第5話「処刑します」
■登場人物
「タナーカ」
転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。
「ナビ子」
タナーカのナビゲーター、インプ。紫色のロリ。
「リシャ」
十字剣を携える神官騎士。
「とぼけないでください、これは尋問です。神官騎士の権限を持ってあなたに問うています。不要な駆け引きは審判に響きますよ?」
「……騎士? 審判……? すみません、本当にわからないんだ……異世界に来たのは初めてで……一体なんの事だか……」
「なんですか? 異世界……? あなたの方こそ何を言ってるんです?」
リシャはそう言うと腰を折る。栗色の瞳がタナーカと同じ視線の高さまでくるとキスでもするかの様に顔を近づけた。
微かに流れる風が彼女の艶やかな髪を吹き、ゆらゆらと揺れる髪先がタナーカの鼻腔をくすぐる。
甘い、甘い匂い……部屋の片隅……隣席の女子から流れてくる様な若気の香り。彼にとって学校の教室など遠い記憶でしかないが、不意に思い出す。
「瞳孔が開いていますね」
リシャはタナーカの瞳を覗き込み言った。
胸の高鳴りを抑えきれぬタナーカは、「それは君のせいだ」という言葉を発することができない。
「頬も紅潮している」
(それも君のせいだ)
「そして、呼吸の乱れに足の痙攣」
(それについては全力で走ったからだが……)
「典型的な薬物中毒の症状ですね」
「ちょちょ、待って。薬物って? 中毒ってなんの事?」
いったいどんな誤解なんだよと、タナーカは慌てて口を開くと。リシャは眉を潜めながら立ち上がる。
「まだとぼけるつもりなんですか? ……あなたは非合法ポーションである《ハピネス》を摂取した、そうですよね?」
ポーション? 何の話だとタナーカは考えを巡らす。考えを巡らすが答えなど持ち合わせてはいなかった。
異世界に来てから何も口にはしていない。小鬼から逃れる際に大量に川の水を飲んではいたが、それは関係ない事だろう。
(ポーション……ポーションって……薬だよな?)
「ポーションって薬の事か?」
タナーカのその言葉にリシャの口元がフッと緩む。やっと観念しましたね、とでも言いたげな表情だ。
「そうです。マンドレイク系非合法ポーション《ハピネス》です」
何だか長い名称だが、ポーションだと言うなら傷薬か何かかと、タナーカは考えていた。実際にはそうではないのだが。
《ハピネス》とは別名《魔女の涙》とも言われる、魔剤の一種。
リシャがたびたび非合法であると強調している通り、使用者は罪人として捕らえられ、精製者は死刑……そういう代物である。
異世界の住人であれば神官騎士に、この様な疑いをかけられ、詰められる事がどれほど危険な状況であるか分かるのだが。
今のタナーカにはそこまでの理解は望めない。
「使っちゃいない」そう訴えるタナーカだが、リシャは聞く耳を持たない。
「使用していない、信じてくれ。わたくしが捕まえた大半の中毒者はそう言ってました」
「本当だって! 飲んじゃいないよ! 何を根拠に!」
タナーカは声を荒げて立ち上がる。彼は柵の支柱に後ろ手に縛られているから、背を伸ばす事はできなかったが、両脚で隠れていたブリーフがあらわになるには十分だった。
「?……ちょっ、座りなさいっ!」
リシャは顔を背けながら高圧的に命令するが、見慣れない股間の膨らみを直視して頬が紅潮している。恥ずかしいのだろうか? 声も少し上ずっていた。
タナーカはそのリシャの動揺を見逃さなかった。乙女な奴めと、股間に熱いものを感じている。
「信じてくれ! 何も持ってないじゃないか! ほれほれ!」
「やめて! やめてください!」
「もしかしてこの中にあるのかな!」
「……やめ……やめ……」
「おら おらぁ! ああなんか膨らんできたねぇ、俺の股間のポーションが!」
「やめなさい!」
バキィ!
「おごぉ!」
リシャが腰に下げた剣でタナーカの股間を穿つ。鞘に納めたままであったから腹に穴が開く事はなかったが「潰れたかもしれん」とタナーカは冷や汗を流し悶絶した。悪戯の代償としては痛すぎるだろう。
リシャは侮蔑を込めた蔑みの目でタナーカを見下ろすが、顔を伏せたまま体をぐねる彼にその表情は見えない。
「何から何まで……不可解な行動……もはや言い訳の余地はありませんね」
つい先ほどの酷いセクハラは除いて、という枕詞は必要だが、彼には捕縛され高圧的に尋問される理由が思いつかない。
「俺が何をしたって言うんだよ……」
「……はぁ……主の教えと秩序の番人である神官騎士であるわたくしに未だその様な態度とは……」
リシャはいい加減うんざりだとばかりに溜息を一つ。言葉を続ける。
「白昼堂々、裸で道を走る」
(ああ、その事か……)
確かに言われたらそうだな、捕まる理由にはなるとタナーカは思った。
「加えて大きな奇声」
(慌てていたからな……)
「通行人への危害」
(逃げるのに必死だったからな……でも、押しのけただけだろう?)
「これが薬物中毒でなくてなんだと言うのですか?」
(……そう考えますか……違うけどな……)
行動に関しては概ね事実ではあったが、薬物中毒が理由ではない。それは説明しなければならないだろう。タナーカがそう考えて「ちゃんと最初から説明するから」と口を挟もうとした瞬間である。
「その男に私の下着も盗まれました!」
タナーカよりも先に村人の女が口を挟んだ。
説明が後回しとなったがこの場の状況はこうだ。
後ろ手に縛られ座り込むタナーカ、それを見下ろし真っすぐな姿勢で立つリシャ、その周りをぐるりと取り囲む老若男女の村人達。
「だからそれは誤解だってっ!」
手にとって盗むかどうか悩む……というか検討をしていただけだろう? 決定はしていなかったんだから! だとしたらノーカンだろう? それがタナーカの言い分なのだが。
下着を手にしたまま慌てて逃げ出した現実をどうにかできる訳がない。
「……変態」
「はぅっ」
リシャの侮辱の表情は更に強まる。タナーカを見下しボソリと呟かれたセリフ。それを受け止めたタナーカは背中にゾクリとした感覚を感じていた。決して不快な訳ではない、嫌なようで、嫌ではない、だとすれば悦びだろう。もう一言二言ご褒美を頂ければ、彼は犬のように舌を垂らしていたかもしれない。
『なぁ……なんかアイツ、息が荒くないか?』
『何をやったの? ……えっ、下着ドロ? ……薬物中毒? ……またかよ今年に入って何人目だよ……』
『……あの噂、聞いた? この村の近くに魔剤の精製所があるって話、だから王都の神官騎士が頻繁に巡回に来てるって……』
『ああ……あの騎士がそうなのね……だとしたら処刑か? あの裸の男……』
ヒソヒソヒソヒソ。
二人を取り囲む住人達の話が聞こえてくる。
(魔剤……薬物中毒……俺が? 処刑……俺が? ……うそだろ)
タナーカは節々の単語しか拾えていなかった。幾人かの人間達が同時に会話をしている為に仕方がないが、それでも聞き捨てならない単語がいくつもあった。
『メンシア教団の処刑ってアレだろ?……生きたまま火あぶりって本当かな?』
『……こわいこわい……こんな小さな村放っておいてくれればいいのにな……』
『教区でもないのに……ご苦労な事だ……』
(火あぶりって……まじかよ)
タナーカはすがるようなまなざしでリシャを見上げるが、彼女に先ほどまでの厳しい表情はない。代わりに愁いを帯びた、もの悲しい表情。視線の先は、リシャ自身の足下だが、どこか遠くを見ているそんな印象だ。
「……服はどこに?」
リシャは辛うじてタナーカに届く程度の声量で問うた。タナーカは声で応える代わりに顔を左右に数度振った。
「そうですか……こんなものしかありませんが……」
リシャはひざまずき、羽織っていたマントを外すとタナーカの肩にかけた。
それほど長身とは思えない、むしろ背丈は低い方だろう。その彼女の膝丈までのマントではあったが、タナーカの上半身を包み込み、風を防ぐ程度なら十分に思える。
彼女の髪の匂いと同じものが、そのマントからも感じられた。
「皆様、お静かに願います!」
リシャは立ち上がり真っすぐに背を伸ばすと野次馬を一喝する。怒鳴る訳ではないが威厳のある口調で言葉を続けた。
「現在この者の罪は確定しておりませんが……後ほど綿密に取り調べを受け、審問官による審判が下されましょう」
彼女のこの言葉があっても村人達の陰口は絶えないが、「ご承知の通り」と前置き居し彼女は言葉を続ける。
「王都においても悪魔崇拝者達が流通させる非合法ポーションの蔓延が深刻化しております……何か情報等あれば神官騎士団までご一報を!」
リシャの圧に押されたのか静まりつつある群衆だったが、その中の一人の男が口を開いた。
「……仮にその悪魔崇拝者とやらと見つけたら、どうするつもりなんだ?」
それについてはタナーカも聞いておきたい内容だった。自身のこの先の待遇、その参考にはなりそうだからだ。
ザザッ!
リシャが群衆に向かって踵を返す事で、ブーツが砂を蹴る。
彼女は左手で腰にぶら下げた剣の鞘を握り、胸の高さまで持ち上げる。右手は柄を逆手に握っていた。
その姿はまるで刀剣を十字架に見立て……祈るようなポーズであった。
「主の御心に従うのであれば審問官による審判を執り行います」
「……従わない場合は?」
タナーカは思わず問いかける。
「その場で処刑します」
再び群衆は騒めきはじめ、タナーカは卒倒して腰を抜かす。リシャは「……神官騎士の権限において、この十字剣で……」と言葉を結んだ。
目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。
暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。
暇のお供になれば幸いです。
よろしくお願いします!