第12話「なぜ、わたくしを助けたのですか?」
■登場人物
「タナーカ」
転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。
「ナビ子」
タナーカのナビゲーター、インプ。紫色のロリ。
「リシャ」
十字剣を携える神官騎士。美少女。
「いってぇー!」
「少しだけ我慢してください」
打撲、切り傷、裂傷、それらの傷で身体はボロボロだ、骨にヒビも入ってるかもしれない。頭部に受けたダメージで瞼も腫れて視界も半分閉ざされている。
タナーカはそんな状態だから自身で応急処置をする事すらできなかった。
その代わりにリシャが傷口の具合を見ていた、花や蝶に触れるように丁重にとは言えないが、指先が血で汚れる事などお構いなしに治療を続けていた。
(……ああ、女の子の匂いだ……)
医者に見せれば全治何週間だかの診断が下るだろうが、彼はそんな状態にあっても、リシャの髪と肌から流れる香りに心を奪われる。
「あいたぁ!」
「……」
タナーカとリシャは悪魔崇拝者達に拉致され、最初に入れられた牢屋。
その場所に再び押し込まれていた。それなりにひどいタナーカの怪我と引き換えにだが、リシャは無傷で非合法ポーションを摂取させられる事もなかった。悪魔崇拝者達の目的が何だったのかいまだに解らないが、彼等が牢に鍵をかけ、部屋を立ち去って半刻は経過している。
「思ったよりひどい傷ですね」
リシャに最初に出会った時、この洞窟に牢に入れられた時、先刻までの彼女はタナーカに対し容疑者として以上の興味を示してはいなかった。しかし、いまは彼の怪我を心配し、明らかに身を案じている。
「大丈夫だよ……これくらい……」
タナーカは言葉だけでなく立って歩いて見せようとするが、膝に力は入らず、腰から崩れ落ちた。
「何をしているんですか? 動かないでください!」
タナーカは「平気だよ」という言葉を返す事が出来なかった。目眩も強まり、口を開け言葉を発することも億劫、そんな気分になりつつある。
「出血もあります、見た目以上に怪我もひどいんです。動かないでください」
リシャの強い眼差しがタナーカを捉える。
「ごめん」
いまの彼にそれ以外の言葉は浮かんでこない。
暫しの沈黙が流れる、水が滴る音、鼠が這いまわる音、それ以外の音は何も聞こえてこない。
「なぜ、わたくしを助けたのですか?」
リシャはこの問いかけをするまでに少しばかり時間を要した。確信はなかったし、自意識過剰かもしれないし……だけど聞いておかなければ……そういった考えの末に出た言葉であったから、単刀直入な質問になってしまっていたが。
「……」
タナーカは応えあぐねていた。
仮にだがタナーカが彼女の質問に「好きだから」と……ストレートに返答できる男だったのなら……そんな事ができる男だったのなら、こんな異世界に転生なんかしていないだろう。
彼は返答に迷って沈黙を続ける、返答を待たずにリシャは更に問いかける。
「赤の他人であるわたくしをなぜ助けたのです?」
自分は神官騎士であなたは被疑者……裁く者と裁かれる者という関係性でしかない。そこまでハッキリとリシャは口にしていないが、二人の繋がりはそれ以上でもそれ以下でもない。
「……コレを貸してくれたからかな」
タナーカは羽織ったマントを掴むと言った。答えに苦しんで出した言葉ではあったが全くの嘘ではなかった。
「寒かったからさ……凄く助かった……」
俺は何を言ってるんだろう……こんな返答で良かったのだろうか……彼はそんな事を思って思わず苦笑いを浮かべる。
「そんなことで?」
案の定といった所かリシャは腑に落ちない、そんな表情をタナーカを見つめていたが……。
「変な人ですね」
そう呟くとタナーカを見て微笑んだ。
(……ああ、死にかけた甲斐があったな)
リシャの笑顔はタナーカにそんな事を思わせるに十分な価値があるものだった。
「うっ!」
突如、ズキンズキンと激しい頭痛がタナーカを襲った。
「大丈夫ですか!」
気が抜けてしまったせいだろう、アドレナリンが薄れ、痛みが全身を襲い、出血も酷くなる。
「いけない……このままでは……」
リシャはそう言うと、何かを決心する。
「身体の力を抜いて楽にしてください……」
彼女はそう言いながらタナーカが横になるのを手伝う。
「あなたは異教徒……本来なら許されない事なのですが……」
このような言葉を続けると、リシャは祈るようなポーズをとる。
そして何かを呟く……呪文……いや、それは祈りだ。
「ああ、我が主よ、父よ……傷つき倒れしこの者を癒し救いたまえ………。ああ、我が主よ……」
リシャは同じフレーズを何度か繰り返すと、最後にこう紡いだ。
「英霊と御名の名において……ヤーレン」
その祈りは言霊となり、そして、 光となる。
光はタナーカを照らし、包み込むと肉体に溶け込み四散していった。
彼はその光で目が眩む感覚に陥るが、やがて、それら全てが心の安寧に変わって行った。痛みは和らぎ、腫れ瞼で閉じかけていた視界も広がってゆく。
「なんだ、何が起こって……なんだこれ?」
「……くぅ」
――ドサッ
「あっ、リシャ! 大丈夫か?」
立場が入れ替わる様にリシャはよろめき倒れそうになり、タナーカが駆け寄り身体を支える。
「はぁはぁ……わたくしは大丈夫です。あなたこそ無理をしないでください……わたくしの祈りでは傷を塞ぐのが精一杯です、骨や内臓のダメージまでは癒せません」
「癒す?……何を言って?」
タナーカはそう口にしかけるが、明らかに先程までの体調の悪さはなくなっていた。細かい傷は残ったままだが、大きな傷は塞がって出血もない。
「傷がなくなってる……まじかよ……すげぇ、これは魔法か?」
異世界に転生して初めて見る魔法、現実ではあり得ない、瞬時に人を癒す奇跡。
タナーカのセリフにリシャは少しだけ顔を曇らせると言った。
「違います。魔術ではありません……これは祈祷です、我が主が起こしたもう御業……」
「祈祷?」
魔術とは魔力を操り自然に干渉する技術の総称だが、世間では悪魔の技として知られている。人の身でありながら、人を超えた力を持つ者は何時でも、どんな時代でも脅威なのだ。だからこそ人の手で管理されなければならないし、その為に存在するのが魔術士サークルなのだが、いまはこの話をしないでおこう。
とにかく、リシャの殉じるメンシア教が主流である王都において、魔術を操る人間は容認されてはいない。
では、いましがたリシャが行った魔術ような現象は何なのか説明するが、コレは祈祷だ。
術やロジックで自然をねじ曲げるのではなく、神に祈り、神の慈悲を受けたもうものであり、魔術とは明確に区別されている。少なくともメンシア教では……メンシア教が幅を利かせる世界では……だが。
繰り返しになるが、人の手によって起こされる、人を超えた力である以上は……魔術も祈祷も本質的には何も変わらないのだが。魔術は悪で、祈祷は善、この世界はそのような常識で動いている。
「……ふー」
リシャは深呼吸をひとつ、息を整える。
「修道女や神父様なら全ての傷を癒せるのですが……すみません」
「い、いや……十分だよ……本当に信じられないな……」
「……できるだけ早く牢を抜け出して、お医者様に見せないと……」
神官騎士の祈祷で出来る事は応急処置まで、高位の司祭であれば大病すら治すそうだが、それは信者のみに……更にその中でも上位階級に在る者だけに許された特権だ。
結局の所は一般人には医者と薬が頼み所なのだ。
「……ふぅ……ふーーーーーー」
リシャはもうひとつ深呼吸を行う。
そして、タナーカを見つめると言った。
「……あなたは……」
続く言葉がなかなか出てこなかった、だから、タナーカは察した。彼女はまだ俺の名を知らないのだと。
「……タナーカだよ」
「タナーカさんは何も知らないんですね……この辺りの生まれですか?」
「違うよ……生まれはトーキョ……あ、いや違うんだ!……ここよりも、もっと遠くの場所だよ、とても遠い場所だ」
リシャは何かやっと理解ができたような表情を浮かべる。
「なるほど……どおりで……言動がおか……不思議なことをされる方だと」
彼女はできるだけ言葉を取り繕ってはいたが、タナーカは失礼だなと思った。とはいえ、その認識に大きな間違いはないとも思い直して、愛想笑いを浮かべる。
「ははは……そ、そうなんだよね! 旅行でこの場所に来てみたものの、身ぐるみ剥がされるし、魔物には追いかけられるし……変な奴らに拉致られるし……」
彼がそこまで言葉を続けるとリシャの顔が明らかに曇った。
同時にタナーカのセリフも急激にトーンダウンする。
「……いまはこんな所に入れられて……散々だよ」
「……申し訳ありません、わたくしのせいですね」
「……」
そんなことはないさ、とタナーカも言ってあげたかったが、実際問題なぜこんな目にあっているのか彼には解らなかった。
リシャを助けたいと思った気持ちは本物だが、悪魔崇拝者達に攫われた事に関しては納得の行く理由など持っていなかったから。偶々の不幸に見舞われたのか……リシャ側のトラブルに巻き込まれたのか……そのどちらでもないのか、何もわからない。
また、暫しの沈黙が流れる。
「タナーカさん」
「ん?」
「大事な質問をしますので、良くお考えになって答えてください」
「えっ?」
「わたくしは神官騎士としていまから問います……良く考えてお答えください」
良く考えろと強調はしているが、煮え切らないリシャの言葉。何かの警告であることは読み取れる。返答を違える訳にはいかないだろう。
「あなたは何度か魔術のようなものを使用しましたが……あれは魔術ですか?」
そうだと答えるべきではない、タナーカはそれを感じ取っていたが、察する察せないに関わらず次の返答に変わりはなかったはずだ。
「なんの事だい? そんなもの知らないよ」
「本当ですね」
「ああ」
彼の言葉に嘘はない。
タナーカは自分の意思で魔術を使っていなかった。
いや、あれは魔術と呼べる代物ではない。彼に与えられた転生技能である支配の邪眼は左目に位置しているが、その邪眼に対して本来必要となる量を超える魔力が流れ込み、凝縮されたエネルギーが放出されたに過ぎないのだ。
心が折れた相手を支配するという……邪眼の持つ本来の機能とは別の力だが、彼の強すぎる欲望が周辺の魔力を引きつけ取り込み、邪眼を伝って体外に漏れ出したにすぎない。制御されているものでもないし、魔術と呼ぶにはあまりに原始的で稚拙なものだった。
「わかりました……この話は終わりにしましょう」
リシャはさらに問いただしたい気持ちも持っていたが、それを胸の内にしまった。これ以上に問いただすと薮蛇になるかもしれない……こんな目にあってまで自身を助けようとした人間を、神官騎士として処罰しなければならない、そんな事態もありえるのだ、彼女はそれを無意識に避けたのだろう。
本来この感情は自身にとって有益かそうでないかで審判を違える行為で、有り体にいえば忖度の始まりだ。
神と法の番人である神官騎士に無用の感情だったが、若いリシャには初めての経験であり、親切に親切を返す、この事を神は否定していない。他人に優しく……大半の人間はそうありたいと願う事だろう。人が人である以上は避けられない感情なのかもしれない。
「……俺の方からも少しだけ質問良いかい?」
リシャの言葉を最後に二人の間に沈黙が流れそうになったが、タナーカはそれを拒否するように言葉をかけた。
「わたくしが答えられる内容なら」
先刻までとはうってかわって……二人の間にあった壁のような靄は薄まっている様子だ。面と向かって対話くらいはできる状態にはなっていた。
「この異世か……あ、いやこの国ってさ、どんな場所なの?」
「えっ?……どんな……ですか?」
タナーカは質問してみたものの、少しばかり後悔した。質問の内容が大きくて荒すぎて、リシャが明らかに答えあぐねている。
「うーん……そうですね……賑やかで、華やかで、良い国ですよ」
「どんな人達が住んでる?」
「……そうですね……良い人もいれば、そうでない人もいますが、基本的にはみなさん親切で、普通の方々でしょうか?」
下手、タナーカはあまりに会話が下手だ。
こんな事ならいっそ別の世界から転生して異世界は初めてなんだ、詳しく知りたいんだ、そう言ってしまえば良いのだが……彼にそこまで求めるのは酷だろうか。
「タナーカさんの故郷はどうなんですか?」
リシャはこれ以上勘弁とばかりに質問を返す。
「……そうだなぁ、自然はあんまりなくて、コンクリートのビルばっかりで……コンクリートってわかる?」
「はい? 分かりますよ?」
「そうか、コンクリートのビルばっかりで……」
ビルという単語は知らないな……リシャはそんな表情を浮かべる。
「あー……家だよ、いや建物かな? 凄く大きな建物で五十階とか、それくらいの高さがあって……」
「えっ! 五十ですか?……高さは何メートルあるんですか?」
やはり異世界にはそこまでの高さの建物はないのだな、タナーカはそんな事を思いつつも……メートル法ではあるのか……そんな事を心の片隅で思う。
「百メートルは超えてるよね」
「そんなに? その階数ならそうですよね……そんなのが良く建っていられますね、折れちゃいそうで怖いです」
「そうだよね」
リシャの言葉にタナーカは笑う。
「それにそんな階数の階段なんて登るの大変そうです」
「階段もあるけど、普段はエレベーターで昇るんだよ」
「エレ? ベーター?」
「ロープで大きな箱が釣り下がっててさ、そこに人が乗ると引っ張り上げられるんだ」
「すごい」
「ははは、別に人が引っ張ってるんじゃないよ? 電気で動いてる」
「わかっていますよ……田舎者扱いしないでください。王都だって都会なんですよ?」
物を知らない田舎娘、彼女はそんな風に思われたと考えたのだろうか、少しだけ頬を膨らませた。
「……それで、みんな朝早く起きて、大きな車に揺られて集まって、仕事をして……家に帰って……ご飯を食べて寝る、そんな所だよ」
「そうですか、王都とそんなに変わらないのですね」
(……そうか……そうだよな、異世界とは言え人の生活はそんなに違わないよな)
タナーカには異世界に来る直前の記憶がない。
彼はどういった理由で、どういった経緯で異世界転生したのかいまも理解していないが、満ち足りてはいなかったのだろう。
転生とは救済なのではないのか、彼はそんな事も考える。転生前の生活は異世界とさほど変わらないとリシャは言ったが……だとしたら転生に意味などあるのだろうか?
彼には……タナーカにはきっと捨てたい人生があって……実際にそれを捨てて、ここにやってきているのだから。前とさほど変わらぬ人生が待っているのなら……救われないではないか。
しかし、この世界には希望がある……彼はそうも考えていた。目の間に……手の届く位置にこんな美少女が居るのだ。その事実だけで彼は救われるのかもしれない。
「俺の故郷は……ニホンのトーキョーっていう所なんだけどね」
「すみません、わからないです。わたくしは王都から出たことがなくて」
「いや、そりゃそうだよ。知らなくて当然だよ」
だって異世界とは別の世界なんだから、その言葉はまだ言えなかった。
「でも、キミみたいな娘は居なかったな」
「わたくし……みたいな?」
リシャはその言葉の意味が理解出来ないでいた。
(言うぞ、言うぞ! ここだ! 言うぞ!)
タナーカは高鳴る鼓動を押し退け、口を開く
「キミみたいな美少じょ……」
「リシャ! いるのかっ?」
タナーカの一生一代の勝負に水を差すように洞窟内に声が響いた。
彼は苦虫を潰したような表情を浮かべるが、反面、リシャは何事もなかったかのように冷静に動いた。
「ローレンス! ここです! ここにいます!」
「リシャ! いま行くぞ!」
洞窟内に反響する足音が、二人に近づいてくる。
お気に召しましたら、評価いただけると励みとなります。
目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。
暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。
暇のお供になれば幸いです。よろしくお願いします!