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ひとつめの短編

ほくろ

作者: 今田椋朗


 ヤツ。

 あいつだ。


 肩の上で跳ねる髪。

 巻いている。

 毎朝、セットに時間をかけているのだろう、つやつやで、ふわふわ。


 あいつの髪。


 そして、首筋。


 たぶん、あたしの両手で作る輪っかより細いと思う。

 うなじ、つまり後ろから見て、右にほくろがひとつ、ふだんは髪で隠れている。


 体育の授業で、髪をくくってあげたときに、発見したものだ。


 あいつのうなじにある、ほくろ。


 あたしが、作ったのだ。




「『まーち』は、好きなひといる?」


(いるよー/どーだろ笑)あたしはふたつにわかれていく。



「『まーちゃ』は、かわいいから、もてるでしょ」


(知ってる笑/そうかなー)きみのほうが……なんて、言葉にした瞬間に、ひどく安っぽくなってしまう、あたしのあいつが。


   

「ねえ『まーちん』、水族館いこうよ」


 水星でもいいよ、あたしは。



『まーち』『まーちゃ』『まーちん』、あたしはあたしからズレていく。

 

 相次ぐあいつのために。


 あしたのあたしが、いまのあたしからズレてあたしじゃなくなるように、

 あしたのあいつも、いまのあいつじゃなくなってしまうのだろうか?




 あたしは、わたしは、ほくろなんて嫌いだ。


 ほくろの多い自分の顔は、だから嫌い。

 ゴミがあちこちに散らかってるようにしか見えない。

 

「えー『まーち』のなみだぼくろ、かわいいのになあ」

 ありがとう。


 お礼に、ほくろを刻み込んであげる。


 それは、まずは夢で、それから現実で。


 その仕方は、あたしの中のあいつを、あたしの指が触れることだ。


 さいしょは夢でしかなかったのに、現実のあいつのうなじに発見したときは驚いた。


 偶然でしかないのだろうか。


 これから、試してみるのだ。





「どしたの『まーちゃ』ってば、くすぐったい」


「『まーちん』ってポニーテール好きだよね、いいよ結んでも」


「首?そんなところに、ほくろあるの?」


「お返しっ。あ!『まーち』も同じところにほくろあるじゃん!」




 あたしにも、あいつと同じところにほくろがある、ということは、あたしはあいつになっているし、あいつもあたしになっていたのだ。


「ひみつだよ、『まーち』、」


 ふたりの、とあいつが言う前に、あたしはあいつをふさいだ。

 なぜなら、ふたりではないからだ。


 それを、あいつはわかってない、でもそれでいい。


 ずっと手をつないでいたい、とか。

 ずっと、とかいう言葉を浮かべる、とか。


 そう思うことじたい、あたしにもわかってない部分がある、そこが、あいつとあたしの同じところでもあるのだ。


 やっぱり、ふたりだからこそ、(ずっと)とか(あたしたち)とか、そんなふうに話してしまう。


 ふたりだけど、ふたりではないのに。





「『まーちん』、マンション住むなら、分譲?賃貸?」


 賃貸。

 ひとつの町に、ずっととどまっていたくないから。



「『まーちゃ』、たけのこ派?きのこ派?」


 たけのこ。



「『まーち』いみわかんない、きらい、もう帰る」


 それでいい。

 あたしのあいつと、現実のあいつとが、ズレていくように、

 あいつのあたしと、現実のあたしともまたズレていく。


 けれど、あたしのあいつや、あいつのあたしが、消えてしまうわけじゃ、ない。



 生まれ変わるのだ。


 あたしとあいつは、それでもやっぱりチョコレートが好きで、ぶっちゃけ、たけのこであろうがきのこであろうが、おいしいのだ。



 あたしは、チョコレートの破片を口角にちょこっと付けたあいつが好きだ。

 ほくろみたいで、かわいいから。




「『まっち』、ユニバ行かへん?」


(ええやん!/遠いわ/『水族館行こう』水星でもいいよ、あたしは。/実際お小遣い的問題が/やっぱりあいつといきたい)

 あたしはバラバラになる。


 あいつのために、あたしは一枚一枚剥がれ落ちていって、そのときはじめて、あたしは仮面を重ねていただけだと知る。


 地層のように、ミルフィーユのように、仮面の生えかわりの歴史が、あたしで、あたしには素顔なんてものはないのだった。


 でも、また、バラバラのあたしを縫い合わせるのは、あいつの重力なのだ。


 








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