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第6話「功を焦るな」

■登場人物

「タナーカ」

転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。


「リシャ」

十字剣を携える神官騎士。


「ローレンス」

リシャの相棒で上司。タナーカと同じくらいの年齢で妻子持ち。

 ゴトゴト……ゴトン……。


 タイヤが轍に乗り上げ、車内が揺れた。


 ゴン!


「いってぇ……」

 車が揺れた拍子にタナーカは頭をぶつけた。車のつくりは小さめのワゴン車といった感じだが、内装はひどく簡素で金属のボディが剥き出しになっている。

「すまないな、この魔導車(くるま)は二人乗りなんだ」

 ローレンスがバックミラー越しにタナーカの姿を捉え、言った。

 すまないという言葉に誠意はこもっていない。小粋なオレを演出するような口振りである。

(こいつ……マジで嫌いだ……)

 タナーカはその本音を口に出すことはしない。

 車の後方部、座席もなく、床からの振動が直に伝わるカーゴスペース。両手両足を縛られたタナーカは、そのスペースに雑に転がされている。

 この状態で二人の神官騎士(ホーリナイト)相手に反抗する度胸はなかった。


「リシャ」

「はい」

 運転席に座るローレンスは、前方を見たままリシャの名前を呼んだ。返事をしたリシャは助手席に座っている。

「少々やり過ぎではないか?」

「……やりすぎ?」

「こういった輩の報告が続いているとはいえ、あの村に我が教団の信者は多くない、異教徒達だ」

 輩というのはタナーカの事を示唆しているが、先ほどとは違い一瞥もしていない。

「巡回程度なら問題はないが、派手に動くな」

「この人を放っておけば良かったと言うんですか、ローレンス?」

「そうじゃない、ヤク中を見つけちまったんなら捕縛はあたり前だ、それはいい。だが村人達を脅してどうする」

「脅したなんてそんな事……協力をお願いしただけです」

「そうか……単刀直入に聞くが、異教徒の村になぜそんな拘っているんだ?」

「拘る?……別に村に拘っては居ません。悪魔崇拝者(カルト)達に関する情報があの村には多くあるから、結果的にそうなっているだけです」

「なるほどな、だとしても我々の本来の職務は何だ?」

「……主の教えと秩序、その番人です」

「表向きはそうだが、実際は教団の守護者だ。異教徒達はその庇護の対象ではない」

「わかっています。でも異教徒とはいえ何の罪もない市民です、被害を受けているなら助けるべきでは?」

「我々、神官騎士(ホーリーナイト)の人数にも限りはある、教団の威光もな。王都の……教区の治安維持に集中すべきではないか? そちらの方でも非合法ポーション、いやそれ以外の問題も山積みだからな」

「それは……」

「リシャ、お前はいくつになった?」

 リシャはその質問の意図を量れぬまま応えた。

「十六です」

 この世界において成人とは十五歳以上をさす、多くの若者がこの年齢から就職し、社会の歯車としての人生を開始する。

 むろん働きに出ず学問の道に進む者もいるが、割合としてはそうは多くない。

「その歳で神官騎士(ホーリーナイト)だなんてそうそう成れるものではない、エリート中のエリートだな」

 神官騎士(ホーリーナイト)とは希望さえすれば誰しもが就ける類いの職ではない。家柄、信仰心、教養、武芸、精神性といったあらゆる素養を求められる。

 だからこそ、リシャの年齢での騎士号授与は快挙以外の何ものでもない。

「そんな事は……」

「功を焦るな」

「……! わたくしはそんなつもりは……」

「別に悪いことではないだろう?  俺も昔はそうだった」

 ローレンスのその言葉を最後に車内には暫し沈黙が流れる。


 この空虚の時間を利用して少し話を戻そう。

 半刻前、群衆の面前で、神官騎士(ホーリナイト)であるリシャにタナーカは詰められていた。

 ブリーフ一枚の姿で奇行に走っていたタナーカを、リシャが薬物中毒者だと判断し、捕縛した。

 実際には彼は中毒者などではないが、彼の態度の悪さと、非合法ポーションの蔓延に頭を悩ますリシャのコミュニケーションは上手くいかなかった。今のところは、非合法ポーションでハイになった変質者。それがタナーカの扱いである。

 ローレンスという男はリシャの上司、歳の離れた相棒(バディ)だ。

 神官騎士(ホーリナイト)二人一組(ツーマンセル)を基本として行動する。それは危険に対する備えでもあるし、未熟な騎士を現場で鍛える為にベテランを同伴にするという、実地教育の側面もある。

 若く真面目なリシャは、懸命で高潔、神官騎士として充分以上の素質を持っている。しかし、その真面目さが空回る事がたびたびあり、今回も村人達に必要以上の緊迫感を与えてしまった。

 直後、颯爽に現れたローレンスは場を仕切り、飄々とした態度で村人達を散らしていった。

 随分と女を泣かせたに違いない顔だち、大人の余裕があふれる振る舞い。歳の頃はタナーカと変わらないように思われるが、人としての魅力は段違い。裸で地面に転がるタナーカとは雲泥の差であった。

 加えて容疑者であるタナーカにも「やぁ、君も大変な目にあったな」などと労いの言葉をかける気の利きようである。

 仕事ができそうなイイ男。大概の人間はローレンスにそういう印象を抱くであろうが、タナーカは違った。

(気にくわねぇ……こいつ好きになれない……)

 タナーカに向けられたリシャや村人達の視線は様々だった。一部の人々は見下し、一部は蔑み、また一部は哀れんでいたようだが、それでも人間としては扱っている気はする。

 だがローレンスは違う、気にかける台詞もどこか空虚で……特に目だ、石ころでも見るような目。何の興味もわかない。必要であれば、一切の躊躇なく踏みつぶせる虫ケラ。そんなものを見る目だった。

 タナーカはその目が気にくわなかった。


 その後の彼は魔導車(くるま)に乗せられ、王都に向かっている。神殿騎士団が管轄する留置所に移送されている最中だ。

 タナーカは異世界にも車が存在している事には驚いてはいたが、性能としてはチープなもので、たいした速度はでない。地面が舗装されてない事もあり、それほど前に進んでいる様にも見えないし、村を出る前には昇っていた日も既に落ち始めていた。


「そうだ、休暇を取ってオマエが行きたいと言っていた王都博物館に行くのはどうだ? よければ付き合うぞ?」

 車内に流れていた沈黙を再び破ったのはローレンスだった。

「ブルーベル通りに美味いエルメラルダ料理の店があってな。お前もきっと気にいるぞ」

 ブルーベル通りとは王都博物館の東にある通りの名前である。古代の石畳が敷き詰められ、歴史を感じさせる雰囲気が漂う一画で、通り沿いには、カラフルな看板と装飾が施された小さなカフェやレストランが並んでいる。要するに美味い飯と美味い酒にありつけるそんな場所だ。

 エルメラルダ料理とは、いわゆるイタリアンのような物だと思って貰っていい。


(なんだこいつ……急に口説きはじめたぞ?)

 タナーカは心の中で訝しんだ。リシャに恋する男の妄想かも知れないが、若気を諭す年上の男を演じながらも、結局はそういう仲に持ち込もうとするスケベ心。少なくとも彼にはそう思えた。

 リシャは窓の外を見つめたまま返事をしなかった。ローレンスの言葉が聞こえていないのか、あるいは聞き流しているのかは明らかではない。

 しばしの間の後、リシャは口を開いた。

「すみません。わたくしは一人でも調査を続けます。やはりあの村には何かありそうなので」

 その言葉を聞いたタナーカは縛られたままの両手でガッツポーズをする。

(美少女の上に尻軽じゃないなんて、やはり最高の美少女(おんな)だぜ!)

 ローレンスはやれやれとでも言いたげな表情で返す。

「そういう訳にはいかないんだがな……私はお前の相棒(バディ)だからな……困った奴だな……」

 ローレンスの言葉は正論だ、経験から生まれる合理性、自身の役割を誤解なく理解もしている。

 従うべきなのだろうとリシャも感じてはいたが、彼女は若く理想に燃えている。枯れた男が示す現実など受け入れられる訳もなく。

「すっかり暗くなりましたね! 速く帰らないと。ローレンスの奥様と娘さんにしかられますね」

「……」

 リシャのその言葉を聞いた瞬間、タナーカの心には怒りの炎が燃え盛った。

(妻子がありながら、俺の女に手をだそうとしてるのか?……許さん……)

 ちなみにリシャはいまだにタナーカの名を知らない。そのような蝶の翅よりも薄い関係性でしかないが、この美少女(おんな)を必ず手に入れる。俺のメイドにしてやる、ご主人様と呼ばせてやる。彼の欲望(リビドー)はそう蠢いている。


 キィイイーーーー。


「うはぁあああん!」

 急ブレーキの音がした。床に転がされていただけのタナーカは慣性に逆らう事が出来ず車内をゴロゴロと転げる。


「ローレンス?」

「人か?  獣か? 何かが急に横切った」

「……? わたくしには何も見えませんでしたが……」

 リシャがその言葉を終える前に、ローレンスは車外へと降りていた。

 彼は腰に下げた十字剣(ソード=クルス)に手を掛けている。何時でも抜刀し、脅威に対処しようとする姿勢だ。そのまま車体にそってぐるりと一回りすると、半開きとなったドアに身を戻し言った。

「今の影、少し気になる。 見てくるから、オマエは車内にいろ」

「一体何が? わたくしも一緒に……」

 リシャはそう言いながら足下の十字剣(ソード=クルス)を手に取ろうとするが、ローレンスはそれを制止する。

「いや、私だけで行く。お前はこの男を見張っていろ」

 リシャは剣から手を離すと 「解りました」と応えた。


 それから暫しの時が流れるが、ローレンスが帰ってくる気配は無かった。

 すっかり日は陰り、日没となる。

 魔導車(くるま)のフロントライトから伸びる光は数十メートル先まで照らしているが、ローレンスの消えた方角には光が届かず、その先の様子をうかがう事は出来なかった。

 道の両側では、低い草木が風に揺れているが、その音は聞こえて来ない。車内ではエンジンの駆動音だけが響いている。


 ガチャ……。


 痺れを切らしたのか、リシャは助手席側のドアを開けた。車内の温まった空気と入れ替わりで、冷たい風が流れ込んでくる。

(さ、さみぃ……)

 タナーカはいまだに裸のままだ、リシャに借りたマントを羽織ってはいるが、夜に出歩けるような恰好ではない。膝丈にも満たないマントに体を丸めて、必死に暖を取っている。

 そんな彼の様子を逐次確認しつつも、リシャは魔導車(くるま)を降りると、ローレンスが消えた方向を見つめた。


 ガサ……ガサ……。


 目を凝らすと人影が近づいてくるのが見えた、草木を払い、砂利を蹴りながら音が近づいてくる。

「ローレンス?……何かありましたか?」

 ローレンスだと思われた人影にリシャは近づくが、すぐに間違いであった事に気づく。

「誰だ!」

 リシャは一喝するが相手からの反応は無い。彼女の目の前には男だと思われる人影が二つあった。いや、正確には男かどうかも判断はつかない、黒いローブを羽織りフードを目深にかぶった人間が二人。片方は長身かつ屈強で大木に丸太が刺さったような大柄、もう片方は身長は低いものの前後にも横にも厚みがある。

 顔は見えないが身体のラインから女性ではない。おそらく二人とも男だろうが、ローレンスとも違う。不審な人物かと問われれば満場一致でそうだとしか答えられないであろう風貌である。

 リシャの問いかけに対する答えだといわんばかりに、二人の男は彼女に襲い掛かっていった。

 男達が素早く間をつめるとリシャを羽交い絞めにしようと両手を広げる。リシャは戸惑いひとつ見せずに小さい不審者の方を捌き受け流す。続けて向かってくる大きい不審者も、膝を踏みつけるように蹴り、突進の勢いを殺すと片腕を取り、逆関節を極めて制圧を試みる。

 この行動は大きい不審者に力技で返されたものの、リシャの力量を測るには十分な攻防であろう。本来の神官騎士(ホーリーナイト)十字剣(ソード=クルス)を扱う剣士であるため、徒手格闘は本筋ではない。とはいえ、戦場で武器を落とし、もしくは破壊されてしまった際に、戦えぬからと降伏する訳にはいかないだろう。であるから、組打ち、打撃、投げ技、関節技など総合的な格闘術を有している。

 彼女は十字剣(ソード=クルス)を、車内に置いたままにした事を迂闊だったと反省したが、それを理由に、不審者の一人や二人に打ち負けるなどとも考えていない。

「グフゥ」

 事実、小さい方の不審者の首裏に肘打ちを一つ入れ、昏倒させた。

 大きい不審者に関しては体格差による不利があるとはいえ、彼女にしてみれば愚鈍だ。長い手を振り回すだけの攻撃を躱すなど容易な事で、回避しつつ手足などの末端への打撃を集中させていく。ダメージは蓄積され行動の自由を奪いつつあった、ほどなく不審者二人の制圧は完了するだろう……しかし……。


「おいなんだよ、やめろ、やめろよ!」 

 もう一人、小さいのと大きいの二人とそっくり同じような恰好をした、小さくもない大きくもない普通の不審者。そいつが、タナーカの喉元に短剣を突きつけ、彼を後ろ手に縛りあげていた。

「……く……もう一人いたのか」

 リシャは戦闘の構えを崩さぬまま言った。その後に続けるように普通の不審者が口を開く。

「大人しくしろ、神官騎士(ホーリーナイト)の女」

「いた! 痛いって! そんなにひっぱる……うわわわ、やめろ、そんな短剣(モノ)おしつけるなって!」

 タナーカは首元に刃物を押し付けられた恐怖で、パニックになっていた。大人しくしていれば良いものを無駄に抵抗する為、普通の不審者の拘束はますます強まる。

 騒ぎに乗じて大きい不審者が動いた。リシャに忍び寄り捕まえようとするが、彼女は踊るようなステップで躱すと、腕関節を極めた。大きい不審者はお辞儀の様な恰好でリシャに制圧される。

 普通の不審者とタナーカ、リシャと大きな不審者、それぞれが相対する。パッと見の状況は五分五分だが……。

「女、その手を離せ。この男がどうなってもいいのか?」

「うわ、やめろ! やめろって!」

 普通の不審者はタナーカの首元に添えた短剣に力を込めた。薄皮が裂け、血が滲む。タナーカは恐怖のあまり情けない悲鳴を上げている。

「そちらこそ、その男を離しなさい」

 リシャも大きい不審者を抑え込む腕に力を込めるが、その不審者は悲鳴どころか声一つ上げない。

 この場合、人質としての役割を全うしてるのはどちらだろうか? おそらく情けないタナーカの方である。

「やめやめ! うわ、血! 血がっ!」

「おまえも死にたくなければ、あの女に助けを求めたらどうだ?」

 普通の不審者は、リシャにも聞こえるようにと声を張り上げ、タナーカに向かって呟いた。

「その手を……離しなさい」

 リシャの態度とセリフに陰りが見えた。

「その男は移送中の容疑者にすぎません、人質にはなりませんよ?」

 彼女の台詞が事実である事を、普通の不審者は知っていた。しかし、先ほど一瞬だけ見せた彼女の迷い、大きな隙を見逃していなかった。

「では、試してみようか?」

「うひぃぃぃい!」

 普通の不審者は突きつけた短剣に力を込めた。薄皮一枚で留まっていた刃が、皮膚を切り裂いて肉に侵入していく。彼にとってタナーカの生死など、どうでも良かった。この場で殺そうが、生かそうが、本当にどうでも良い事だった。

 タナーカの生死はリシャの行動一つに掛かっていた。この場にいるのがリシャではなくローレンスであったならば、タナーカの命は無かったであろう。神官騎士(ホーリーナイト)に敵対する不審者、そんな輩に従う事にどんな意味があるのだ? 従った所で人質もろとも自身の身も危ない、当然のようにそう判断するだろう。

 だが、リシャは違った。態度こそ気丈だが、まだまだ若く、理想に燃える、そして何より……優しい娘なのだ。

「わかりました、その方へ危害を与えないと約束してください」

 リシャは大きい不審者の拘束を解くと、両手を掲げた。

「いい子だ……おい、お前たち何時まで寝てやがる、急げ!」

 普通の不審者がそう声を荒げると、小さい不審者がよろよろと立ち上がり、大きい不審者も痛めた肩をぐるぐる回しながら動き始めた。

 リシャの両手を拘束し、車内を物色しおわると普通の不審者が言った。

「じゃあ、ずらかるぞ。二人を立たせろ、歩かせろ」



目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。

暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。


暇のお供になれば幸いです。

よろしくお願いします!

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