第三夜 紅冠鳥と薔薇の棘
なぜだかはよくわからないのだけれども、薔薇が私を刺すので、私は悲しんでおりました。あの小さな棘で、ちくりちくりと刺すのです。
なぜだろう、と私は本当に悲しい思いをしました。
きっと薔薇は私のことが嫌いなのでしょう。赤く美しい薔薇には、私の地味でありふれた容貌が気に入らなかったのかもしれません。それとも、私には身の覚えがないけれども、気づかぬ間に、薔薇の気に障ることでもしたのでしょうか。
ですから、私はなるたけ薔薇の側には寄らぬようにしておりました。用心深く、その鋭い棘に触れないようにしておりました。
けれども、薔薇は私の友人である露草の隣に咲いていたもので、時折顔を合わせることもございます。すると、薔薇はふいと顔を背けて、口を噤んでいるのでした。
薔薇と紅冠鳥は大変仲の良い友達同士でした。どちらも真赤な見栄えがする者同士、二人で楽しそうに笑っていると、それはそれは華やかでございました。紅冠鳥と露草は、紅冠鳥が薔薇を訪れる間に親しくなり、その縁で私も、紅冠鳥と言葉を交わすようになりました。そのうちに、紅冠鳥と私は、連れ立ってあちこち回るようにもなりました。
ああ、思い出してみれば、薔薇が私を引っ掻くようになったのは、その頃からであったように思われます。
薔薇は、私が紅冠鳥を取ったりしないかと恐れているのでしょうか。
けれども、紅冠鳥と私が連れ立って歩くのは、薔薇と露草が歩けないからで、少し仲が良くなっても、紅冠鳥が私よりも薔薇のほうが好きなことは違いありませんし、私が紅冠鳥よりも露草のほうが好きなことも変わりありません。
紅冠鳥と薔薇は大層仲が良いのです。偶さか喧嘩をすることもあります。そういう時は、きまって紅冠鳥が謝りに行くではありませんか。気位の高い薔薇は決して自分から謝ったりはしないので、紅冠鳥はあの甲高い声でいつも己が頭を下げねばならない不公平さについて一頻り文句を言った後、薔薇の元へまっしぐらに飛んでいくではありませんか。
取ったりしないのに。
そう呟いてみても、こちらを向かない薔薇には聞こえようもありません。
まったく、私は腹が立ってきました。
そんなにも紅冠鳥と一緒にいたいのなら、薔薇であることを止めればよいのです。なぜなら、紅冠鳥が紅冠鳥であることを選んだのは紅冠鳥自身ですし、同じように薔薇が薔薇であることを選んだのは、他でもない薔薇自身なのです。薔薇ではなく、鶯になると決めていれば、一緒に飛び回ることもできて、紅冠鳥と私がこれ以上親しくなることもないのです。
けれども、薔薇は大変に気位が高いので、きっとそんなことはせずに、薔薇のままでいるのでしょう。そして、私が紅冠鳥とともにどこかへ行くたびに、あの小さな棘で私を引っ掻くのでしょう。
ですから、私はなるたけ薔薇の側には寄らぬようにして、用心深く、その鋭い棘に触れないようにしているのでした。
この話だけ、特定の女の子が出てきていませんね(ex:ジュリエット・アリス)。
紅冠鳥:冠が紅いと書きながら、実際には全身緋色の小鳥のこと。ベニカケス。