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第7話「天使かよ」

■登場人物

「タナーカ」

転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。


「リシャ」

十字剣を携える神官騎士。


「不審者達」

身体が大きいのと小さいのと普通の三人組。黒いローブとフードを目深にかぶり顔は見えない。

 ドゴン!


 鉄格子に加えられた衝撃は振動となってビリビリと四散していく。

「くっ……硬い……」

 リシャは分厚い木製の手錠をはめられていたが、腰の入った良い前蹴りを放っていた。

(可愛い上に強いとか最高じゃないか……)

 牢屋を照らす光源は壁にかけられた松明だけで、局所的に強い光を発して揺らめいている。

 その光で微かに照らされるタナーカの顔は、所々に青あざがあり腫れている。

 不審者達に捕らわれた時にできた傷だ。拘束された際に大人しく従わず、手間をかけさせた。そのせいで彼は殴られ蹴られていた。

 対照的にリシャには傷ひとつなかった。喉元に短剣を突きつけられても、狼狽えることなく堂々としていたおかげだろう。

 その態度は場慣れのせいか、神官騎士(ホーリーナイト)としての矜持(プライド )なのか、タナーカには測りきれはしないが、非常に頼もしくて美しくも見えた。

「ううう……いてぇ……」

 彼は転生前を含めてもこれほど他人に殴られた事はなかった。患部はジクジクと痛み、熱を持っている。口の中も切れて鉄の味がしていた。治療らしい治療も受けられぬまま、痛めた箇所をさすって痛みを紛らわす事がせいぜいだ。


「なぁ、あいつらって何者? ……山賊って奴かい?」

 リシャとタナーカが洞窟の中に造られた牢屋に押し込まれて、どれくらいの時がたったであろうか。これまでの二人に会話らしい会話はなかったが、タナーカが口火をきった。

 リシャは彼に背を向けたまま、頭だけを向けると言った。

「それはわたくしの台詞です。あなたの仲間ではないんですか?」

 タナーカは思っても見ない返答に驚く。

「俺の仲間? 山賊が? そんな訳ないだろ」

 リシャは身体ごとタナーカに振り向くと言葉を続ける。

「状況からみて山賊などではなく……悪魔崇拝者(カルト)の可能性が高いと考えています。仲間ではないとしても……あなたは非合法ポーションを彼らから入手した、違いますか?」

 タナーカは「その話に繋がるのか……」と小さく呟く。そろそろ、その誤解を解くべきだと考えた。

「だから、違うんだって! 非合法ポーションなんて、俺は知らない! 変質者扱い……は仕方ないかも知れないが、少なくとも薬なんてやっちゃいないよ」

「その言葉を信用しろと?」

「そうだね、今は信用してくれとしか言えない。最初からちゃんと説明させてほしい」

 タナーカはそういうと異世界に来てからの出来事、ゴブリンに襲われてからの一連の経緯を説明した。転生の女神(コーディネーター)やナビ子の事は、話がややこしくなると考えて、伏せる事にしたが……。

 ゴブリンに襲われ、崖から落ち、川に流され、村にたどり着き、衣服を探した事を説明した。

 リシャはその説明を口を挟むことなく静かに聞いていた。一度ではなく何度も、最初から説明し直してくれとタナーカに求めた。タナーカは不思議に思ったが、その言葉には素直に従った。


「わかりました。もう結構です」

 タナーカが何度目かの説明を終えると、リシャそう言った。

「わたくしの独断で身柄の解放はできませんが……少なくともあなたの話は嘘に聞こえません。非合法ポーションを接種しているようにも思えませんし……これまでの非礼をお詫びします」

 リシャはそこまで続けるとタナーカに頭を下げた。中毒者(ジャンキー)にしては受け答えがしっかりしているし、事のあらましを何度も正確に説明できている。だから、中毒状態ではなさそうだし、嘘を並べ立ててもいない。そういう判断であろう。

「えっ?……あ、いや。いいんだ、謝らないでくれ。非合法ポーションの件は誤解だけど、裸でうろついていたのは事実だし」

 タナーカがそう言うと、リシャは少しだけ笑った。

「それはそうですね」

 タナーカはその笑顔をみて思わず「天使かよ」と口にしそうになったが、かろうじて飲み込んだ。牢獄に天使は似合わないだろうから。


 獄中の中は湿っていて、カビと水が腐った臭いが漂っている。鼠の糞の臭いだってブレンドされてる。一刻も早く外に出たい、そんな環境ではあるが、タナーカはリシャともっと話がしたかった。彼は何でも良いからと話題を探した。

「非合法ポーション……《ハピネス》だっけ? そんなに問題になっているの?」

 リシャは少し驚く顔を見せたが、質問に真摯に応えようとする。

「そうですね。王都の一部の地域では深刻な問題になっています」

「深刻?……その、人が死んだり?」

「一度でも手を出すと……抜け出す事は難しいです。行き着く先はそうなります」

「手にいれる為に、何でもするような事も?」

「ずいぶんと詳しいですね? やはり悪魔崇拝者(カルト)の関係者ですか?」

「だから、ちがうよ! 中毒になったら、そうなるだろうなと思っただけ」

「冗談です。お察しの通り、《ハピネス》の蔓延は治安の悪化を招きます。まさしく悪魔の諸行……ですね」

 この娘も冗談を言うのだな、タナーカはそう思った。法の番人として気丈に振る舞ってはいるが……等身大の女の子なんだな、とも。

「とにかく、あの男達が悪魔崇拝者(カルト)なのだとしたら、捨て置けません。必ず処罰します。非合法ポーションなどという堕落を、わたくしは……いえ、主は赦しません」

 光が足りない筈のこの場所でも、リシャの強い眼差しが見てとれるようであった。正しい事を行おう、世の中を正そう。タナーカが過去に置いてきた魂の輝きが彼女の内には在る。

 これが若さか、眩しい……眩し過ぎると、彼は思った。だからこそ欲しい、この美少女(おんな)が欲しいと、彼の欲望(リビドー)が蠢く。


悪魔崇拝者(カルト)悪魔崇拝者(カルト)と……気安く言う。こちらからすればお前達の方が悪魔崇拝者(カルト)なんだがな」

「誰だ!」

 突如、檻の外から投げかけられた言葉に、リシャはすばやく反応する。

「大きな声を出すな、響くだろ」

 大中小の不審者達、その一人で大きくも小さくもない普通の不審者が言った。松明の光は彼を十分には照らしておらず、フードに隠された頭だけが暗闇に浮かんでいる。

「……黙って聞いていれば……我々の提供する品にずいぶんなもの言いだな?」

 男は暗闇に潜み、二人の会話を聞いていたのだろう。気配を感じさせずに。

「品?……非合法ポーションの事か?」

 リシャはタナーカと話していた際のトーンより一つ低い声で言った。

「合法かそうでないかなど、お前達が勝手に決めた事だろう? あれは我々が与える救いだ、このクソな世の中に一時の安らぎを与える祝福だよ!」

「戯言を……何が祝福か。我々、神官騎士団は貴様らの存在を許しはしない!」

「クックックックック」

 リシャの言葉を聞いた男が静かに笑う。リシャを心底バカにする、そんな嫌な笑いだ。

「何がおかしいんです?」

「……いや……滑稽だな……と思ってな」

 男はそこまで言い終わると、手にしていた棍棒で鉄格子を殴りつけた。硬いもの同士がぶつかる音が洞窟を抜けていく。

 タナーカはビクっと体を震わせながら牢の奥に逃げる、リシャもこの音には顔をしかめていた。

「さぁ、お楽しみの時間だ。奥に下がれ、抵抗するなよ? 天に召される事になるぞ」

 男は更にガンガンと鉄格子を叩いた。それはリシャが奥に下がるまで続けられた。

 いつの間に現れたのだろうか、男の近くに、大きい不審者と小さい不審者の姿もあった。それぞれが鋭利な刃物で武装している。リシャは両手に枷を嵌められてはいるが、不審者達に油断はないようだ。

 牢の扉が開かれ、二人の不審者が侵入してきた。

 タナーカは身構えたが、不審者は彼に興味を示す事なく、リシャの枷に鎖を巻き付けると強く引いた。

「くっ!」

 リシャの身体が引かれた方に流れると同時に、声をもらす。不審者達はそれに構う事なく、更に鎖を引き彼女を連れさろうとする。

「おい! やめろその娘に何をするつもりだ!」

 タナーカは思わず叫んだ。刃物を持つ男達を前に足が震えるが、勇気を振り絞って。

「座ってろ」

 普通の不審者が躾でも施すようにタナーカを殴りつける。衝撃で彼は膝まづくがすぐに立ち上がる。

「くそ! その娘を離せよ!」

 再び、リシャの連れ去ろうとする男に挑むタナーカだが、殴られ蹴られて転ばされ……刃物を鼻先に突き付けられた。

「殺すぞ」

 静かに言い放たれたその言葉の圧は強すぎた。あまりにリアルで、タナーカはもう一度立ち上がる事ができない……リシャが男達に連れ去られるのを黙って見送る事しかできなくなっていた。

 再び、牢の扉は閉められ鍵がかけられる。

 惨めに膝まづくタナーカに、洞窟の奥、暗闇に消えていくリシャの表情は見えなかった。


目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。

暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。


暇のお供になれば幸いです。

よろしくお願いします!

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