ほくろ
ヤツ。
あいつだ。
肩の上で跳ねる髪。
巻いている。
毎朝、セットに時間をかけているのだろう、つやつやで、ふわふわ。
あいつの髪。
そして、首筋。
たぶん、あたしの両手で作る輪っかより細いと思う。
うなじ、つまり後ろから見て、右にほくろがひとつ、ふだんは髪で隠れている。
体育の授業で、髪をくくってあげたときに、発見したものだ。
あいつのうなじにある、ほくろ。
あたしが、作ったのだ。
*
「『まーち』は、好きなひといる?」
(いるよー/どーだろ笑)あたしはふたつにわかれていく。
「『まーちゃ』は、かわいいから、もてるでしょ」
(知ってる笑/そうかなー)きみのほうが……なんて、言葉にした瞬間に、ひどく安っぽくなってしまう、あたしのあいつが。
「ねえ『まーちん』、水族館いこうよ」
水星でもいいよ、あたしは。
『まーち』『まーちゃ』『まーちん』、あたしはあたしからズレていく。
相次ぐあいつのために。
あしたのあたしが、いまのあたしからズレてあたしじゃなくなるように、
あしたのあいつも、いまのあいつじゃなくなってしまうのだろうか?
*
あたしは、わたしは、ほくろなんて嫌いだ。
ほくろの多い自分の顔は、だから嫌い。
ゴミがあちこちに散らかってるようにしか見えない。
「えー『まーち』のなみだぼくろ、かわいいのになあ」
ありがとう。
お礼に、ほくろを刻み込んであげる。
それは、まずは夢で、それから現実で。
その仕方は、あたしの中のあいつを、あたしの指が触れることだ。
さいしょは夢でしかなかったのに、現実のあいつのうなじに発見したときは驚いた。
偶然でしかないのだろうか。
これから、試してみるのだ。
*
「どしたの『まーちゃ』ってば、くすぐったい」
「『まーちん』ってポニーテール好きだよね、いいよ結んでも」
「首?そんなところに、ほくろあるの?」
「お返しっ。あ!『まーち』も同じところにほくろあるじゃん!」
*
あたしにも、あいつと同じところにほくろがある、ということは、あたしはあいつになっているし、あいつもあたしになっていたのだ。
「ひみつだよ、『まーち』、」
ふたりの、とあいつが言う前に、あたしはあいつをふさいだ。
なぜなら、ふたりではないからだ。
それを、あいつはわかってない、でもそれでいい。
ずっと手をつないでいたい、とか。
ずっと、とかいう言葉を浮かべる、とか。
そう思うことじたい、あたしにもわかってない部分がある、そこが、あいつとあたしの同じところでもあるのだ。
やっぱり、ふたりだからこそ、(ずっと)とか(あたしたち)とか、そんなふうに話してしまう。
ふたりだけど、ふたりではないのに。
*
「『まーちん』、マンション住むなら、分譲?賃貸?」
賃貸。
ひとつの町に、ずっととどまっていたくないから。
「『まーちゃ』、たけのこ派?きのこ派?」
たけのこ。
「『まーち』いみわかんない、きらい、もう帰る」
それでいい。
あたしのあいつと、現実のあいつとが、ズレていくように、
あいつのあたしと、現実のあたしともまたズレていく。
けれど、あたしのあいつや、あいつのあたしが、消えてしまうわけじゃ、ない。
生まれ変わるのだ。
あたしとあいつは、それでもやっぱりチョコレートが好きで、ぶっちゃけ、たけのこであろうがきのこであろうが、おいしいのだ。
あたしは、チョコレートの破片を口角にちょこっと付けたあいつが好きだ。
ほくろみたいで、かわいいから。
*
「『まっち』、ユニバ行かへん?」
(ええやん!/遠いわ/『水族館行こう』水星でもいいよ、あたしは。/実際お小遣い的問題が/やっぱりあいつといきたい)
あたしはバラバラになる。
あいつのために、あたしは一枚一枚剥がれ落ちていって、そのときはじめて、あたしは仮面を重ねていただけだと知る。
地層のように、ミルフィーユのように、仮面の生えかわりの歴史が、あたしで、あたしには素顔なんてものはないのだった。
でも、また、バラバラのあたしを縫い合わせるのは、あいつの重力なのだ。