第11話「いいからそれを寄越せって!」
■登場人物
「タナーカ」
転生者、チートスキル~支配の邪眼~を持つ、所持品ブリーフ一枚。
「ナビ子」
タナーカのナビゲーター、インプ。紫色のロリ。
「リシャ」
十字剣を携える神官騎士。美少女。
「ゴイア」
カルト三人組の一人でリーダー格。普通の体格。
「モルテガ」
カルト三人組の一人で体が大きい。
「ナッシュ」
カルト三人組の一人で体が小さい
散乱したガラス瓶を蹴飛ばし、時にはテーブル越しににらみ合いながら、二人の男が鬼ごっこをしていた。鬼はナッシュ、子はタナーカだ。
「おぃ! おとなしくしろ!」
「するかバカ!」
タナーカはパンツ一枚の裸で逃げ回り、ナッシュは短剣を片手に追いかけまわす。捕まった時にはひどい罰を受ける事は安易に想像できる。
「おおおお……そこだど、がんばれナッジュ!」
モルテガは二人の遊びに夢中になっている、抑え込んでいたリシャからも手を離していた。
そのせいもあって彼女が非合法ポーションを飲まされる窮地からは脱していた。とはいえ、内容物が半量残った小瓶はゴイアの手の内に健在なのだから、事の顛末が少し先送りになっただけだろう。
「さっさと済ませろ、ナッシュ……」
ゴイアは明らかに不機嫌そうな声で言った。
「へいぃ! まてきょらー!」
「あぶねぇ! そんなもん振り回すな!」
「だったらおとなしくしろ!」
「できるかぁ!」
タナーカも歳の割には良く動けている、捕まれば殺されるかもしれないのだから必死なのであろう。
ナッシュはナッシュで、刃物をもって追いかけちゃいるが、斬ったり刺したりまでする必要があるのかと、多少迷っている。ちょっとばかり脅しを入れて捕まえちまえばそれでいい、その程度の覚悟で追い回していた。
「あいつはお前のなんなんだ? ……男か?」
夫や彼氏にしちゃ歳は離れている、助けに来たって事は父親か? いや、そんな話は聞いてないぞ。今回の件のターゲットであるリシャ、その彼女に偶々くっついてきた取るに足らないオマケの変質者。それがゴイアのタナーカに対する認識だった。
「違います……無関係です。名前も知りません……捨て置けばいいのでは?」
「だったらなんで、わざわざここに来る? そもそもどうやって牢を抜け出した……?」
「……知りません」
リシャの返答に嘘はない。聞かれても答えは持ち合わせてないし、牢を抜けた方法に関して検討する材料すらない。
ただ、悪魔崇拝者達の目的が自分なのだとしたら……無関係を装う事で、タナーカにとって最悪の結末は逃れられるかもしれないと考えていた。こんな目にあってまでも他人を守ろうとするのは神官騎士の意地なのだろうか?
答えを言ってしまうと、そうではない。神官騎士であれど人間なのだ、嘘もつくし、他人を救わず陥れる人間だっている……。リシャの心のあり様は本人の資質にほかならない。
ドガッ!
「おらぁ!」
「うぎゃあっ!」
タナーカが思いきり蹴飛ばした椅子は、地面を滑るように移動した。勢いそのままナッシュの脛を強打し、同時に足下をすくった。
ナッシュは地面にダウンし、ジタバタと転がりながら大量の脂汗を流している。
「てめぇ! きょのー! きょのー!」
口だけは威勢がいいものの、ナッシュはすぐには立ち上がれず、手にしていた短剣も手放していた。
油断であろう、ナビ子が言うとおり、タナーカとナッシュのレベル、言い換えると戦闘力には相当の開きがあった。しかし、ナッシュにしてみればタナーカなど、本気を出す必要がない小者としか見えていなかった。
「!」
タナーカはナッシュが短剣を手放した事を見るやいなや、精一杯の速度で、跳びかかるように拾いに行った。
短剣なら自分でも扱える、武器さえあればこの状況も切り抜けられるのでは、そう考えての行動だった。
ドゴ!
一迅の黒い影。そう表現するのが的確だろうか? タナーカが床に転がった短剣を手にしようとした時、その影は迫り、強烈な一撃を彼へと見舞った。
「がはっっ!」
地面から強引に引きはがされ、吹き飛ばされたタナーカ。彼は二三度地面にバウンドすると、勢いそのまま壁に身体をうちつけた。背中への強烈な痛みと、強い眩暈を覚える。
「げほっげほっ」
気管に加えられた衝撃と、埃混じりの空気を吸い込んだ事で、咳が止まらない。
タナーカはそんな状態であったが、いましがた起きた出来事だけは直ぐに認識できた。
飛ばされる前に彼が居た位置には、入れ替わったようにゴイアがいる。大袈裟なサイドキックの格好そのままに、タナーカに視線を向けていた。
(蹴られたのか……? ……車にでも跳ねられたかと思った……)
少しの間、タナーカの喘鳴だけ続く沈黙の時間が流れたが……やがてゴイアが口を開いた。
「お前はなんだ? なぜここにいる? どうやって牢を抜け出した?」
ゴイアのこの台詞は、リシャに問いかけたそのままの内容だったが、リシャには答える事ができなかった。だから、本人に直接問いただそう、彼はそう考えたのかもしれない。
「……げほっ……げほっ……」
タナーカはその質問には応えない。応える事もできるが、その行動には何の意味もない。この状況を切り抜ける術を考える事に集中していた。
「……ふん……まぁいい」
ゴイアは蹴りの姿勢のままフリーズしていたが、この言葉を発した後に足をおろした。スローモーションのようにゆっくりとだ……相当に鍛えられていなければ出来ない動きだろう。
「ナッシュ、油断するな」
ゴイアはそういいながら足元に落ちている短剣を、ナッシュの元へ蹴り飛ばす。
「へい……すいやせん、あにきぃ」
ナッシュはバツの悪そうな声色で謝ると、滑り転がってきた短剣を手にした。
「時間がないんだ、モルテガ。こっちはいい、お前もあいつの相手をしてやれ」
ゴイアはモルテガにそう命じ、モルテガも素直に頷いた。
リシャは両手両脚を縛りあげられていて抵抗のしようがない。だから、非合法ポーションを与える際の抵抗も自分ひとりで何とかできるだろう。
いまは想定外に乱入してきた男の対処が優先事項、手強そうには見えないが、抜けられるはずのない牢を抜けて、この場に来ている。この事実は捨て置けないだろう、そういった状況判断がゴイアの頭の中でなされていた。
モルテガは両手を広げてジリジリとタナーカに迫っていく。彼の身長は二メートルを超えているが、両の手の範囲も同様だ。左右にフェイントでもかけてすり抜けようとした所で捕まってしまうだろう、タナーカはそんな予感がしていた。
さらに加えるなら。モルテガのすぐ後ろにはナッシュも控えている。運良くモルテガをすり抜けても、何の慈悲も迷いもなく、手にした短剣で刺して来るだろう、この場に漂う重い空気がそう感じさせた。
(まずい……何も出来ない……)
タナーカはそう察した。
「ぶふぅー……ぶふぅううう……」
モルテガの大柄な身体を覆うローブ越しでも見てとれる筋肉のシルエットが恐ろしい。丸太のような四肢が生えた巨体が息を詰まらせながら迫ってくる。なんて恐ろしいんだ……リシャはこんな奴に抑え込まれて怖い思いをしたんだな。そんな事を考えてしまったタナーカは目頭が熱くなるのを感じ、涙があふれた。
男の俺でもこうなのだ、その先を想像せざる負えない女性であるリシャ。彼女の感じた恐怖は、自分の比ではなかったはずだ。
タナーカの心中には恐怖と同じだけ、怒りも湧いてくるのだが、できる事が何もない。怒りと恐怖の均衡だけでは足の震えは収まらなかった。
(……そうだ、ナビ子……ナビ子はどこだ? ……どこにもいねぇ……いつもそうだよ!)
考えを巡らすタナーカは、紫髪の小鬼に助けを求めたい心境だったが、姿形が見えない。どこかに身を隠して、のんびりと観戦でもしているのだろうか。
「ぶふぅううう! ぶふぅううう!」
もう半歩……もう半歩……モルテガがもう半歩だけ前に進めば、タナーカを捕まえる事ができる距離まで来ていた。モルテガの鼻息がより一層、大きく荒くなる。
「あっ! あれはなんだぁ!」
タナーカはモルテガよりも後ろ、ナッシュよりもさらに後ろに指を差し叫んだ。
(今だ!)
タナーカが指刺した箇所には何もないし、誰もいない。古典的な……フェイントとも呼べない古典的な嘘だ。そんなもので注意を背けて、モルテガの手をすり抜けようと動いた。
「ぐぇええ!」
部屋に蛙を踏みつけた様な声が鳴る。モルテガはその見た目そのままに感覚の鈍い男である。タナーカの注意反らしの嘘に反応がまったくできていなかった。彼からしてみれば、ただただ逃げ出そうとするタナーカを、ただただ両手で捕まえたに過ぎない。ダメ押しで身体ごと体重を預けて押し潰した。
「重てぇ……潰れる……死ぬぅっ、放せ! 放せよ!」
タナーカは靴で踏み潰されたゴキブリのように身をよじり抜け出そうとするが、百キログラムを超えるモルテガの重さを跳ね返す事は出来なかった。内臓も酷く圧迫され息苦しい、力尽きる前の虫ケラような緩慢な動きになっていく。
「えひぃ! おかえしだぁ!」
「あうっ!」
ナッシュは死に体になっているタナーカの顔を蹴り上げた。
人の頭骨は相当に硬く、靴を履いていたとしても、蹴った本人が怪我をしかねない。だから、蹴りの威力は十分に加減されてはいたが、タナーカが顔を腫らして戦意を失うには十分な痛みを伴っていた。
「……ううう……」
もはや藻掻く事も出来ずにピクピクと身体を震わせるだけのタナーカだったが、そんな彼に向かいゴイアが言った。
「何者か知らんが、そのまま大人しくしていろ」
続けてナッシュに向かって指示を伝える。
「これ以上、騒ぐなら構わん。殺せ」
「へい」
躾には暴力と、この言葉が一番だ。少なくともゴイアはそう考えている。その効果は覿面でタナーカは体の震えさえ彼らを刺激しかねない、そんな思いにかられ身を丸めた。
体の震えは痛みと恐怖から来るものなのだから、止める事などできやしなかったが……。
「うう」
タナーカの情けない呻き声が消え去るのを待ったゴイアは、リシャに向けて踵を返した。
「さて、馬の骨が大人しくなった所で続きだ、待たせてすまなかったな」
ゴイアの素顔は黒いフードに隠れたままだが、薄ら笑いを含んでいた事は容易に想像できる。
「……」
リシャは何も言わずに、巨漢のモルテガに押しつぶされ、惨めに這いつくばる、タナーカを見つめていた。
(この人はなぜここに……わたくしを助けに?)
確信などないが彼女はそう感じていた。タナーカに名乗った覚えはないが、リシャという名を彼が叫びながら、この部屋に来たことはつい先ほどの出来事だ。
いやただの勘違いだったのかもしれない……牢を抜けれたのも偶然で、この部屋に来た事も偶然。逃げ道を探してたどり着いただけなのかもしれない。
彼の思いがどうあれ結局の所、事態に進展などなく。手足を縛られ自由を奪われた役たたずの自分自身に加えて、もうひとり地面に這いつくばる役立つが増えただけ……リシャの結論は結局の所そこに行きついた。
そして、再び繰り返される先程の光景。
非合法ポーションをリシャの口に運ぶゴイア。
リシャは顔を背け抵抗するが、そんなものは抵抗とは呼べない。いずれ口内に白濁液がねじ込まれるのは確実だろう。
何もかも気に入らないが、ゴイアが言った通り、舌を噛みきるくらいしかリシャには逃れる方法がなかった。
そのような自傷行為は教団が定義する罪の種類、その中でも最も重く許されない行為ではあったが、非合法ポーションを喰らい、堕落し、悪魔の手先となるくらいならば……主の裁きを受け地獄へ落ちる方が随分ましに思えた。
「だれがそんなものを……死んでもごめんだ……父さま母さま、ごめんなさい」
リシャは優しい両親と、年の離れた妹、そして家族の顔を思いだしながら、顎に力を込めた。
「やめろぉ!」
ズンッ!
地面に向けて発せられた為に、ひどく籠ってはいたが……腹に響き、空間を揺るがす圧が部屋に満ちた。
「なんだ?」
悪魔崇拝者の三人、そしてリシャも、潰れた蛙のような状態のタナーカに視線を向ける。
「……今のは魔術か?」
ゴイアがタナーカに問いかけた。タナーカはその言葉を無視して言葉を続けた。その声量は低く、擦れ擦れである。
「よってたかって……女の子をいぢめやがって……俺にくれよ? その薬、非合法ポーションだっけ? パピネスだっけ?」
正確にはマンドレイク系非合法ポーション《ハピネス》だ。
「……何を言ってるんだ?」
「いいから俺にくれよ……殴られて痛いし……気分も最悪だからさ、ハイになりてーんだ、くれよ? な? いいだろ?」
ゴイアは……いやゴイアだけではなく他の二人も、リシャもだが、タナーカの言動が理解出来なかった。意味は理解できるが、意図が理解できない、皆がそういう状況だった。
「なぁ! くれよぉ! いいから早くくれって! 俺がこえーのか! くれよ! 俺に!」
顔を腫らして、傷だらけで、潰れた虫けらのような姿を晒す男が何を言ってるのか……支離滅裂で意味も解らない。この場にいる本人以外がそう感じている、そんな時間が流れた。
タナーカは先ほどと変わらずモルテガに押しつぶされているが、無理矢理に体を捻り、バタバタと蠢く。
「くれって! はやくしろよ! この屑野郎がっ!」
無意味で稚拙な挑発にゴイアは「どういう事だ?」と考えを巡らすと、やがてタナーカの意図に感づいた。
「……そうであっても何の不思議もないが、すでに《ハピネス》の味を覚えちまってる、顧客って訳じゃないよな? だとすれば……やはり、この娘を助けようとしてるのか?」
タナーカの行動は中毒状態に陥った人間にそっくりではあったが、目が死んでいない、内容はともあれ強い意志に基づいて行動をしているようゴイアには見えた。更に彼はタナーカがリシャを助けたいと思っている、と仮定して考えてみた。そうする事によって意味不明に見えたタナーカの行動、その一貫性が見えて来る。
「助ける? わたくしを?」
リシャのその言葉は独り言で、ゴイアにも届いていない。
「おまえは聞いていたな? こいつがもうコレだけしかないってな」
ゴイアは手にした非合法ポーションの瓶をつまみあげると言った。
「こいつを何とかできれば、この娘へ与える分がなくなるってそういう魂胆か?」
そう問いかけるゴイア。
「……」
タナーカは応えない。
「うーむ、なぜそんな事をするんだ? おまえは攫われたんだぞ? 下手すりゃ殺されるぞ? 逃げるだろ普通?」
ゴイアの質問攻めは終わらない「なんの意味がある?」、彼がそこまで問おうとした時。
「しるかよ! いいからそれを寄越せって!」
ブワン!
「なっ!」
「!」
タナーカを中心に……正確には彼の左目の邪眼を基点に、全方位に何かしらの理力がほとばしった。
空間を揺らし、身体を打ち払うような波動、それでいながらタナーカに向かって引き込まれるような二つのベクトルを持つ力の流れ。
パリン!
ゴイアは思わぬ事態に手にしていた瓶を手放してしまう。瓶は地面にまで到達すると、跳ねる事もなく粉々に砕かれ、中身は地面へとぶちまけられ、土に染み込んでいった。
「おまえ……それは……やはり……魔術だな? ……何者だ?」
明らかに狼狽えるゴイア。タナーカを押さえ込んでいたモルテガも怯むと、 抑え込んでいた力を緩めた。
だが、脱出できる程に拘束が弱まった訳でもなく、何よりタナーカに逃げ出す力が残されてはなかった。
「ス、スペルだよ! あにきぃ!」
ナッシュはあわてふためきゴイアに言った。
「くっくっくっ……なんだ、なんだぁ? なぜ魔術士がこんなに所に居る? こんな所に居るって事は魔術士サークルにも所属していないな? 野良犬だな?」
ゴイアの語る意味が、タナーカには理解できない。ゴイアはその事に構う事なく言葉を続ける。
「なぁ、お嬢ちゃん。我々を追いかけるのも良いが、ここにも悪魔の手先がいるぞ? 首輪の外れた野良魔術士だ、重罪だぞ? 放っておいて大丈夫か?」
「……」
リシャは何も応えない。それはそうだろう、ゴイアの口振りは驚きを含みつつも、やはりどこかリシャを嘲笑っている。
「ふん、まぁいい……いや、しかし……どうしたもんかな」
ゴイアは地面に視線を落とした。視線の先には土に吸われ乾きつつあった非合法ポーションの跡がある。
「まぁしかたないな。おい、モルテガ、離すなよ。ちゃんと押さえてろ」
「うう、わがっ……」
ゴイアが指示を出し、モルテガがそれに応え終わる前に彼は動いていた。
「ぐがぁ!」
タナーカの顔が跳ねあがり、その勢いでモルテガの身体も僅かに浮き上がる。
「魔術なんて使われちゃ、厄介だからな」
「……うぅ」
タナーカから見て、数メートルの距離にいたはずのゴイアは瞬時に間合いを詰めていた。
詰め寄る勢いを殺さずに、その勢いをもって、タナーカの顔を蹴りあげていた。
タナーカはその電光石火の動きを見てとる事もできず、自身が呻き声をあげた事実に気づく事もなく……意識を失った。
目標は週一更新です、誤字脱字は気づき次第修正します。
暫くは加筆修正多めになりそうです、ご容赦ください。
暇のお供になれば幸いです。
よろしくお願いします!