第四夜金魚鉢の中の星空
まるでとびきり高級な水晶でできているような、丸い透明な金魚鉢の中に座って、ウェンディは星空を作っておりました。
私にはとてもできないことですが、ウェンディは非常に器用に、自分よりも大きな鋏を使いこなして、薄い銀色の紙を、細かく切り刻んでいるのです。
その大きな鋏で、彼女の白桃色のドレスのそこかしこに、まるで揚げ菓子にかけた粉砂糖のように、大量に縫いつけられたフリルを切ってしまわないか、その細く小さい指を切り落としてしまわないか、私は心配でなりません。
「大丈夫よ」
とウェンディは言います。
「小さい頃から、ずっとこの鋏を使っているのだもの。大丈夫よ」
けれども私は心配でなりません。
「この小さく切った銀色の紙を、壁中に張ったら、きっと、とっても綺麗よ。星空みたいに見えるわ」
ウェンディは楽しそうにそういうと、大きな鋏をいっそう一生懸命に動かして、小さな星の欠片をたくさん作り上げているのでした。
ウェンディが入っている、大きくて透明な金魚鉢を見上げて、私はウェンディに、この金魚鉢から出たことはあるかと尋ねました。
「ないわ」
ウェンディはこともなげにそう答えました。
しかし、金魚鉢の中から星空なんて見えるわけもありません。なら、ウェンディは星空を見たことなんてあるのでしょうか。私がそう訊くと、ウェンディは頬を赤らめて、微笑んで答えました。
「一度ね、お父様の知り合いの誰かが星空の写真を持ってきてくれたことがあるの。一度だったけれども、漆黒のびろうどの上に、銀を溶かして振り撒いてあったのよ。きらきらしていて、素敵だったわ」
ウェンディは夢見るようにして言うと、鋏をより急がせました。
「だからね、私も、星空を作るのよ。だって、とても美しいのだもの」
ああ、と私のついた嘆息は、ウェンディには聞こえなかったようです。
私は迷いました。ウェンディに本当のことを言うべきなのでしょうか。星空は、びろうどの上に銀の欠片を撒いたものではないということを。星空はけして手の届かぬ空の遥か高みにしかないものだということを。
丁寧に大きな鋏で切り刻んだ銀色の紙の細切れを、ウェンディは一つ一つ、金魚鉢の壁に貼り付け始めました。透明な壁に貼られた小さな欠片の向こう側に、ウェンディが隠れてしまいます。これでは私の声も届くかどうか。
ああ、と私は再度ため息をつきました。
私はどうしたら良いのでしょう。私には、ウェンディを丸い部屋からから助け出す術がありません。丸い金魚鉢の口は、上にしか開いていないのですから。私に翼があれば、話は別ですけれども。
そうしているうちにも、ウェンディは銀色の紙を壁に貼り付けていきます。白桃色のサテンのドレスが、あちら側に隠れていきます。
助けを呼ぶべきかと考えました。しかし、誰を呼べば良いのでしょう。私はすっかりわけがわからなくなってしまいました。
ああ、と、今度はため息ではなく、叫び声でした。
誰か、誰か、ウェンディを助けられる人がいたのなら、彼女をあの丸いガラス球から連れ出してあげてください。そして彼女に星空を見せてあげてください。
誰か、誰か。
東の空が、私が行かねばならない時刻を教えていましたので、もう私はそれ以上そこにはいられませんでした。
叫びながら、ウェンディを助けられない己の不甲斐の無さに泣きながら、私はそこを歩み去るしかありませんでした。
随分と行ってから振り向くと、流れ星が一筋見えました。それは、まるで、ウェンディの金魚鉢に向かって伸びていくような、綺麗な一筋でした。