『温泉王女』と呼ぶのはやめてほしい。

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