第2話「チュートリアルなのだ!」
目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。
暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。
暇のお供になれば幸いです。
よろしくお願いします!
「もしもーし……おきてください~~……全然おきないのだ……もしかして死んじゃったのだ?」
幼子の声が聞こえる。
タナカはゆっくりと意識が戻ってくるのを感じた。
同時に冷えた風が肌を打ち、思わず体を丸める。
彼は眩暈にも似た強烈な眠気を感じながら……瞼を開いた。
「さ……さむ~……」
「あー! よかったのだ! チュートリアル前に死なれたら転生の女神様に叱られる所だったの……」
「うわっ! ロリだっ!」
タナカは幼子の声を遮る様に叫んだ。
身長100cmを多少は越えているだろうか?
少しウェーブした紫色の髪は艶っぽく、短い角が覗いている。
背中には羽。
昆虫のものではない、蝶でもないだろう。
蝙蝠の羽に近い。
一目瞭然とまではいかないが、よくよく見ると人間ではない。
「妖精か?……にしてはデカい気がするし、なんかイメージ違うな……」
タナカは素直な感想を述べた。
「いや、どっちかてーと、魔族だなっ」
妖精であれば緑色のワンピースでも着ているだろうが。
タナカの目の前にいる幼子は水着の様な服装である。
色は髪に合わせているのか紫。
「正確には挿し木の悪魔なのだ」
幼子はにこっと笑って言った。
「ほう、なるほど……インプ……の女の子ね……」
タナカは納得しつつもドキドキしている。
漫画やアニメと現実は違う。
この年齢の少女? がこんな危うい水着を着て……異世界とはいえ、大丈夫なのものなのかと。
こんな所を人に見られたら、通報されたりしないかな?
異世界にも警察はあるのかな?
そんな事を考えつつ、様々な要因で鼓動が速まっていた。
「はじめましてっ、ナビ子と申しますのだ」
ナビ子と名乗る幼子はペコリを頭を垂れる。
「えっ?……あ、ああ……こちらこそ、よろしく……俺の名前は……」
タナカもナビ子につられる様にお辞儀をしつつ、同じく名乗ろうとするが……。
「タナーカ様なのだ!」
それを遮り、ナビ子が言った。
みなまで言うな、知っていますよ、そんな表情。
彼女は何故か得意げだ。
だからこそタナカは……
(タナーカじゃなくて、タナカなんだけど)
この言葉を飲み込んだ。
「それにしても、タナーカ様は落ち着いていらっしゃるのだ」
「ん? 落ち着いてるって何がだい?」
「転生直後の転生者様は大抵が興奮しているものなのだ、異世界にワクワクとかドキドキとか、そーいうのは無いのだ?」
無いわけではない。
可愛い水着インプと会話する状況。
興奮と不安が半々の入り混じった感情、つまりドキワクが彼の心には有った。
表情までには出ていない、それだけだ。
「へぇ……いや、特になんとも。異世界だなー……って感じかな?」
タナーカはスカした返事をする。
別に恰好良くはないが、彼なりの見栄なのだろう。
加えて、彼が落ち着いているのはもう一つ理由はありそうだ。
彼が今いるこの場所は草原としか形容ができない野原である。
転生前の故郷は都会だったからこれほどの自然は珍しい。
ここが魔界の様に危険そうな場所であったり、ドラゴンとかアンデッドとか、そんなのが居たら慌てていたかもしれないが……差し迫った危険は感じない。
代わりに目の前には美少女がいる。
それならば確かめなければならないだろう?
合法か、否か……をな。
「それでは、タナーカ様。これよりチュートリアルを始め……」
「ねぇキミはいくつなの?」
「へっ?」
「歳はいくつ??」
「……あ~……ん~~と……この体は借り物なのだ、こう見えても500年は存在……」
「《支配》‼」
ナビ子の言葉を遮りながらタナーカは叫んだ。
「えっ? ええ⁉」
思わずナビ子も声を上げる。
「ふあはははは! 合法なら遠慮はいらんっ! 邪眼の威力を思い知ったかっ! さぁ抵抗するでないぞっっっ! うりゃああ!」
「きゃああああっっっ!」
ボゴンっ
ナビ子が放った右ストレートは的確にタナカの股間を捉えた。
襲いかかる彼にカウンター気味の一撃。
加えてタナーカはブリーフ一枚という恰好であった。
小柄なインプの攻撃といえど布一枚では防ぎようがない。
「ふごおおおおおおっっっ! ……な、なんでだぁあああ……」
「こっちのセリフなのだっ!」
タナカはゴロゴロと地面に転げまわった。
***
「ーーーーあの……本当に大丈夫なのだ?」
ナビ子は心配そうにタナーカに声をかけた。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫……」
すっかり意気消沈したタナーカは力なく答えた。
(ロリに殴られたら気持ちいいのかと思ってた……)
彼は股間をさすりながらそんな事を考えている。
「これからタナーカ様をサポートする身でありながら、なんて事をしてしまったのだ……」
彼女はシュンとした表情で言った。
「サポート……?」
「そうなのだ。あたしは転生者タナーカ様をサポートする為に転生の女神様から遣わされた、導きの精霊なのだ」
「……導きの……つまり俺のナビゲーターだね?」
「そうなのだっ! タナーカ様は察しが良いのだ!」
「そうかい?それほどでもないけどねっ、ははははは!」
破格の存在として異世界にスポーンする転生者達。
そんな彼らをもってしても剣と魔法の世界とは危険な場所である。
右も左も分らぬままに死亡されてもつまらない。
そういう考えの元に生み出されたのが導きの精霊である。
異世界転生にありがち、いやお約束とも言えそうな要素なので、タナーカは瞬時に理解ができた。
「……でも何だかイメージが違うね、もっとこう……犬とか猫とか小さな妖精みたいな姿をしているのかと思っていたよ」
「先ほども言いましたが、このインプの身体は借り物なのだ。あたし自身は形の無い精霊だから、お供するにあたってタナーカ様の深層心理……好みに応じた姿になっている筈です、なのだ」
「へぇ、ソウナンダー」
改めて言われるととても恥ずかしい気がするとタナーカは感じた。
「俺は全然巨乳とか女教師とかもイケるタイプだけどね?」
「?」
ナビ子にタナーカの言葉の意味は解らなかった。
タナーカ自身も何故そんな事を口走ったのか、少しばかり後悔した。
「へーーーくしぃ!」
タナーカの股間の痛みは和らいできていた。
比例して肌寒さが強まるのを感じてもいる。
「タナーカ様」
「ん?」
「なんで裸なのだ?」
「……わからん……」
転生の女神と話をしていた時はそうではなかった。
パジャマではあったが、少なくとも今よりマシな恰好をしていた。
「おかしいのだ。その様子だと初期装備も持っていないのだ?」
「なんだいそれは?」
「衣服はもちろん転生者様の技能に応じた武器や防具、数日分の食料や水に傷薬、後はシルバと呼ばれるお金など色々貰える筈なのだ。 転生の女神様から伺ってないのだ?」
「いーや……全然」
「そうなのだ?」
ナビ子は少し困った顔をした。
「転生の女神様は行儀の良い人にエピック級の武器を与えたりする人なのだ……気前は 悪くないのだ。という事は……タナーカ様はその逆……なのだ?」
(素行が悪いと白ブリーフ一枚で異世界に放り出すのかよ)
タナーカはそんな事を考えてしまい、思わず口走る。
「やっぱ女神ガチャ外れだな……」
「うわわわ! 転生の女神様の悪口は言っちゃ駄目なのだ!」
「なんでだよ? ……聞かれている訳でもないし、これくらいの愚痴、構わないだろ……へーくし!」
導きの精霊は転生の女神の意思を伝える口である。
それと同時に耳でもあった。
転生の女神は転生者達の管理人という一面も持つ。
タナーカの発言は全て転生の女神へと筒抜けなのだが、その事をタナーカが知るよしもない。
「裸のままじゃ風邪を引くのだ! 服を探すのだ! けれど何よりも先にチュートリアルなのだ!」
「チュートリアル?」
「そうなのだ!」
「ああ、異世界の説明とか? 道具の使い方とか説明したり?」
「そーいう感じなのだ!」
「ありがたいけど……寒いから先に服を探しちゃイカンのか?」
「駄目なのだ!」
ナビ子はブンブンと首を振った。
「服を探す、それはもう立派に冒険なのだ! 冒険はチュートリアルの後なのが決まりなのだ!」
「あーそんな感じなんだね」
「急ぐのだ! 今はチュートリアルの為に魔物が寄り付かないようになっているのだ! その転生の女神様の守護も時期に消えるのだ!」
だとしたら、その守護が聞いてる内に服なり武器なり探すべきではないか。
タナーカはそう感じてはいたが、懸命に訴えるナビ子の姿みて、言葉を飲み込んだ。
「よし、 じゃあ手早くやろうかっ……寒いし」
「はじめるのだ!」
スッと立ち上がるタナーカ。
えいえいおーっと両手を掲げるナビ子。
「で……何すればいいの?」
二人は顔を見合わせたまま、暫しの時が流れた。
「……困ったのだ……」
ナビ子は口に出した通りの表情を浮かべる。
「本当は武器の使い方とか、アイテムの使い方をレクチャーする所からなのだ……でも、タナーカ様は裸なのだ……何も持っていないのだ……」
「……その辺りで棒でも拾った方がいいか?」
「棒なんてなんの役にも立たないのだ、この世界の魔物は手強いのだ……あっそうなのだ、もっと基本的な所からレクチャーするのだ!」
ナビ子はそう言いながらポンと手を合わせた。
「タナーカ様! 右足を一歩前に出すのだ!」
「えっこうか?」
タナーカは言われた通りに右足を出した。
「次は左足なのだ!」
「こうか?」
またも言われた通りに左足を出す。
「そうなのだ! それを交互に繰り返すのだ!」
「こうかっ!」
「そうなのだ! それが《歩く》なのだ!」
「ん?」
「次はもっと早く両足を動かすのだ!」
「……こ、こうか?」
「もっと! もっと速くなのだ! 両腕も振るのだ!」
「こ、こうかーー!」
「それが《走る》なのだ! 速いのだ! けれどスタミナの残量に注意なのだ!」
ナビ子よりも五十メートル程先に進んだ地点でタナーカは叫んだ。
「このチュートリアル、必要ないな!」
***
結局、しゃがんだり、ジャンプしたりという、全く必要のないチュートリアルまでタナーカは終えた。
とはいえ疲れるだけで何も役に立ちそうにはない。
「なぁ……ナビ子、もっと役に立つチュートリアルを頼むわ……ぜぇぜぇ……」
タナーカは学生時代に運動部に所属していたし、勉強よりも体を動かす方が得意でもあったが、成人してからは体を動かす様な趣味の一つも無かった。
この程度で息も絶え絶えになる自分自身に彼は驚く。
「えっと……役に立つもの……うーん…… あ、そうなのだ! 先程あたしに使ったのだ? 《チートスキル:支配の邪眼》」
「……うっ……」
タナーカはナビ子の言葉に狼狽えた。
同時に何かしらの方法で有耶無耶にしようかと一瞬考えた。
気のせいだ……とか、聞き間違いだ……とか、そんな理由で。
しかし、それよりも確かめておきたい事があった。
「あーそうだ! その事だっ! 聞いてた話と違うじゃないか! ロリには効かないのかっ⁉ 《チートスキル:支配の邪眼》」
少々粗ぶって見せる事で心の中に芽生えた恥ずかしさ、罪悪感を打ち消す。
叱られ無いように牽制の意味合いも込めて。
いわゆる逆ギレの状態である。
「……ロリ?……なんの事か解らないのだ、とりあえず、《チートスキル:支配の邪眼》は相手を選びませんのだ」
「じゃあ、どうして?」
「単純に使い方を、手順を間違えていますのだ」
「手順? 相手の目を見て《支配》と言えば良いんだろ?」
「それだけじゃダメなのだ、心が折れた相手にしか効果がないのだ」
たしかにそんな事を言ってた気がするな、タナーカは転生の女神の言葉を思いだす。
「……相手の心を折るって言ってもなぁ……どうするんだ?」
「そこまでもあたしには解りかねますのだ、タナーカ様が考えるのだ」
悪口? 罵倒? 暴力?
何れにしろ女の子にそんな酷い事をしないといけないのか?
タナーカは目の前にいるナビ子の顔をぼんやりと眺めながら思った。
妙なテンションだったとは言え、ナビ子に急に《支配》したのは良くなかったなと、恥じてもいる。
「女の子の心を折る……そんな事できるのかな俺に……そんな事をしても良いのかな?……良い訳ないよな……」
爽やかな風が草原を駆け抜ける。
揺らめく草木は緑色で、頭上に広がる青空には白い雲が流れている。
「へーーくしっ!」
雲と同じ色のブリーフを履いた中年男のくしゃみが辺りに響いた。